動き出す影。続く具留米祭準備!
一年生たちが、それぞれのクラスで具留米祭の準備を始めていた頃、一年I組――イタリアンコースの教室でも、出店メニューを決めるための話し合いが行われていた。
「やっぱりイタリアンならパスタじゃない?」
「でも、パスタって文化祭で食べ歩きするにはちょっと大変じゃない?」
「ピザは?」
「ピザいいじゃん!」
教室のあちこちから、次々と意見が飛び交う。イタリアンコースらしい、明るく賑やかな空気だった。
そんな中、窓際の席で、一人だけ別の世界にいる男がいた。片倉月也だ。
月也は頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
そして、その脳内では――。
『月也くん! 一年生で優勝なんてすごいよ!』
『かっこいい! ……いいえ、最高にクールだよ、月也くん!』
『キャーーーッ! 月也くーん!』
『愛してるー!』
「…………。」
月也の口元が、ゆっくりと緩んでいく。
『一年生で優勝するなんて、すごすぎるよ!』
『やっぱり月也くんって、特別だよね!』
『クール! クールすぎる!』
「フフ……。」
さらに妄想は加速する。表彰台の上に立つ自分。クラスメイトたちから浴びせられる歓声。そして、瑠衣や聖羅、女子たちの熱い視線。
―― 一年生で、具留米祭優勝。
それは、誰も成し遂げたことのない偉業。そんな快挙を、もし自分が成し遂げたなら――。
「……クールだ。」
「月也くん?」
「――ハッ!」
突然、現実へと引き戻された。目の前には、クラスメイトの女子が立っている。
「さっきからどうしたの?」
「……いや、別に。」
「そう?なんかすごいニヤニヤしてたけど。」
「きっ…気のせいだよ!」
月也は慌てて顔を背けた。
「それより、月也くんの意見も聞きたいんだけど。」
「僕の?」
「うん。さっきからピザの話が出てるけど、月也くんの家ってピッツェリアなんでしょ?」
教室の視線が、月也に集まった。
「そうだけど……。」
「だったら、月也くんを中心にピザにするのはどうかなって話になってるんだけど。」
クラスメイトたちからの熱い視線と期待を感じる月也だったが――。
「……いや。」
月也は、静かに首を横に振った。
「ピザなら僕は乗れないな。」
「え?」
「なんで?」
「せっかく家がピッツェリアなのに?」
月也は少し考えるように腕を組み、一拍置いて、言った。
「……文化祭でピザってアイディア自体は否定しない。でも、僕が中心になって作るのがピザなのは、クールじゃない。」
「…………。」
教室が、一瞬静まり返った。
「またそれかよ。」
男子生徒が笑う。
「大切なことだ。」
月也は真剣な顔で答えた。
「どうせなら、もっとクールなものを作って一年生で優勝する。そのほうが……クールだろ?」
「そうは言ってもな……。じゃあ、どうすんだよ?」
男子生徒に問われる。月也は教室を見渡した。
そして――。
「……これだ。」
「?」
「僕が考えた、最高の文化祭メニュー。」
月也は黒板の前に立つと、チョークを手に取った。そして、大きく文字を書いていく。
『悪魔のカリカリ・チーズパスタ串』
「…………?」
教室が静まり返る。
「……なにそれ?」
「知らない。」
「でも、名前だけでちょっと気になるね。」
月也は胸を張った。
「ナポリの伝統的な家庭料理、『フリッタータ・ディ・マカロニ』を出店用に串焼きにアレンジするんだ。茹でたスパゲッティに、濃厚なトマトソース、バジル、そしてたっぷりのパルミジャーノチーズを絡め、それを一口サイズに丸めて串に刺し、鉄板でチーズがカリカリの煎餅状になるまでギューッと押し焼きにする。」
「パスタの串……?」
「そう」
「……なんか、めちゃくちゃ文化祭っぽくね?」
誰かが呟いた。
その一言をきっかけに――。
「いいじゃん!」
「絶対食べ歩きできる!」
「チーズなら人気出そう!」
「名前もインパクトある!」
「厨二病っぽいけどな。」
一気に教室が盛り上がった。良くも悪くも、ノリがいい。それが一年I組だった。難しいことを考えすぎない。面白そうなら、まずやってみる。
「よし!これでいこう!」
「賛成!」
次々に声が上がる。月也はその様子を見ながら、満足そうに笑った。
「フフ……。」
そして、再び頭の中に浮かぶ。
『月也くん、すごい!』
『一年生で優勝なんて最高にクール!』
『キャーーーッ!』
「……フフフ。」
「おい、またニヤニヤしてるぞ、月也。」
「しっ…してないッ!」
一年I組の文化祭準備も、こうして始まった。
その様子を教室の外、少し離れた場所から見つめている者がいた。
壁の陰に立つ、人影。
一年生たちの様子を、じっと観察している。しばらくして、その人物は静かに踵を返した。
向かった先は、三年B組。
教室では、和馬が文化祭の準備を進めていた。そこへ、人影が現れる。和馬は顔を上げた。そして、その存在に気がつくと、驚くこともなく口を開いた。
「どうでしたか。一年たちは。」
「おもしろいよ。」
影の人物が答える。
「もとより個性的な子たちだとは思っていたが……楽しませてくれそうだ。」
「そうですか。」
和馬は淡々と返した。そして、少し間を置いてから尋ねる。
「……2-Cは?」
「去年以上にまとまっている。」
影の人物は、そう答えた。
「クラスとしての完成度は高い。あとは――斎浦・清永次第、といったところだ。」
「……。」
「無論、お前の出来にも左右されるがな。」
和馬の手が、ほんの少しだけ止まる。
「……ずいぶん、あの二人を買っているようですね。」
「こちらにも事情があるんだよ。」
影の人物は、それ以上を語らなかった。
「また来る。」
そう言い残すと、ゆっくりとその場を去っていく。和馬は、その背中を黙って見送った。
「…………。」
やがて視線を、自分たちの教室へ戻す。そこには、今年の文化祭で使う食材や調理器具、そしてクラスメイトたちが作った準備表が並んでいる。
三年B組。去年の優勝クラス。そして今年は、学校史上初となる文化祭連覇を狙っている。
「……負けるわけにはいかない。」
具留米祭。
一年生たちの挑戦も、二年生たちのリベンジも、そして、三年生たちの高校生活最後の戦いも。
それぞれの思惑を乗せて、少しずつ熱を帯び始めていた。




