↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
60/70

出発!修学旅行!食い倒れの街での出会い

 具留米祭が終わり、東京具留米学園には、いつもの日常が戻ってきた。

文化祭の優勝を喜ぶ者。悔しさを胸に、次の目標を見据える者。それぞれが新たな気持ちで授業に臨んでいた。

 とはいえ、二年生たちには、いつまでも余韻に浸っている暇はなかった。


「いよいよ、修学旅行だ。」


担任の渡邊の声に、教室が一気にざわつく。

修学旅行。行き先は京都、そして大阪。

初日と二日目は京都を観光し、二日目の夜には大阪へ移動。三日目には、大阪にあるもう一つの調理科高校、大阪美食大附属との合同調理実習が予定されていた。


「京都かぁ。楽しみだね!」


瑠衣が弾んだ声を上げる。


「今さら関西ってのもなぁ。もっと遠くに行きたかったわ。海外とか。」


大群が机に突っ伏す。


「うちの修学旅行が毎年京都・大阪なのは入学前からわかってただろ?」


英人が呆れたように突っ込んだ。


そんなやり取りを横目に、航平は配られた旅行のしおりを眺めていた。


京都。大阪。


テレビや本では見たことがある。だが、実際に訪れたことはない。


島で生まれ育った航平にとって、内地に出てくること自体が、これまでの人生の一大イベントで、ようやく住み慣れてきた東京は憧れの大都会。関西ともなれば、景色も、聞こえてくる言葉も、食べられる料理も違うはずだ。


「……ちょっと楽しみかも。」


ぽつりと呟いた航平に、瑠衣が顔を向ける。


「いっぱい観光しようね!」

「おう。」


航平は、少しだけ笑った。

いよいよ、二年生たちの修学旅行が始まる。




 修学旅行初日の朝。生徒たちは早朝に集合し、新幹線で京都へ向かう。航平にとっては、新幹線も人生初だ。

京都では、寺社仏閣を巡り、古い町並みを歩き、仲間たちと土産物屋を冷やかした。

料理を学ぶ生徒たちにとっては、食べ歩きも立派な勉強だ。


「八つ橋うめぇ!!」

「宍戸…お前さっきから食ってばっかりだな。」

「いいだろ!旅行なんだからよ!」


弦之介と英人が言い合う横で、航平は店先に並ぶ料理や菓子を興味深そうに眺めていた。

普段の生活ではなかなか出会えない味や食感。土地の歴史とともに受け継がれてきた料理。

それらに触れるたび、航平の中で、料理そのものに対する興味が少しずつ広がっていく。


そして二日目の夕方。

一行は京都を離れ、大阪へと向かった。

電車を降りると、街の賑わいが一気に押し寄せてくる。


「うわ、人多っ!」

「東京とはまた違う感じだな……。」

「エスカレーター、まじで右側に立ってるな……。」


駅の周囲には飲食店が立ち並び、あちこちから食欲を刺激する匂いが漂っていた。


その中でも、航平の目を引いたのは、道端に設けられたたこ焼きの屋台だった。鉄板の上で、丸い生地が次々とひっくり返されていく。香ばしい匂いが風に乗り、ソースの甘辛い香りが鼻をくすぐった。


「なぁ。たこ焼き、食おうぜ。」


航平が言うと、瑠衣がすぐに頷いた。


「賛成!大阪といえば、やっぱりたこ焼きだよね!」

「俺も食う!」


弦之介も胸を張る。英人と聖羅も加わり、五人は屋台へと向かった。


「いらっしゃい!ご注文は?」

「たこ焼き5つください!」


瑠衣が注文すると、店主は慣れた手つきでたこ焼きを容器に詰め、ソースと青のりをかけて差し出した。五人は屋台の目の前のスペースに移動し、それぞれ爪楊枝を手に取る。


「いただきまーす!」


瑠衣が一つ口に運ぶ。


――そして。


「…………。」


笑顔が引き攣る。


「……ん?」


航平も一つ食べてみる。

生地は妙に水っぽく、出汁の風味も弱い。表面は焼けているのに、中は半端にべたついていた。ソースの味ばかりが強く、タコの風味もほとんど感じられない。


「……うーん。」


英人も微妙な顔をする。

聖羅は何も言わず、たこ焼きを見つめていた。


そして――。


「……まずっ。」


弦之介が、思わず口に出した。その声は、屋台まで届いていた。


「……あ?」


店主が顔を上げる。


「今、なんて言うた?」

「なんてって…悪いけど、まずいもんはまずいんだから仕方ないだろ。」

「おい、兄ちゃん。誰に向かって口きいとんねん!」


店主が声を荒らげる。


「文句あるんやったら、最初から買わんかったらええやないか!」

「食うまでわかんねぇだろ!それに感想はこっちの自由だろ!」

「ちょ、ちょっと宍戸くん!」


瑠衣が慌てて止めようとする。

このままでは面倒なことになる。

航平は、みんなの手元に残っているたこ焼きに目を落とした。

そして、それらをまとめて自分の容器に移すと――。


「……おい、航平?」


ガッ、ガッ、ガッ。


英人の声を無視して、航平は残っていた全員分のたこ焼きを次々と口に放り込んだ。


「んぐっ……!」


口いっぱいになったたこ焼きを、どうにか飲み込む。


「……よし。行こうぜ」

「よしちゃうやろ!」


店主がますます声を荒げる。

だが、航平は構わず仲間たちを促した。


「いいから。行こう。」


これ以上、揉め事を大きくしたくなかった。しかし、店主は納得していなかった。


「待たんかい!人の店で好き放題言うて、謝りもせんと帰る気か!」


店主が航平たちに詰め寄る。


そのときだった。


すっと、大きな影が航平たちの前に立った。五人の視界を遮るほどの大柄な高校生だった。大柄の制服姿の少年は、店主を静かに見下ろしている。


「な、なんや兄ちゃん!」


店主の声が、わずかに上ずった。


「兄ちゃんには関係ないやろ!引っ込んどきや!」


少年は何も言わなかった。ただ、そこから一歩も動かない。その静かな迫力に、店主は思わず言葉を詰まらせた。


「……っ!なんやねん!」


なおも食ってかかろうとした、そのとき。


「善、何の騒ぎや?」


明るい声が響いた。屋台の横から、もう一人の高校生が姿を現す。すらりとした体格に、どこか人懐っこい笑み。騒ぎの中心にいる大柄な少年を見て、それから航平たちと店主を見比べた。

彼は善と呼ばれた少年の手元に目をやる。

そこには、食べかけのたこ焼きが残っていた。


「たこ焼き…?なんや善、それ、ちょっと貸してみ。」


善は黙って容器を差し出した。

少年はたこ焼きを一つ、爪楊枝で持ち上げる。


「どれどれ……。」


ぱくり。


数回噛んだところで、眉がぴくりと動いた。


「……あー。こらアカンわ。」

「なんやて!?」


店主が声を上げる。しかし少年は気にせず、たこ焼きを半分に割って中を確認した。


「まず、生地の出汁が弱い。タコも小さすぎるし、風味も全然生きてへん。それに、外側だけ焼けて中はベトベト。火加減の問題か、生地の配合か……どっちにしても、これを客に出すんはいただけないわ。」

「なんやねんさっきから!素人が偉そうに!」

「素人ちゃうわ。俺と善は大阪美食大附属やで?」


少年は、あっさりと言い返した。


「お客さんはうまいもん食いたくて金を払う。それなら、店はうまいもん出す責任がある。ソースかけたら何でもええわけちゃうで。」


店主は口を開きかけたが、反論の言葉が出てこなかった。


「……くそっ。」


舌打ちを一つ残し、店主は屋台の奥へと引っ込んでしまった。



「……助かったよ。ありがとう。」


航平が礼を言う。

隣では瑠衣たちも、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「ええって。気にすんな。」


少年は笑って手を振った。


「俺、ああいういい加減な商売する奴、気に入らんねん。」


その言葉に、航平は少しだけ目を見開いた。

料理を学ぶ者として、目の前の客を大切にしたいという気持ち。それは、航平自身も大事にしようとしていることだった。


「……大阪美食大附属なのか?」


航平が尋ねると、少年は面白そうに笑った。


「あぁ。俺は楠木豊。」


そして、善の肩を軽く叩く。


「こっちは神前善(かんざきぜん)。俺ら二人とも、大阪美食大附属の二年生や。あんたら、東京具留米学園やろ?制服ですぐわかったわ。」

「大阪美食大附属……!」


聖羅が反応する。

翌日の合同調理実習で顔を合わせる予定の学校だ。


「俺らと同じ二年ってことは…明日の実習で一緒になるのか!」


英人が言うと、豊はにやりと笑った。


「そういうことやな。」


そのとき。


「……楠木。」


聞き慣れた声がした。豊が振り返ると、そこには少し呆れた表情の玲司が立っていた。


「おおっ、玲司。」


豊の顔がぱっと明るくなる。


「久しぶりやなあ!元気しとったか?」


そう言うなり、豊は玲司の肩に腕を回した。


「……相変わらず馴れ馴れしいな、お前は。」

「なんやねん、冷たいなあ!今、お前んとこの皆さんと交流しとったとこやっちゅーのに!」


玲司は露骨に嫌そうな顔をしたが、豊はまるで気にしていない。


航平は目を丸くした。


「知り合いなのか?」


航平が尋ねると、玲司は短く答えた。


「……まぁな。」

「それだけかいな!もうちょいなんかあるやろ!」


豊が大げさに肩を落とす。


「東の斎浦、西の楠木。そんなふうに呼ばれることもあるんやで。」


豊は冗談めかして言ったが、その口調には確かな自信が滲んでいた。

航平は改めて豊を見る。

この男が、玲司と並び称される天才料理人――。

そして、その隣にいる善。

大柄で、寡黙で、ほとんど言葉を発しない少年。

それなのに、豊は善を当たり前のように隣に置き、まるで自分と同じか、それ以上の実力を持つ料理人であるかのように接している。


「……善は?」


航平は、思わず尋ねていた。


「ん?」

「善も料理がすごいのか?」


一瞬、豊の表情が変わった。

そして、口元に笑みが浮かぶ。


「……ああ。」


豊は善の方を見た。

善は相変わらず、黙って立っている。


「こいつはな――」


豊は、楽しそうに続けた。


「中華の怪物や。」

「……怪物?」


航平の目が、わずかに見開かれた。


「まあ、今はまだ無名やけどな。」


豊は笑った。


「まぁ、明日になればわかるわ。きっと、おもろいもんが見られるで。」


善は何も言わなかった。ただ、航平と一瞬だけ目が合う。

その瞳は、静かだった。

けれど、航平はなぜか目を離せないものを感じた。


東京での文化祭を終えたばかりの自分たちの前に、まだ知らない料理人が現れた。


東の斎浦、西の楠木。


そして、楠木豊が認める、中華の怪物――神前善。


明日、彼らと同じ厨房に立つ。そのことが、航平の胸を静かに熱くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。