勝者と敗者。そして、その先へ。
具留米祭二日目。各クラスは最後の最後まで、少しでも多く商品を売ろうと走り続けていた。
「焼き小籠包、まだありますよー!」
「創作おはぎ、いかがですかー!」
「パスタ串、できたてだよー!」
呼び込みの声が飛び交い、鉄板からは湯気が立ち上る。疲れた顔を見せながらも、誰一人として手を止めない。
一つでも多く作る。
一人でも多くのお客さんに食べてもらう。
それぞれのクラスが、最後の一秒まで文化祭を戦い抜いた。
そして――。
具留米祭終了の時刻を迎えた。校内に設けられたステージには、全クラスの生徒たちが集まっている。いよいよ、具留米祭の順位発表が始まろうとしていた。
「それでは――東京具留米学園、具留米祭!最終結果を発表します!」
司会の声に、会場が静まり返る。一年生たちも、それぞれ緊張した面持ちでステージを見つめていた。順位は10位のクラスから発表される。
「まず、第十位――1-I!」
その発表を聞いた月也は――。
「…………。」
何も言わなかった。ただ、呆然と立ち尽くしていた。周囲ではクラスメイトたちが悔しそうに声を上げている。だが、月也の耳には、その声すらほとんど入ってこなかった。
十位。
自分は、もっとやれると思っていた。いや。思い込んでいた。
「……僕は……。」
月也は、自分の手を見る。パスタ串を作り、売り、呼び込みのためにボードも持った手だ。悔しい。けれど、それ以上に――。
「……ダサすぎるだろ……。」
ぽつりと漏らす。初めて味わう、自分自身への失望だった。
順位の発表は続いていた。
「第八位、1-C!」
「……っ!」
虎太郎は、一瞬だけ目を見開いた。隣に立つ辰樹も、黙ってステージを見つめている。
「……くそっ。」
虎太郎は、ぎゅっと拳を握った。焼き小籠包は、決して悪くなかった。むしろ、自分たちなりに考えて、工夫して、最後まで全力で売った。だが、現実は厳しかった。
「まだ……全然だったってことかよ……!」
悔しさを噛み殺すように、虎太郎は拳に力を込めた。その隣で、辰樹は俯いていた。眼鏡の奥で、目に涙が浮かんでいる。
「……っ。」
必死に堪えようとする。だが、堪えきれなかった。頬を伝った涙を、辰樹は慌てて手の甲で拭う。
「……悔しいな。」
それだけ呟くと、また唇を噛み締めた。普段の冷静な表情からは想像できないほど、悔しさが滲んでいた。
続いて――。
「第七位、1-B!」
なでしこの肩が、ほんのわずかに揺れた。
「……。」
何も言わない。ただ、両手を強く握り締め、唇を噛んだ。
もっとできたのではないか。
そんな思いが胸の中を駆け巡る。同時にふと、思い出す。
七位は、去年の藤咲聖羅たちと同じ順位だ。自分が憧れている先輩と、同じ順位。
「……。」
ほんの少しだけ、なでしこの表情が和らぐ。もちろん、満足したわけではない。だが、去年の聖羅と同じ順位なら、悲観しなくてもいい。ここからまた、一歩ずつ歩みを進めていけばいい。そして思う。
(……いつか、追いつきたい。)
なでしこは、決意を新たにするのだった。
一年生たちは、それぞれ違う表情でステージを見つめている。
自分自身に失望する者。
悔しさを拳に込める者。
涙を流す者。
そして、唇を噛み、次を見据える者。
結果は、四人にそれぞれ違う傷を残した。だが、それは同時に、四人が料理人として歩き始めた証でもあった。
そして順位発表は、いよいよ上位へと進んでいく。
「それでは――ここからは、ベストスリーの発表です!」
会場の空気が、再び大きく変わった。
「第三位――!」
発表されたのは――。
「2-F!」
「……!」
聖羅たち2-Fから、大きな歓声が上がった。去年七位だったクラスが、三位まで順位を上げたのだ。聖羅は驚いたように目を見開き、それから嬉しそうに微笑んだ。
「……やった。」
聖羅は素直に喜びを噛み締めた。優勝はできなかった。二年生で優勝を果たした兄には届かなかったかもしれない。ただ、確実に成長した姿を多くの人に見せることができた自負があった。
来年こそ――。
聖羅たち2-Fは喜びながら、来年の勝負へ向けて、更なる成長を誓うのだった。
そして――。
残るは二クラス。
ステージ上の司会者が、ゆっくりと口を開く。
「いよいよ、残すは優勝と準優勝のみとなりました。では、第二位を発表します。第二位は――!」
会場が静まり返る。
「…………3-B!」
「……!」
大きな歓声と拍手、そしてそれと同じくらいの驚きのざわつき。去年の優勝クラス。
今年も王座を守るだろうと予想されていた3-B。それが、準優勝。
落胆する3-B。その中で、和馬は静かに立っていた。最後の具留米祭で、必ず達成すると誓った史上初の連覇を成し遂げることは叶わなかった。
そして――。
「それでは、具留米祭……」
一拍。
「今年の優勝クラスを発表します!」
会場中が息を呑む。
「優勝は――――2-C!!」
一瞬、誰も、声を出さなかった。
「…………え?」
最初に声を漏らしたのは、誰だったのか。
「俺たち……?」
「……マジで?」
そして――。
「うおおおおおおおおおお!!」
2-Cから、一斉に歓声が爆発した。
「やったあああああ!!」
「優勝だあああああ!!」
「勝ったぞ!!」
瑠衣は涙を流しながら、近くにいた女子たちと抱き合う。
「やった……!やったよ……!」
その隣では、三馬鹿も大騒ぎしていた。
「よっしゃああああ!!」
「マジかよ!!」
「嬉しすぎて!腹減ったーーー!!!」
大群は――。
「うわああああああん!!」
女子顔負けの大号泣だった。
「お前、泣きすぎだろ!」
「だって嬉しいんだよおおお!」
2-Cが歓喜に包まれる。英人と航平は顔を見合わせる。
「航平!」
「英人!」
パチン!
二人は勢いよくハイタッチした。
「やったな!」
「……あぁ!」
航平の顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
その少し離れたところで、玲司は、ただ立ち尽くしていた。
「…………。」
まだ、信じられない。去年四位だった自分たちが、あの3-Bを破って、本当に優勝した。まだ頭が混乱している。
そんな玲司のもとへ、航平が歩いてくる。
「斎浦。」
玲司が顔を航平に向ける。航平は笑っていた。そして、何も言わずに手を上げる。
「へへっ…!」
玲司は一瞬だけその手を見ると――
自分も手を上げた。
パチン!
二人の手が、乾いた音を響かせる。
「……。」
「……。」
言葉はいらなかった。二人とも、同じ料理人として、同じクラスの仲間として、そして、互いを認め合うライバルとして。この瞬間を共有していた。
その一方で――。
ステージの上では、和馬が目を瞑り、静かに天を仰いでいた。悔しさがその表情に滲んでいる。だがやり切った。それもまた、事実だった。しばらくして、和馬はゆっくりと視線を床へ落とし、そして、小さく息を吐く。
「……。」
ほんの少しだけ、その口元が笑った。
王者は、敗れた。だが、その敗北を受け入れるように、和馬は静かに前を向いた。
こうして、東京具留米学園、具留米祭。二日間にわたる戦いは、幕を閉じた。
その夜。
文化祭の喧騒が消えた校舎。後夜祭の明かりが、静かに辺りを照らしていた。
その中で、和馬は一人、壁にもたれて後夜祭を楽しむ生徒たちを眺めていた。
そこへ――。
「まさか、本当にここまでやるとはな。」
聞き慣れた声が響く。和馬が振り返る。そこには、影の人物が立っていた。
「……嬉しそうに見えますよ。」
和馬が静かに言う。
「別に。」
影の人物は、淡々と答えた。
「驚きは、多少あるがな。」
「……。」
「お前も、気を落としている暇はないぞ。」
影の人物は、和馬を見る。
「お前にはまだ、大きな仕事が残っている…。」
そう言って、影の人物は、その場を後にした。和馬は、その去っていく背中を静かに見つめていた。




