↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/70

泰龍軒、冷やし中華はじめました!

 初夏。東京具留米学園のキャンパスを、新緑の葉が埋め尽くしていた。春の柔らかな陽気はすっかり姿を消し、日中は暑さで汗ばむほどだ。そして、その暑さの影響を受けているのは、学校だけではなかった。


「……最近、ちょっと客が減ったな。」


 昼の営業を終えた泰龍軒。店内を片付けながら、航平がぽつりと呟いた。


「やっぱり暑くなってきたからかな?」


瑠衣が龍彦に尋ねる。


「ああ。うちはアツアツの料理が売りだからな。暑くなると、どうしても客足が遠のく。」

「何か対策しないのか?」


航平も心配そうに店内を見回す。しかし龍彦は、さほど気にしていない様子だった。


「まあ、この時期は毎年のことだ。夏本番になる頃には、また戻ってくるわい。」


龍彦はそう言っていたが、航平は納得しきれない顔をする。


毎年のことだから仕方ない。


それで済ませてしまうのは、航平には少し違うように思えた。


「……やっぱ、何かできないかな」




 翌日の放課後。学校からの帰り道。照りつける太陽の下を、航平と瑠衣が並んで歩いていた。


「暑い……。」


航平は額の汗を拭う。


「本当だね……。」


瑠衣も制服の胸元を少しだけ扇いだ。


「この暑さじゃ、熱い料理を食べたいって人が減るのも分かるけど……。」

「でも泰龍軒の料理って、基本アツアツだもんな。」


二人はしばらく黙って歩く。


「冷たい中華料理って、何かないかな……。」


瑠衣が考え込んでいると、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。


「おーい!航平センパーイ! 瑠衣センパーイ!」


二人が振り返ると、真夏のような暑さなどものともせず、元気いっぱいに手を振る直緒が駆け寄ってきた。


「元気だな…お前…。」


航平は呆れた顔をする。


「え?そうですかー?」


直緒はケロッとしている。


「このクソアツいのに…。」

「えー?全然暑くないけど?」

「いや、暑いでしょ……。」


そんなやりとりをしながら、三人はまた歩きだす。


「二人とも何話してたんですかー?」

「ああ……実はな…。」


航平が泰龍軒の客足について話す。


「なるほど…。」


直緒は腕を組み、少し考えると、何か思いついたのか、「そうだ!」と声をあげる。


「それじゃあー!」

「ん?」

「冷やし中華がいいんじゃないですか!?」


直緒のアイディアに、航平と瑠衣が顔を見合わせる。


「冷やし中華……?」

「うん!暑い日に熱いもの食べたくないなら、冷やしちゃえばいいんですよ!」

「…………なるほど。」


航平の目が変わった。


「おもしろそうだな。やってみるか!」

「え?」


直緒が驚く。


「マジで!?ワタシ、役に立っちゃった!?」

「ああ。」

「やったー!」


こうして、直緒の何気ない一言から、泰龍軒の夏限定メニュー開発が始まった。




 泰龍軒の定休日の放課後。航平、瑠衣、直緒の三人は、調理実習室にいた。目の前には、何種類もの冷やし中華。醤油ダレ。ゴマダレ。酸味を強くしたもの。辛味を加えたもの。具材も様々だ。


「これも美味しいけど……。」


瑠衣が試食しながら首を傾げる。


「なんだか普通の冷やし中華って感じだね。」

「そうなんだよな。これじゃあ泰龍軒で出す意味がない。」

「泰龍軒らしさかぁ…。」


航平も箸を置いた。直緒は試作品を眺めながら、好き勝手に具材をつまんでいる。すると、突然実習室の扉が開いた。


斎浦玲司だ。


「斎浦センパイ!」


玲司の顔を見て、直緒の顔がぱっと明るくなる。


「……何をしている」

「冷やし中華の研究です!」

「冷やし中華……?」


玲司はテーブルの上を見た。そして、眉をひそめる。


「……邪道だな。」


航平の眉が動いた。


「中華料理とは、火を使い、素材を操り、熱を扱う料理だ。炎の料理と呼ばれることさえある。」


玲司は冷やし中華を見つめる。


「冷やし中華など、本来の中華料理からはかけ離れている。少なくとも、俺はこれを中華料理として認めるつもりはない。」

「……てめぇ。」


航平の目つきが変わる。


「…食ってみろよ。」

「……何?」

「そこまで言うなら食ってみろよ。俺が絶対うまい冷やし中華、作ってやるよ。」


玲司は航平を見つめた。


「……随分な自信だな。いいだろう。」

「決まりだな。明日の放課後、勝負だ!」




 玲司が帰った後、航平は再び考え込んでいた。冷たくて、暑い日に食べたくなる。それでいて、泰龍軒らしい、おもしろい料理。


「……旨味、か。」


しばらく考えて、航平が呟いた。


「冷たい料理って、温かい料理より旨味を感じにくいんだよな。」

「そうなの?」

「ああ。だったら……。」


航平は冷蔵庫を開ける。


取り出したのは、昆布だった。


「これだな。」

「昆布?」


直緒が首を傾げる。


「中華なのに?」

「だから面白いんだろ。」


航平はニヤリと笑って、昆布を水に浸す。

「昆布は固く絞った布巾で軽く拭く。表面の白い粉は旨味成分が含まれてるから、軽くでいい。このまま一晩置く。」

「そんなに?」

「あぁ。だけど…これならきっと、斎浦をギャフンと言わせられるよ。」




 翌朝。珍しく早起きした航平は、早くから実習室で放課後のための最後の試作と準備を行った。麺の茹で加減。麺とタレとの絡み具合。具材とのバランス。航平は一つひとつ調整していった。


「……よし。」


やがて完成した一皿。航平は確かな手応えを感じていた。


 放課後、航平たちと玲司は再び実習室へ集まった。航平が早速作業に取り掛かり、一杯の冷やし中華を完成させた。

透明感のある冷たいスープに、艶やかな麺。

その上に色鮮やかな具材が並ぶ。


「これ……。」


瑠衣が目を輝かせる。


「これが俺の特製、昆布水仕立ての冷やし中華だ!」

「すごーい!綺麗!」

「さぁ、斎浦。これが俺の冷やし中華だ。食ってみろ。」


 玲司が箸を取る。麺を持ち上げ、口へ運んだ。


「…………。」

「どうですか?」


直緒が尋ねる。玲司は答えない。ただ、何かを確かめるように食べ進めていく。


「…………なるほど。」

「お?」


航平が身を乗り出す。


「冷たいからこそ、昆布の旨味が際立っている……。」


玲司はスープを一口飲む。


「そして、その旨味が麺やタレの味を引き立て、全体を一つにまとめている。」


そして航平を見る。


「考えたな。」


航平の口元が少し緩んだ。


「だろ?ちょっと前に流行った昆布水つけ麺をヒントにしたんだ。」

「だが――」


玲司は箸を置く。


「俺はまだ、これは邪道だと思っている。」

「お前なぁ!」

「料理として美味いことと、中華料理として認めるかどうかは別の話だ。」

「ケッ!めんどくせぇ奴だな…。」

「何とでも言え。」


そう言いながら、玲司はもう一度箸を伸ばした。


「……とかなんとか言ってー?センパイめっちゃ食べてません?」

直緒がニヤニヤしながら言う。


「……うるさい。」

「斎浦センパイ、やっぱ美味しいんじゃん♪かわいい〜⭐︎」

「…………。」


玲司は無言で麺を食べ続け、「ご馳走様でした。」とだけ言って帰って行った。




 そして数日後。


「いらっしゃいませー!」


 泰龍軒の店内には、以前とは比べものにならないほどの活気が戻っていた。


「冷やし中華ひとつ!」

「こっちも!」

「昆布水仕立て、めちゃくちゃ美味しい!」


暑い日でも食べやすい冷たい中華。その評判は瞬く間に広がっていった。


「いやー、考えたのう航平。」


龍彦も嬉しそうに店内を見渡す。


「これなら夏場も何とか乗り切れそうじゃな。」


航平と瑠衣も顔を見合わせる。


「やったね!清永くん!」

「へへっ!おう!」


直緒も満足そうに胸を張る。


「私のアイデアのおかげですね!」

「ああ。その通りだ。ありがとな!」

「本当!直緒ちゃんお手柄だよ!」

「!」


航平と瑠衣の言葉に、固まってしまう直緒だったが、次の瞬間――


「航平センパイに褒められたー!!キャー!!」


泰龍軒は、久しぶりの大賑わいだった。




 ――さらにその数日後。日差しはますます強くなり、その日も一段と暑い一日だった。

泰龍軒の前を、風が吹き抜ける。その風に乗って、ひらひらと一枚の紙が店の前に落ちた。


「……なんだこれ?」


航平が拾い上げる。


「ビラ?」


瑠衣が横から覗き込む。そこには、大きくこう書かれていた。


『美味斎

冷やし担々麺、はじめました』


「…………。」

「…………。」


航平のこめかみに青筋が浮かぶ。


「……あんにゃろー!!」


初夏の空に、航平の怒声が響き渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。