策士・弦之介!暗躍する影。
中間試験が終わって、しばらく経ったある日の放課後。東京具留米学園の廊下を、弦之介が一人で歩いていた。腕を組みながら、前方を歩く航平と瑠衣の姿をじっと見つめる。
今日も二人は一緒だった。放課後になれば泰龍軒へ向かい、学校が休みの日も店で顔を合わせる。
「……チッ。」
弦之介は小さく舌打ちする。
(いつ見ても一緒にいやがる……。)
自分がどれだけ瑠衣に近づこうとしても、いつも航平がいる。
(このままじゃ、俺が泰中さんと二人きりになる時間なんて作れねぇ……。)
弦之介は頭を抱える。
(どうすりゃいい……。)
弦之介が考え込んでいると、一人の少女が横を颯爽と駆け抜けていく。浜出直緒だ。直緒は親しげに航平と瑠衣と話している。特に航平への距離のつめ方が凄まじい。思わず物陰に身を隠し、三人の様子を観察する。直緒は相変わらず航平にベタベタしてはしゃいでいる。
「あのギャルちゃん……一年だな。どういう関係なんだ?」
三人の会話を聞こうと、耳をすませる。
「爪、そのままにしてるんだ?」
「当たり前じゃないですか!」
「え?」
「だって私、泰龍軒のバイトだもん!
(あの一年が泰龍軒でバイト……?)
弦之介は腕を組む。
(しかもありゃああのギャルちゃん、清永に気があると見た…!)
しばらく考え込んだあと、ふと顔を上げた。
「……そうだ。」
弦之介の目が光る。
(清永に気がある女子を利用すりゃいいんだ!)
弦之介の頭に、二人の顔が浮かんだ。
(藤咲……そして、あのギャル。)
「……フフフ。」
弦之介は一人、悪い笑みを浮かべた。
(完璧だ……!)
昼休みになると、弦之介は2-Fの教室を訪れた。
「藤咲!」
教室の前の廊下を歩いていた聖羅に声をかけると、聖羅が振り返った。
「宍戸くん?どうしたの?」
「ちょっと話があるんだ。」
「話?」
聖羅は首を傾げる。
「お前、清永のこと好きなんだろ?」
「――っ!?」
聖羅の顔が一気に赤くなる。
「な、なにを突然……!」
「隠すな隠すな!けどお前、このままでいいのか?」
「隠してなんかいません!一体何なんですか!?」
「清永と泰中さん、ずーっと一緒にいすぎだと思わないか?」
「そ、それは……!でもクラスが同じだし、泰龍軒でお仕事してるんだから仕方ないですよ……。」
「それだけじゃない。最近はあの一年のギャルもいるだろ?今朝も清永にベタベタしてたぞ、あのギャルちゃん。」
「浜出さん……!」
聖羅の表情が少し曇る。
「そうだ。あいつは清永に対して、かなり積極的だ。」
「それは……確かにそうかもしれないけど……。」
「モタモタしてる間に、取られちまうかもしれねぇぞ?」
「……!」
聖羅は思わず拳を握った。
「で、でも……私……。」
「遠慮してる場合じゃねぇ!」
弦之介が力強く言い放つ。
「好きなら、もっと積極的に行かねーと!」
「積極的に……。」
「そうだ!」
弦之介は大きく頷く。
「一緒に帰るとか、飯に誘うとか、とにかく清永と二人になる時間を作るんだ!」
「……。確かに……最近は私、少し遠慮がちだったかもしれない……。」
「だろ!?それじゃダメだ!ガンガンいかねーと!」
聖羅は少し考え込む。
「……分かった。私、頑張ってみる。」
「それでこそ!天下のラ・グリシーヌのご令嬢にして天才パティシエの藤咲聖羅だ!」
弦之介は満足そうに頷いた。
(よし……!これで藤咲は清永にベッタリになる!しかし俺の完璧な作戦はまだここから……!)
聖羅と別れた後、今度は直緒を探す。1年の教室から2-Cの教室へ向かう廊下で待ち伏せると、案の定直緒が通りがかった。弦之介はすかさず声をかける。
「おい!浜出って言ったか?」
「?はい?」
振り返った直緒に、弦之介は周囲を確認してから近づいた。
「俺は2年経営科の宍戸だ。突然だが、お前、清永のこと好きなんだろ?」
「はい!大好きですよ!」
「即答かよ……。」
弦之介は一瞬だけ面食らった。
「なら、お前、もっと積極的に行け!」
「積極的に?」
「そうだ!」
弦之介は拳を握る。
「清永と泰中さん、一緒にいすぎだと思わないか?」
「思います!」
「だろ!?それに、生徒会の藤咲聖羅。彼女も清永のことが好きだって噂だ。」
「えぇ!!藤咲先輩が!?やっぱり……そうじゃないかと睨んでたんですよ!」
「そうなんだよ。はっきり言って、泰中さんも藤咲も、かなりモテるんだ。特に泰中さんはカワイイ……!このままうかうかしてると、どっちにかにとられちまうぞ!?」
弦之介の言葉に、直緒の目に火が灯る。
「ダメー!!そんなのダメ!!」
(食いついた!)
弦之介は心の中でガッツポーズをする。
「一緒に帰るとか、映画に誘うとか、何でもいい!とにかく清永と一緒にいる時間を増やせ!」
「分かりました!」
直緒は元気よく頷いた。
「私、頑張ります!」
「おう!その意気だ!」
弦之介は満足そうに笑う。
「あ、でもー、斎浦センパイとの時間も大切にしたいしー。清永センパイとは昨日バイトで一緒だったから、今日は斎浦センパイを誘おうかなぁ。」
「……んん?何言ってんだ?お前……。」
「何って……。私、清永センパイのことも斎浦センパイのことも大好きなんです!だからバランスよくアタックしないとー!」
「待て待て待て!お前めちゃくちゃなこと言ってるぞ!」
「えぇ?そうですか?二人とも大好きなだけなのにー。」
「わ、わかったわかった!何でもいい!でも今日は清永にしとけ!今日の放課後、藤咲が清永をデートに誘うという情報を掴んでるんだ!」
「えぇ!?抜け駆けってことですか!?そんなのダメー!わかりました!今日は清永センパイにもう一度アタックします!」
(よっしゃー!あぶねー!わけわかんねぇこの一年!けど、これで二人とも清永に夢中だ!その間に俺は泰中さんと――!)
弦之介の頭の中では、すでに完璧な未来が完成していた。
放課後。校門へ向かう航平の前に、聖羅が駆け寄ってきた。
「航平くん!」
「ん?」
航平が振り返る。
「藤咲?どうした?」
「あの……。」
聖羅は少し恥ずかしそうに手を握る。
「今日、よかったら一緒に帰らない?」
「一緒に?」
「うん。」
「悪い。俺、このあと瑠衣と一緒に泰龍軒に――」
「航平センパーイ!」
「ん?」
その瞬間、遠くから直緒の声が響いた。
「見つけたー!」
直緒がこちらへ駆けてくる。直緒は航平の目の前まで来ると、笑顔で言った。
「航平センパイ、今日一緒に帰りましょう!」
「あ、あ〜いや、だから俺は今日は瑠衣と一緒に泰龍軒に行く……。」
「じゃあ私も今日もバイトします!」
「いや、そんな勝手なこと……。」
直緒は航平の腕にぴったりとくっつく。
「一緒に行きましょ!」
「ちょ、浜出……。」
航平が困った顔をする。すると、聖羅が鋭い目つきで口を開いた。
「……浜出さん。」
「はい?」
「清永くんに近すぎない?」
「そうですか?」
直緒は首を傾げる。
「だって、私、航平センパイのこと大好きなんでー!聖羅センパイこそ、私に黙って抜け駆けしようとして!許しませんからね!」
「……!」
聖羅の顔が赤くなる。
「抜け駆けなんて……!そんなんじゃ……!」
聖羅は直緒を見つめる。
「私、負けませんよ!聖羅センパイはライバルです!」
「ライバル……?」
二人の間に、妙な火花が散った。
「……。」
航平は二人を交互に見る。
「あのー……、お前ら何を急に張り合ってんだ……?」
「清永くん、今日は私と帰ろう?」
「航平センパイは私とです!」
「いや、だから……。」
二人が航平を挟むようにして、それぞれアピールを始める。
「今日は私が!」
「ダメですー!私が!」
二人のやりとりを見ていて、航平の表情から、少しずつ生気が失われていく。
「……あー。」
二人はまだ言い合っている。
「だから、私のほうが航平くんのことを――」
「私だって航平センパイのこと――」
航平は気配を消しながら、そそくさと二人から離れる。
(あいつら、何で急に言い争い始めたんだ!?付き合ってらんねーよ!めんどくせぇ!)
航平は校門へ向かって走り出した。
その頃、当番の仕事で職員室へプリントを届けていた瑠衣のもとへ、弦之介が勢いよく駆け寄った。
「泰中さん!」
「宍戸くん?」
「今日、俺と一緒に帰りませんか!?」
「あ、今日は泰龍軒に行かないと……。」
「じゃあ俺も行くよ!」
「え?」
「泰龍軒で飯食っていく!」
「あ、いや、でも……。」
「お願いします!」
弦之介が両手を合わせる。
「今日は、一緒に帰りたいっていうか……何というか……!」
そのとき。
「泰中先輩。」
「え?」
後ろから聞こえた声に振り返る。そこに立っていたのは月也だった。
「片倉くん?」
「僕も今日は泰中先輩と一緒に帰りたいと思って、待ってたんです。」
「お前……!」
弦之介が目を見開く。
「なんでお前がここにいるんだ!」
「今言ったでしょ。今日は泰中先輩をクールに誘って、一緒に帰ろうとしてたんですよ。」
月也は髪を軽く整える。
「泰中先輩。よかったら僕と――」
「待てぇ!」
弦之介が割って入る。
「泰中さんは俺と帰るんだ!」
「なぜ宍戸先輩が決めるんですか!?」
「俺はなぁ……!」
弦之介と月也は、互いに一歩も引かない。
「俺が泰中さんを送っていく!」
「いや、僕が!」
「俺だ!」
「僕だ!」
「テメェ!」
二人のやりとりにため息をついて、瑠衣は静かに鞄を持ち上げた。気配を消して、二人を置いてさっさと教室を出ていった。校舎を出たところで、瑠衣はもう一度ため息をついた。
「……なんだったんだろ、二人とも。」
すると――。
「あれ?」
正門へ向かう道の向こうから、見慣れた姿が歩いてくる。
「瑠衣?」
「あ、清永くん。」
航平だった。
「ちょうどよかった。今めんどくさいことに巻き込まれて、悪いけど先に帰ろうかと思ってたんだ。」
「清永くんも?」
「そっちもなんかあったのか?……なんか今日は疲れたわ。」
航平は頭を掻く。
「なんかこの学校……めんどくさいやつばっかだよな……。」
「ふふっ。だね。」
瑠衣が笑う。
「まあ、いいや。行こうぜ。」
「うん!」
二人はいつものように並んで歩き始めた。
少し離れたところでは、それぞれ航平と瑠衣がいなくなったことに気づき、後を追って来た聖羅、直緒、弦之介、月也の四人が、その後ろ姿を見つめていた。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
誰も何も言わないまま、二人が校門を出るのを見送ると、やがて聖羅が口を開いた。
「……私たち、何してたんでしょう?」
「……分からない。」
直緒が答える。
「僕にも分からない……。ただ、今の僕たちはクールじゃなかったのかもしれない……。」
月也も答える。弦之介は、黙ったまま二人の背中を見つめていた。
(……。)
何かがおかしい。自分の作戦では、航平と瑠衣は離れるはずだった。それなのに――。
「…………。」
弦之介の顔が、徐々に引きつっていく。
「……こんなはずでは……。」
そして次の瞬間。
「こんなはずではぁああああああ!!」
弦之介の絶叫が、夕暮れの東京具留米学園に響き渡った。
「…………。」
夕焼けのオレンジ色の光が差し込む中、校舎の影に何者かが佇んでいた。大騒ぎする四人を、離れたところから見つめている。絶叫する弦之介の様子を見て、影の人物はそっと踵を返し、姿を消した。




