この想い伝えたい!海の向こうの愛しいキミへ。
週末の泰龍軒。店内には、いつものように料理の音と客たちの話し声が響いていた。そんな中、一人だけ明らかに元気のない男がいた。浩然だ。
いつもなら料理を食べながら楽しそうに話している彼が、今日は浮かない表情で、箸の進みも遅い。
「浩然先輩。」
思わず航平が声をかけた。
「チンヨン。どうした?」
「どうしたって、こっちのセリフですよ。暗い顔して。」
浩然は少し考えるように箸を止めた。
「……そう見えるカ?」
「うん。私もそう思ってた。」
航平の隣で、瑠衣も頷く。
「この前なんて、キャンパスでぼーっと歩いてて、木にぶつかってたじゃないですか。」
「…………。」
浩然の顔が少し赤くなった。
「……見てたのカ。」
「見てた。」
「…………恥ずかしいナ。」
航平と瑠衣は顔を見合わせる。やはり何かある。そんな気がした。
「らしくないっすよ?」
「私たちでよければ、話してください。」
二人にそう言われ、浩然はしばらく黙っていたが、やがて、静かに口を開く。
「……実は、故郷に恋人がいてネ。」
「…………。」
「…………。」
航平と瑠衣の動きが止まった。
「……え?」
「恋人!?」
「はい。」
「いたの!?」
「なんだヨ、その反応。」
航平が思わず身を乗り出す。
「いや、だって!今まで一回もそんな話してなかったじゃん!」
「ソッチこそ聞いたことないダロ!」
「そりゃ……そうだけど!」
瑠衣も驚いた様子で浩然を見る。
「どんな人なんですか?」
「……とても、ステキな人。いつもワタシを励ましてくれる。」
そう言った浩然の表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「四川にいた頃は、いつも一緒にいたネ。」
「へぇ……。」
「彼女も料理が好きで、よく二人で料理をしたヨ。」
浩然は懐かしそうに目を細めた。
「市場へ行って、一緒に食材を選んで……。僕が料理を作って、彼女が味見をして。」
「いいですね、ステキ。」
「でも……。」
浩然の表情が少し曇る。
「当時のワタシは、なかなか素直に気持ちを伝えられなくてネ…。」
「そうなの?」
「はい。いつも一緒にいるから、いつでも言えると思ってイタんだヨ。」
浩然は少し笑った。
「……でも、日本に来て、離れてからワカッタ。」
航平と瑠衣は、黙って浩然の話を聞いている。
「好きな人の顔を見て、直接気持ちを伝えられるというのは……とても贅沢で、幸せなことネ。」
浩然は手元の料理を見つめた。それは故郷の料理。瑠衣が作った麻婆豆腐。
「最近、彼女に会いたくて……。少し、寂しくなってシマッタ。」
「そっか……。」
航平が頷く。瑠衣も浩然を見つめた。
「それなら……。」
瑠衣が明るい声を出した。
「ビデオ通話で、素直な気持ちを伝えましょうよ!」
「ビデオ通話……?」
「はい!スマホで顔を見ながら、浩然先輩の素直な気持ちを!」
「で、でも……彼女、ビデオ通話とか苦手ダッテ…。」
「じゃあ、電話だけでもいいじゃん。」
航平も続ける。
「『寂しい』とか『会いたい』って、ちゃんと伝えようぜ。」
「…………。」
浩然はスマートフォンを見る。そこには、彼女の連絡先が表示されていた。浩然しばらく迷っていたが、やがて「うん」と頷いた。
「……ワカッタ。」
浩然は意を決して、電話をかけた。呼び出し音が鳴る。浩然は緊張した様子でスマートフォンを握りしめている。
やがて――。
『もしもし?』
「……!」
浩然の表情が変わった。
「……久しぶり。」
『浩然?』
「そう、ワタシだヨ。」
『どうしたの?』
「…………。」
浩然は一度、航平と瑠衣を見る。二人が小さく頷いた。浩然は息を吸った。
「……少し、寂しくなってネ。」
『…………。』
「会いたいヨ。」
電話の向こうから、少しだけ間があった。
『……浩然。』
浩然の名前を呼ぶその声に、浩然の目が少し潤む。航平と瑠衣も、思わず顔を見合わせた。
――長い間、海を隔てて離れ離れになっている恋人同士の甘く切ない会話。
感動的な場面だと、そう思ったその直後。
『そんな女々しいこと言ってないで、しっかり勉強して早く一流の料理人になりなさいよ! 情けない!!』
「…………。」
「…………。」
「…………。」
店内に、しばしの沈黙が流れた。
どうやら電話の向こうから、ものすごい勢いで中国語が飛んできているらしい。
「ご、ごめんヨ〜!」
浩然の声が一気に小さくなる。
「そうだヨネ……。ワタシ、頑張るネ。ごめんヨ〜……。」
航平と瑠衣は、目を丸くして浩然を見つめていた。さっきまでの落ち着いた浩然は、どこにもいない。
「はい……はい……分かりました……。」
しばらく彼女の説教を聞いたあと、浩然は電話を切った。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
航平が恐る恐る口を開く。
「……浩然先輩?」
「怒られてシマッタ……。」
「彼女、強いんですね…。」
「……はい。」
瑠衣も苦笑する。
「でも……なんだか、浩然さんのことをすごく大切に思ってるんじゃないかな。」
浩然はスマートフォンを見つめた。そして、ふっと笑う。
「……そうだナ。」
「めちゃくちゃ怒られてたけどな。」
「いつものコトだヨ。」
それでも、浩然の顔には先ほどまでの暗さはなかった。
「やっぱり……彼女は最高ダ。」
航平と瑠衣は顔を見合わせる。
「……まあ、本人が幸せなら、いいか!」
「うん!」
二人はそう言って、笑った。その様子を見ながら、浩然もまた笑う。遠く離れた四川にいる、大切な人。
今は会えなくても――。
声を聞いて、気持ちを伝えることはできる。それだけで、少しだけ寂しさは消えていた。
「さぁ!麻婆豆腐を食べて、今日も元気に卓球でもするカ!チンヨン!リウイー(瑠衣)もやるカ!?」
「「やりません!」」
泰龍軒は、今日も笑顔で溢れていた。




