目指せ、別荘!僕らの追跡大作戦!
航平たち一行が別荘へ出発する日の朝、駅前には、藤咲家が用意した大型バスが停まっていた。航平、瑠衣、玲司、虎太郎、辰樹、月也、なでしこ。そして聖羅、斗麿、美波、里愛の姿もそこにはあった。その他にも、校内の実力ある生徒や斗麿たちの友人らしい大学生たちもいる。この日を楽しみにしていた一行は、荷物を抱えながら次々とバスへ乗り込んでいく。
「忘れ物ない?」
「大丈夫だよ。ふぁああ……。ねむ……。」
「もう。もう少しシャキッとしなさい!」
航平と瑠衣も、そんないつも通りのやりとりを交わして、バスに乗り込む。
少し離れた場所から、その様子を見つめる二つの影があった。
「……あれだ!」
「いましたね!」
弦之介と直緒だ。
「行くぞ!」
二人は走り出した。
「待てぇぇぇぇぇ!!」
だが、無情にも、バスの扉は閉まった。
そして。
ブロロロロロ……。
「…………。」
「…………。」
二人の目の前を、バスが通り過ぎていく。
「……行っちゃいましたね。」
「…………。」
弦之介は拳を握りしめた。
「くっ……!」
バスはどんどん小さくなっていく。
「待てぇぇぇぇぇぇ!!」
叫び声だけが、朝の駅前に響いた。
「先輩、もう見えませんよ。」
「まだだ……!まだ作戦は終わってねぇ!終わらせたくねぇ……!!」
弦之介が振り返る。すると、直緒がスマホを取り出した。
「大丈夫です。」
「何!?」
「私、瑠衣先輩から大体の行き先を聞いてます」
「……本当か!?」
「藤咲家の別荘がある場所……それは……。」
直緒は自信満々に告げた。
「伊豆です!」
「…………。」
弦之介の顔が引きつる。
「……大体すぎねぇか?」
「でも伊豆ですよ!」
「伊豆広いだろ!」
もっともなツッコミだった。
しかし――。
弦之介は地図を見る。直緒もスマホを覗き込む。そして二人は顔を見合わせた。
「……行くか。」
「はい!」
「俺たちだけ置いていかれてたまるか!」
「行きましょう!」
二人は駅の改札へ駆け込んだ。
こうして、藤咲家のバスを追うための、前代未聞の追跡旅行が始まった。
「……こっちだ!」
「本当にこっちですか?」
「たぶん!」
「たぶん!?」
二人は目の前の電車に飛び乗った。扉が閉まり、次の駅名を告げるアナウンスが流れる。二人は、最初の電車を乗り間違えた。
「センパイ!」
「なんだ!」
「逆方向です……。」
「…………クソぉぉぉおおおおお!!」
二人は次の駅で乗り換えた。
電車を乗り継ぎ、今度はバスだ。ビーチのそばに大きな別荘があるところを当てずっぽうで目星をつけて、そこまでのバスを調べ、二人はバスに乗った。
「そういえば、宍戸先輩。」
「あん?」
「宍戸先輩は、どうして瑠衣さんのこと好きになったんですか?」
バスの揺れの中、直緒が突然尋ねた。
「……一目惚れだ。」
弦之介は即答した。
「一目惚れ?」
「ああ。」
弦之介は窓の外を眺める。
「入学式の日、初めて見たときから、俺は泰中さんのことが好きになった。」
普段の騒がしい弦之介からは想像できないほど、静かな声だった。
「かわいくて、笑顔が眩しくてよ。明るくて、優しくて……それでいて、料理のことになるとすげぇ真剣で。」
「……なるほど。」
直緒は少しだけ笑った。
「なんか、先輩らしいですね。」
「そうか?」
「はい!」
弦之介は照れ隠しのように頭を掻いた。
そんな話をしているうちに――。
「……あれ?」
「どうしました?」
「…………。」
弦之介が窓の外を見る。
「今のバス停で、降りるんじゃなかったか……?」
「え……?」
スマホを見る。
「……あ。」
「……。」
「通り過ぎました……。」
「おいぃぃぃぃ!!」
慌てて次のバス停で降りる二人。その後、逆方向のバスに乗り、バスから降りて山道をしばらく歩くと――。
「……ここじゃねぇか?」
「きっとここですね!」
今度こそ辿り着いたと思った二人が門を開ける。
「失礼しまーす!」
「お邪魔しまーす!」
「……誰?」
出てきたのは、見知らぬ男性だった。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「あのー……こちらは藤咲さんのお宅の別荘では……。」
「ここは、藤咲さんの別荘ではないですが……。」
「…………。」
「すみませんでしたぁぁぁぁ!!」
二人は深々と頭を下げ、大きな声で謝罪して、逃げるようにその場を後にした。
その後も二人は何度も道を間違え、何度もスマホの地図を確認し、太陽が傾き始めた頃。
「……あ。」
直緒が立ち止まった。
「どうした?」
「海……。」
木々の向こう。青い海が、陽の光を受けて輝いていた。
そして、その先に――。
「あれ……。」
「……!」
弦之介の目が見開かれる。
「……あった。」
白い壁。広い庭。そして、海を望む大きな別荘。
「間違いないです!」
直緒が叫ぶ。
「よっしゃあああああ!!」
弦之介も叫んだ。
「着いたぞぉぉぉぉぉ!!」
二人は最後の力を振り絞り、別荘へ向かって走り出した。
「……ん?」
庭にいた航平が、何かに気付いた。
「どうしたの?」
瑠衣が振り返る。
「なんか……向こうから声が聞こえないか?」
「声?」
全員が海側を見る。
そして。
「ついたぁぁぁぁぁ!!」
「着きましたー!!」
「…………。」
一同が固まった。砂浜からこちらへ向かって、二人の人物が走ってくる。
「……宍戸?」
航平が呟いた。
「……直緒ちゃん?」
瑠衣も目を丸くする。
やがて二人は、息を切らしながら庭へと到着した。
「はぁ……はぁ……。」
「やっと……着いた……!」
そして弦之介は胸を張った。
「俺たちも来たぞ!!」
「えぇ!?」
瑠衣が叫ぶ。
「お前ら、なんで!?」
航平も驚きの声を上げる。玲司は呆れたように二人を見る。
「…まさか、追いかけて来るとはな……。」
「どうやって来たの!?」
聖羅も驚きを隠せない。
「電車とバスと……あと、いっぱい歩きました!」
直緒が答える。
「俺たちだけ仲間外れにしやがって!」
弦之介が叫ぶ。
「そうはいかねぇぞ!」
「私だって海に来たかったんです!」
二人は堂々と胸を張った。しばらく、誰も何も言えなかった。
やがて。
「……ふふっ」
瑠衣が小さく笑った。
「たしかに、ちょっとかわいそうだったかも。」
「泰中さん!」
弦之介の目が輝く。
「ねぇ、斗麿先輩」
瑠衣が斗麿を見る。
「もうここまで来ちゃったんだし……二人も仲間に入れてあげてくれませんか?」
「ふむ……。」
斗麿は困ったように周囲を見る。
「来てしまったものは仕方ないか。」
「やったぁ!」
直緒が両手を上げる。
「ただ、問題が一つある。」
斗麿が指を立てた。
「部屋が足りない。」
「…………」
再び沈黙が流れる。すると航平が、
「俺の部屋来いよ、宍戸。一緒でいいだろ。」
「……え?」
弦之介が固まる。
「別に一人増えたくらいなら寝られるだろ」
「お、おう!」
弦之介の顔が一気に明るくなった。
「じゃあ、直緒ちゃんは私と!」
「えっ!?」
瑠衣がそう言うと、直緒も目を輝かせる。
「いいんですか!?」
「うん!」
「やったー!」
こうして、誰にも招待されていなかったはずの二人は、まさかの自力潜入を成功させ、藤咲家の別荘旅行に合流することになった。
「……なんか、今年は去年以上に騒がしくなりそうだな。」
航平が呟く。
「やれやれ……。」
玲司も小さく息を吐いた。
海から吹く風が、賑やかな笑い声を運んでくる。
藤咲家の海辺の別荘で過ごす、二泊三日の夏休みが始まった。




