リベンジだ!僕らの二度目の具留米祭!
夏休みが終わり、東京具留米学園に再び生徒たちの活気が戻ってきた。まだ残暑の厳しい九月。しかし、校内の空気はすでに秋へと向かい始めている。その理由は、二学期の始まりと同時に始動する、東京具留米学園の一大イベント、文化祭だ。
始業式を終えた生徒たちが教室へ戻ると、廊下の掲示板には早くも文化祭のポスターが貼り出されている。
東京具留米学園の文化祭である具留米祭は、毎年恒例となっている調理科コースのクラス対抗戦が行われる。各クラスが所属する料理コースにちなんだ料理の模擬店を出店し、仕入れから価格設定、調理、販売までを生徒たち自身で行う。そして、文化祭終了時の売上金額によって順位が決まる。
料理の腕だけでは勝てない。何を作るのか。いくらで売るのか。どうすれば多くの人に買ってもらえるのか。
料理人としての技術だけでなく、クラス全員の力が試される。
それが、具留米祭。
「ついに始まるなー!文化祭!」
廊下を歩きながら、虎太郎が目を輝かせている。
「去年見学に来たとき、楽しかったよなー!」
「今年は僕たちも出店する側だから、去年とは全然違うね!楽しみだよ!」
隣を歩く三好辰樹も、普段より楽しそうだった。二人が所属する1-Cは、すでに文化祭の話題で盛り上がっている。
一方、その少し離れたところでは――。
「今年は絶対、優勝しようね!」
聖羅もクラスメイトたちと文化祭について話していた。
去年は聖羅たちは7位。聖羅たちにとっても、今年は雪辱を果たすための大切な一年だった。
そして三年生の教室では、昨年優勝した和馬たち3-Bが静かに話し合いを始めていた。彼らの目標は明確だった。
学校史上初となる、文化祭二連覇。
「史上初の連覇、必ず獲るぞ。」
和馬は淡々とそう言った。その表情に、浮ついた様子はない。
最後の文化祭。
だからこそ、絶対に負けられない。そんな三年生たちの姿を、一年生たちは憧れの眼差しで見つめていた。
「一年生で優勝って、やっぱりクールだよね……。」
月也が呟く。
「僕たちが一年で優勝して、クールに決めれば……。」
誰に聞かせるでもなく、勝手に宣言する。
その頃、なでしこは掲示板に貼られた文化祭のポスターをじっと見つめていた。表情はいつも通り穏やかだったが、その瞳の奥には小さな闘志が宿っている。聖羅たちに認められたい。自分の力を試し、それが順位というわかりやすい形で評価されることに、なでしこの心も静かに、だが確かに熱く燃えていた。
そして、調理科ではない経営科の生徒たちも、文化祭を楽しみにしていた。
「今年の文化祭も楽しみだ!どいつもこいつも変なやつらばっかだけど、料理だけはみんな抜群だからな!」
「経営科の私たちは食べ物のお店は出さないけど、いろんな店を回れるし、青春!って感じで本当に楽しみ!」
弦之介と直緒もそれぞれの教室でクラスメイトたちと楽しそうに笑う。料理を作る側ではないからこそ、純粋に文化祭の料理を楽しめるのも経営科ならではだ。
そんな学校全体の盛り上がりをよそに――。
2-Cの教室では、すでに別の熱気が生まれていた。
「……文化祭か。」
教室の前に立った航平が、静かに口を開く。
去年、航平たち1-Cは、一年生ながら四位という結果を残した。それは、過去に斗麿たちや和馬たちが記録した、一年生としての最高順位と並ぶものだった。それでも、四位で満足した者は、誰もいない。
「去年は四位……。優勝以外は負けだ。」
玲司が腕を組む。
「優勝以外に価値はない。」
「うん!」
瑠衣も力強く頷いた。そして、航平と玲司、二人の視線が重なる。
去年、文化祭の準備で意見をぶつけながらも、最後にはクラスのために共闘した二人。今年は、もう迷う必要はなかった。
目指すのは優勝。
そして、今年勝って、来年も勝つ。学校史上初となる、二年連続優勝。それが、航平と玲司が思い描いていた目標だった。
「じゃあ、まずは何を売るか決めよう!」
学級委員の岩井の声とともに、クラス会議が始まった。
「中華料理縛りで、文化祭で売るとなると難しいよな。」
「去年みたいに、また春巻きにする?」
「去年と同じじゃ意味なくね?」
「それはパワーアップさせるんだよ!当たり前だろ!」
教室のあちこちから意見が飛び交う。去年の2-Cが出したのは、春巻きだった。料理としての完成度は決して低くなかった。しかし結果は四位。優勝するには、何かが足りなかった。
「去年の結果から考えよう。」
そう言ったのは英人だった。普段から軽い口調の彼だが、文化祭の話になると意外なほど真剣だ。
「去年、俺たちのクラスが四位。三位がイタリアンのクラスで、二位が藤咲先輩たち。優勝が和食の3-Bだった。」
「それぞれの料理、覚えてる?」
続けて口を開いたのは岩井だった。今年は彼女も文化祭の分析に積極的だった。岩井は黒板の前に立つと、去年の順位を書き出していく。
「三位だったクラスが出してたのは、自家製ラグーのアランチーニ。」
教室から、何人かが頷く。アランチーニはイタリアのライスコロッケ。
「味は、俺たちの春巻きも全然負けてなかったと思う。」
「じゃあ、なんで三位だったんだ?」
クラスメイトの一人が尋ねる。
「たぶん、見た目と知名度。それと経験かな。」
岩井が答える。
「アランチーニって名前だけで、なんかオシャレだし、見た目もよかった。私たちの春巻きより写真を撮りたくなる見た目してた。」
文化祭では、料理の味だけでなく、見た瞬間に「食べてみたい」と思わせる力も重要になる。
そして二位。
「藤咲先輩たちのフォアグラのワンハンド・ポワレ。」
岩井が続ける。教室に「おお……」という声が上がった。
「あれは普通に料理として凄かった。」
「でも、高かったよね。」
「そう。文化祭で売るには、ちょっと攻めすぎてた。」
フォアグラという食材そのものの特別感。料理としての完成度。どれを取っても一級品だった。それでも優勝はできなかった。
「文化祭って、料理人だけが料理を食べに来る場所じゃないからね。」
瑠衣がぽつりと言った。子供もいる。高校生もいる。家族連れもいる。いろいろな人が、いろいろな店を回る。
「高すぎたり、食べるのにちょっと勇気がいる料理だと、手を伸ばしにくいのかも。」
「そういうこと。」
岩井が頷く。
「前年度優勝クラスという知名度と実績、藤咲先輩っていうブランド力、フレンチの王道メニューという点、そして確かなクオリティーがあったから二位にまで順位を伸ばせたけど、やっぱり奇を衒った感は否めなかった。」
そして、最後に優勝した和馬たち3-B。
「手巻き寿司」
英人がその名前を書いた。
「味はもちろん文句なし。値段も手頃。見た目もいい。慣れ親しんだメニューで手を出しやすくて、文化祭っぽさもあった。」
「つまり……。」
神司が呟く。
「うまいだけじゃなくて、売れる料理だったってことか。」
その言葉に、教室が静かになった。料理のクオリティー。
価格。見た目。食べやすさ。そして、文化祭という場所との相性。
去年の優勝には、それらすべてが揃っていた。
「だったら、俺たちも全部取りに行けばいい。」
玲司が口を開く。その言葉に、クラスメイトたちが玲司を見る。
「そうだな。考えようぜ。美味しくて、見た目もよくて、食べやすくて、値段も抑えられる中華料理。」
「……あるかな、そんなの……。」
航平の呼びかけに、少し不安そうにする瑠衣。
「ある。」
即答したのは英人だった。そして、岩井も続く。
「私たちが考えた条件に、ちょうど合う料理がある。」
二人が黒板に書いた名前。そこに並んだ文字を見て、瑠衣が目を輝かせた。
「これ……!」
「うん。」
英人が笑う。
「トンポーローの――」
「クワパオサンド!」
岩井が、その名前を口にした。
トンポーローを、ふわふわのクワパオで挟む。中国料理としての技術を見せながら、片手で食べられる。見た目にも分かりやすく、文化祭での食べ歩きにも向いている。
「これなら、いけるんじゃないか?」
「いいじゃん!」
「食べたい!」
「中華っぽさもあるし、これなら売れそう!」
教室に、次々と賛成の声が上がる。航平も、黒板に書かれた料理を見つめていた。去年は、目の前の料理を美味しく作ることばかり考えていた。でも今年は違う。
誰が食べるのか。どんな場所で食べるのか。どんな料理なら、その人がもう一つ食べたいと思ってくれるのか。
それを考えることも、料理人の仕事なのだ。
航平は、ふっと笑った。
「よし!」
拳を軽く握る。
「今年は、これで勝とう!」
「あぁ。」
玲司も頷く。
「去年の四位を超えるだけじゃない。優勝するぞ。」
瑠衣も笑顔で頷いた。
「みんなで頑張ろう!」
教室に、再び大きな声が響いた。
「おーっ!」
去年は一年生として挑んだ文化祭。
今年は二年生として、もう一度この舞台に立つ。
目指すは、優勝。
そして、その先にある――史上初の連覇。
東京具留米学園、文化祭『具留米祭』。
それぞれのクラスが、それぞれの料理と思いを胸に、戦いの準備を始めていた。




