最悪のライバル!最高の相棒?
航平たちが修学旅行から戻った翌週。東京具留米学園の全校生徒が、体育館に集められていた。
壇上には校長をはじめとする教師陣が並び、その中央には渡邊先生も立っている。
やがて、校長がマイクを手に取った。
「皆さん、本日は大切なお知らせがあります。」
体育館のざわめきが静まる。
「先日、二年生の皆さんには大阪美食大附属との合同実習を経験してもらいました。互いの技術を学び、良い交流ができたことと思います。」
校長は一度言葉を切り、ゆっくりと生徒たちを見渡した。
「そして、もうすでに知っている者も多いと思いますが、来月、東京具留米学園と大阪美食大附属による、三年に一度のビッグイベントが開催されます。」
その言葉に、体育館がざわついた。航平も思わず顔を上げる。
校長は、その反応を予想していたかのように頷いた。
「両校の調理科の生徒代表が料理の腕を競い、学校の誇りを懸けて戦う。東京具留米学園・大阪美食大附属の料理対抗戦!」
体育館に歓声とどよめきが広がった。
「料理対抗戦!?」
「大阪の学校と勝負!?」
「そんなのがあるなんて知らなかった!」
生徒たちの興奮を前に、校長は満足そうに頷いた。
「対抗戦は団体戦です。勝負の内容は、三年生の代表による大将戦を除き、開催年ごとに変更されます。今回は両校の教師陣による協議の結果、次の三つの勝負を行うことになりました。」
壇上のスクリーンに、競技内容が映し出された。
「第一戦。一年生代表四名による、多国籍料理対決。」
一年生たちの間に、緊張と期待が走る。
「第二戦。二年生代表コンビによる、中華料理対決。」
2-Cの面々が、顔を見合わせる。
「そして第三戦。三年生の大将同士による、最強グルメ対決。」
大将戦。その言葉が、体育館に重く響いた。
単なる料理の技術比べではない。三学年がそれぞれの戦いに挑み、その結果が学校全体の勝敗につながる。まさに、団体戦だ。
「そして、今日ここで、東京具留米学園の代表メンバーを発表します。」
渡邊がマイクを受け取った。
「それではメンバーを発表します。まずは一年生代表。浅野虎太郎!」
「お、俺!?っしゃあああ!」
名前を呼ばれた虎太郎が、思わず拳を突き上げる。
「三好辰樹!」
「はッ………はいッ!」
辰樹は眼鏡の位置を直しながら返事をした。
「柊木なでしこ!」
「……!」
なでしこは驚いたように肩を震わせ、それから背筋を伸ばした。
「片倉月也!」
「まあ、当然の選出かな。代表か……クールだ…。」
月也は毛先をいじりながら、何事もなかったかのように振る舞った。その様子に、近くの生徒が小さく笑う。
渡邊は続けた。
「二年生代表――斎浦玲司!」
体育館に、納得したようなざわめきが起こった。玲司は表情を変えず、静かに立ち上がった。
中華料理コースのトップ。誰もが認める実力者だ。彼の選出に異を唱える者はいない。航平も、まあ当然だろうと思った。玲司が代表に選ばれない理由など、思いつかない。
「そしてもう一人は、清永航平!」
「……は?」
航平は固まった。クラスメイトたちの歓声が騒がしい。
(今、なんて言った?)
自分の名前だったような気がする。
「おい、航平。呼ばれてるぞ。」
英人が肘で小突いてきた。
「え?あ、いや……」
航平は玲司に目をやった。玲司と自分が代表。それはつまり――。
「……斎浦の相方に、俺!?」
思わず声が漏れた。
「何か不満でもあるのか?」
玲司がこちらを向き、冷ややかな視線を送ってくる。
「不満っていうか……びっくりしてんだよ。」
「なぜだ?中華料理のタッグ戦となれば、俺とお前が選ばれてなんの不思議もないだろう。」
「自信満々すぎるだろ……お前……。」
英人が肩を震わせて笑う。
「まあ、二年のツートップを組ませるってことだろ。妥当な判断なんじゃないか?」
料理の腕でいえば、玲司と自分が2-Cの中でトップであることはわかっている。だが、これまで二人は、同じ目標に向かって協力する仲間というより、互いに競い合うライバルだった。
その二人が、学校の代表としてコンビを組む。
まさか、こんな日が来るとは思ってもいなかった。
そして最後に、渡邊が告げた。
「三年生代表。真田和馬!」
和馬は、落ち着いた足取りで立ち上がった。
その表情に、大きな驚きはない。
ただ、代表に選ばれたことを当然と受け止めているようにも、これから背負うものの重さを静かに噛み締めているようにも見えた。
こうして、東京具留米学園の七名の代表選手が出揃った。
浅野虎太郎。
三好辰樹。
柊木なでしこ。
片倉月也。
斎浦玲司。
清永航平。
そして、真田和馬。
学園の誇りを懸けて戦う、七人の生徒たちだ。
全校集会が終わり、生徒たちが体育館から出ていく。代表に選ばれた七人には、早くも多くの視線が集まっていた。
「虎太郎、お前すげえな!」
「へへっ、当然だろ!」
「辰樹もおめでとう!」
「ありがとう。でも、選ばれたからには結果を出さないと……。」
一年生たちが喜びや緊張を口にする中、航平はまだ少し落ち着かない様子だった。
自分が玲司とコンビを組む。
その事実を、まだ完全には飲み込めていない。うまくやれるだろうか。そんな航平たちの姿を、少し離れた場所から見つめる人物がいた。
校舎の陰。
人通りから外れた場所に立つその人物は、代表に選ばれた生徒たちを、一人ずつ目で追っていた。
その人物の口元が、ゆっくりと歪む。まるで、これから起こる出来事を楽しみにしているかのように。午後の日差しが校舎を照らす一方、その人物の顔には、濃い影が落ち、隠しきれない不敵な笑みが浮かんでいた。
その日の放課後。航平は泰龍軒にいた。いつもなら、店の厨房に立てば自然と気持ちが切り替わる。包丁を握り、食材に触れ、火を入れる。そうしているうちに、余計なことを考えずに済むはずだった。
だが、今日は違った。
「……清永くん?」
瑠衣が、心配そうに顔を覗き込んできた。
「ん?」
「今日はなんだか元気ないね?」
「いや……別に。」
航平は視線を逸らした。隠しているつもりだったが、どうやらうまくいっていないらしい。瑠衣は少し考えてから、尋ねた。
「もしかして、対抗戦のこと?」
「……まぁな。」
航平は小さく息を吐いた。
「まさか、斎浦とコンビを組むことになるとはな……。」
航平は苦笑した。
「俺たち、ずっと競い合ってきただろ。あいつと組んで、本当にうまくいくのかなって。それに……相手はきっと、豊と善だ。」
大阪での合同実習が脳裏をよぎる。
豊の合理的で無駄のない仕事ぶり。
そして、善のエビチリ。
あの一皿を思い出すだけで、胸の奥がざわついた。
「豊もすごかったけど、善は……」
航平は言葉を探した。
「正直、どこまで強いのか、全然わからなかった。俺も斎浦も、本気で作ったのにさ。あいつは、それを当たり前みたいにやってのけた。」
悔しさがないわけではない。だが、それ以上に、未知の相手に対する不安があった。
「そんな相手と戦うんだ。しかも、アイツと組んで。俺が代表でいいのかなってさ。」
瑠衣は、しばらく航平を見つめていた。やがて、ふっと笑った。
「ねえ、清永くん。」
「……ん?」
「今回、勝てなかったとしても、そんなに気にすることないよ。」
「え?」
思いがけない言葉に、航平は顔を上げた。
「料理人人生は、まだまだ続くんだもん。今回の対抗戦がすべてじゃないよ。清永くんなら、いつか誰よりもすごい料理人になる。」
瑠衣は、まっすぐに航平を見つめた。
「それにね、大丈夫。絶対勝てる。」
「……。」
「清永くんは、おじいちゃんと私が認めた泰龍軒の代表でもあるんだもん。」
その言葉に、航平は目を見開いた。
「私、信じてる。頑張れ!清永航平!」
瑠衣は、満面の笑みで言い切った。航平は、しばらく彼女を見つめていた。
やがて、こらえきれないように吹き出した。
「……なんだよ、それ。」
呆れたように笑う。
「なんだよって、応援してるんだよ!」
「それは、わかってるけど。」
航平は笑った。不思議なものだった。さっきまで胸の中にあった不安が、少しだけ軽くなっている。
豊や善の実力が消えたわけではない。玲司との連携に自信が持てるようになったわけでもない。
それでも、自分を信じてくれる人がいる。
そのことが、今は何より心強かった。
「……そっか。」
航平は、ゆっくりと拳を握った。
「泰龍軒の代表って言われちゃあ、勝つしかないな。」
「うん!」
「斎浦と組むのは不安だし……めんどくせーけど、まあ、アイツも俺がいないと困るだろうしなー。」
「急に自信あり気だねぇ。」
二人の笑い声が、厨房に響いた。その様子を、店の奥から龍彦が見守る。
瑠衣の言葉に励まされ、ようやくいつもの表情を取り戻した航平。龍彦は、そんな二人を見て、ふっと笑った。
来月、三年に一度の大勝負が始まる。東京具留米学園の代表として。そして、清永航平という一人の料理人として。
対抗戦の開幕は近い。




