切られる戦いの火蓋!僕らのメニューは……。
具留米祭に向けて、それぞれのクラスが動き始めた。二年生、三年生のクラスは、去年までの経験を活かしながら、今年の出店メニューを考えている。そして、一年生たちにとっては初めての具留米祭。まだ上級生ほどの技術はない。経験もない。初めてのことだらけの具留米祭。それでも――。
「一年生だからって、最初から負けるつもりはねぇぞ!」
一年C組に、虎太郎の声が響く。
「みんな去年文化祭見学来ただろ?去年は見てるだけだったけど、今年は俺たちも出す側だ!」
「うん、どうせやるなら、やれること全部出し切りたい!」
隣では辰樹が頷いている。二人の言葉に、クラスメイトたちも顔を見合わせた。もちろん、上級生との差を感じていないわけではない。自分たちのクラスには、学校始まって以来の天才も、その天才が認めるライバルもいない。だが、1-Cに勝負を投げようとする者はいなかった。
「何を売る?」
「せっかくなら、私たちらしいものがいいよね。」
「でも俺たちらしさってなんだろう……。」
黒板にいくつかの候補が並んでいく。
焼き物。
揚げ物。
炒め物。
どれも悪くはない。だが、文化祭で並ぶのは自分たちの料理だけではない。二年生も三年生も、本気で勝ちに来る。不安が教室に漂い始めた時、張り詰めた空気を切り裂くように虎太郎が声を上げた。
「小籠包がいい!!」
皆、呆気に取られたように虎太郎を見ている。
「小籠包?」
「いいだろ!見た目もいいし、うまいし!」
虎太郎の目はキラキラと輝いているが、辰樹は冷静だった。
「でも、皮から作るとなると結構大変だよ。それに文化祭で使える器具だと火力が足りなくて蒸したときベチャベチャになるかも……。蒸すのに時間もかかるし、原価は安いけど、提供までの時間やオペレーションを考えると、やっぱりちょっと難しいんじゃないかな……。」
「だったら、焼いちまおうぜ!!」
虎太郎が豪快に笑って言った。また、辰樹やクラスのみんなが呆気に取られる。
「せっかく料理学校にいるんだ!難しいからとか関係ねぇ!作りたいもの、うまいものを俺たちができるやり方でやりゃいいだろ!」
「……そうだね!」
辰樹もその言葉に笑った。二人の間に、迷いはなかった。
「焼き小籠包か……。確かに、鉄板とかホットプレートで蒸し焼きにすれば火力の問題はクリアできるな。」
「下には油を敷いたら、下はカリカリ、上はもちもちのジューシーな小籠包ができそうかも!」
クラスメイトたちも次々に賛同していく。こうして一年C組は、文化祭で販売する料理を『焼き小籠包』に決めた。
「よっしゃ!絶対うまい小籠包作るぞ!」
教室に、明るい声が響いた。
一方その頃、一年B組では、少し違った空気が流れていた。
「……どうする?」
誰かが呟く。教室の前には、いくつかの料理案が書かれていた。
天ぷら。
焼き物。
煮物。
だし巻き玉子。
どれも和食コースらしい料理だった。しかし、誰も決め手を見つけられない。
「普通の料理じゃ、厳しいよな。」
「うん……。」
「上級生のクラスなんて、俺たちよりずっと包丁も上手いし。」
「揚げ物だって、和食の火加減は難しいからな……。」
一年生たちは、自分たちの実力をよく分かっていた。包丁を握り始めて、まだ半年先輩たちのように、自在に刃を走らせることはできない。火加減だってそうだ。天ぷら一つを取っても、油の温度を少し間違えるだけで仕上がりは大きく変わる。そんな自分たちが、上級生と同じ土俵で勝負しても――。
「……勝てないよな。」
ぽつりと、誰かが言った。その言葉に、誰も反論できなかった。
「一年生だし、今年は経験ってことでいいんじゃない?」
「そうだよな……。」
少しずつ、教室の空気が沈んでいく。しかし、一人だけ諦めの悪い生徒が残っていた。一人の少女が席を立つ。長い黒髪を揺らしながら、何も言わずに教壇へ向かっていく。
柊木なでしこだ。
彼女は教壇の前に立つと、手に持っていた風呂敷包みをそっと置いた。
「……?」
クラスメイトたちの視線が集まる。なでしこは何も言わず、風呂敷を開いた。その中から現れたもの、それは――。
「……おはぎ?」
誰かが呟いた。けれど、普通のおはぎではない。
淡い桃色。
鮮やかな緑。
紫に、黄色。
丸いものもあれば、少し細長いものもある。餡の色や形まで工夫された、色とりどりのおはぎ。まるで小さな和菓子の花畑のようだった。
「……綺麗。」
思わず、声が漏れる。
「これ、柊木さんが……?」
なでしこはこくりと頷く。なでしこはずっと和菓子を練習してきていた。フレンチコースでパティシエを目指す聖羅に憧れて、自分も一流の和菓子職人になろうと誓った。東京具留米学園の文化祭で、憧れの聖羅や、先輩や同級生たちと競えるチャンス。投げだしたくはない。
「すごい……。すごいよ!」
「確かに……。」
「普通の和食より、作る難易度は抑えられるかも。」
「それに、甘いものを売るクラスって少ないよな。」
「前もって作っておけば、当日は販売に集中できるし。」
次々と声が上がる。
「売り切れそうなら、裏で追加もできるんじゃない?」
「失敗しても、仕込み直せるし、余裕を持って準備できるよね。」
そして、誰かが一つのおはぎを指差した。
「ねぇ、これ……何が入ってるの?食べてみていい?」
なでしこが頷く。
「これ、果物だ。いちじくかな?」
「こっちはさつまいもだ。」
「いろんな野菜やフルーツ、チョコとかクリームも使えそう……?」
その言葉に、教室の空気が変わった。
おはぎ。
一見、昔ながらの和菓子。けれど、考え方次第でいくらでも姿を変えられる。
色も。
形も。
味も。
「……結構、いろんなことできるんだな。」
「アレンジおはぎか!」
「それなら勝負できるかも!」
さっきまで俯いていた生徒たちが、少しずつ顔を上げていく。黒板に書かれていた料理案が消されていく。
「……決まりだな!」
「うん!」
クラスメイトたちの表情に、先ほどまでの諦めはもうなかった。そんな様子を、なでしこは静かに見つめていた。
自分の提案で、クラスが動いた。
そのことが嬉しいのか、ほんの少しだけ口元が緩んでいる。
「じゃあ……おはぎ作りは、柊木さんを中心にやっていこう!」
一人の生徒が提案した。
「これを考えたの、なでしこちゃんだもんね!」
「私も賛成!」
次々に声が上がる。なでしこは少し驚いたように目を瞬かせた。それから、小さく頷く。
こうして、一年B組の出店も決まった。
メニューは創作おはぎ。
そして、その製作リーダーには、柊木なでしこが選ばれた。
一年生だから、勝てない。
一年生だから、上級生には敵わない。
そんな諦めから始まった一年B組の文化祭準備は、少女の小さな一歩によって、大きく動き始めていた。




