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仕事って大変!ギャルの泰龍軒奮闘記!

「おい、どうすんだよ?」

「どうするも何も、私たちが何言っても聞きそうにないし……。今アルバイトの募集してないから、おじいちゃんが断るとは思うけど……。」


ヒソヒソと話をする航平と瑠衣の後ろを、泰龍軒でのアルバイトを希望し始めた直緒が笑顔でついてくる。


「た、ただいまー。」

「おかえり。ん?なんじゃ、その子は?」

瑠衣の声に、厨房から顔を出した龍彦が、直緒の姿を見てわずかに眉をひそめる。


「実は……。」

「東京具留米学園一年の、浜出直緒でーす!よろしくお願いします!」


直緒が元気よく頭を下げる。




「なるほど。それで、うちでアルバイトをしたいと……。」

「そうなの……。おじいちゃん、なんとかしてよ!」


瑠衣は直緒から少し離れたところで龍彦に事情を説明した。


「ふむ……。」


龍彦は少し考えてから、直緒の前まで移動する。


「とりあえず、今日一日、仕事を体験してみるか?」

「え!?」

「やったー!」


龍彦の言葉に、直緒が飛び跳ねて喜ぶ。


「ちょっとおじいちゃん!いいの!?」

「なーに。どうせ今日一日働いたら嫌になるじゃろうて。」


龍彦はそう言って、笑いながら厨房へ消えていった。


「もう……。本当に大丈夫かな……。」


こうして、直緒の泰龍軒一日体験が始まった。




体験が決まると、開店まではもうあとわずか。龍彦は直緒にエプロンと三角巾を手渡す。直緒がそれらを身につけると、龍彦は直緒の手元を見た。


「仕事の前に、まずはその爪じゃな。」

「……え?」


直緒が自分の爪を見る。直緒の爪は、綺麗に整えられた、可愛らしいネイルが施されていた。


「飲食店で働くなら、その爪はダメじゃ。」

「えぇー!?」


直緒の顔が一瞬で曇る。


「せっかく昨日やったばっかりなのに……」

「客に出す料理を扱うんじゃ。見た目の問題だけじゃない。衛生面の問題もある。」

「……はーい。」


直緒は渋々、自分の爪を見つめた。


「かわいいのになぁ……。」

「やめるか?」

「!いえ!やりますやります!」


直緒はブンブンと首を横に振った。


こうして直緒のアルバイトが始まった。


「じゃあ、今日一日よろしくね!」


瑠衣が笑顔で直緒に声をかける。


「はい! 泰中先輩、よろしくお願いします!」


瑠衣が店の暖簾を出して、看板を『準備中』から『営業中』にひっくり返すと、すぐによく見知った顔がやって来た。


「こんにちは!」

「いらっしゃいませ!」


瑠衣が振り向く。そこに立っていたのは聖羅だった。


「聖羅ちゃん!」

「こんにちは、瑠衣ちゃん!……あら?」


聖羅は店内を見回し、そして直緒に気づいた。


「……新人さん?」

「これには事情がありまして……。」

「いらっしゃいませー!あ!生徒会の藤咲先輩ですよね!?」


直緒が笑顔で駆け寄る。


「どうも。藤咲聖羅と申します。あなたは……?」

「私、一年の浜出直緒です!今日からここでバイトすることになったんですー!」

「今日一日体験してみるってだけで、まだ正式には決まってないでしょ?」

「えー!私、絶対やりますよ!そしたら放課後も航平センパイと一緒にいられるし!」


聖羅の笑顔が、一瞬だけ固まった。


「あ、あはは……元気があっていいね……頑張ってね……。」

「はい!」


直緒は嬉しそうに頷く。聖羅は笑っていたが、その目は全く笑っていなかった。


(まさかこの子も清永くんのことが……?)


聖羅は、直緒を警戒しておくことに決めた。



 

 それから、直緒の初めての仕事が始まった。

まずは注文の取り方を、瑠衣が付きっきりで指導して、直緒は真剣な顔で頷いていく。


「すみませーん! ご注文お伺いします!」

「じゃあちょっとやってみよっか。」

「はい!」


直緒が客のテーブルへ向かう。


「えーっと……」


客が注文を告げる。


「はい! えーっと……麻婆豆腐と、餃子と、チャーハン……」


直緒は笑顔で頷く。


「それではご注文確認しますね!えーっと……麻婆茄子と、春巻きと、……なんでしたっけ?

「……え?あ、いや、全然違うんだけど……。」

「すみません! もう一回お願いします!」


瑠衣は呆れて額を右手で抑えた。


「そうだ!メモしよっと!」


そう言って、直緒はポケットからスマートフォンを取り出した。


「直緒ちゃん!仕事中にスマホはダメ!」

「えぇー!?でも、注文忘れちゃうんで……!」

「そういう時はこの紙に書いて!」

「……あ」


直緒は固まった。


「そっか」


厨房から様子を見ていた航平が小さく呟いた。


「本当に大丈夫なのか……あいつ……。」



 直緒の試練はそれだけでは終わらなかった。


「お会計、お願いします!」

「はーい!」


直緒がレジへ向かう。


「えっと……」


伝票を見る。


「三千二百五十円です!」


客が五千円札を出す。


「五千円お預かりします!」


直緒はレジを開く。


「えーっと……」


直緒は頭の中で計算する。


「五千引く三千二百五十……」

「浜出さん!レジで打てばわかるから!」

「使い方わかんない!!」

「えぇー!?さっき教えたじゃない!」




「お待たせしましたー!」


今度は料理の配膳に挑戦している。


「気をつけてね」


瑠衣が声をかける。


「大丈夫です!」


直緒は慎重に料理を運ぶ。


しかし――。


「お待たせしました!麻婆豆腐とチャーハンです!って、わっ!」


テーブルの手前で、皿がぐらりと揺れた。


「ひっ!」


客も思わず身を引く。


「だ、大丈夫です!」


直緒はなんとか皿を置く。


「……ふぅ」

「…ホッ…。」


店内にいた全員が、直緒の動きを見ていた。


「瑠衣ちゃん、あの子、大丈夫なの~?」


客の一人が苦笑いする。


「す、すみませーん!」


直緒は深々と頭を下げた。


 


 そして――。


「えぇ〜ん!もう無理ぃ!無理ですぅ!」


休憩時間、直緒は厨房の目の前のカウンター席に座って駄々をこねていた。


「注文覚えられないし、会計難しいし、料理運ぶのも怖いし……!せっかくかわいくした爪もとっちゃったし…。」


瑠衣が心配そうに見る。


「最初はそんなものだよ」

「でも私、何にもちゃんとできないです…。」


直緒は顔を上げる。


「私、もう辞めます…。」

「直緒ちゃん……」

「待って。」


後ろから声がして、直緒が振り返ると、そこには聖羅が立っていた。


「藤咲先輩……?」

「最初はそんなものだよって、瑠衣ちゃんも言ってたでしょ?みんな、最初からできたわけじゃないんだよ。」

「……。」

「清永くんだって、瑠衣ちゃんだって、龍彦さんだって、百田さんだって。」


聖羅は厨房を見る。そこでは航平が、一心に鍋を振っていた。


「……!」


火を見つめ、鍋の中の食材を自在に操る航平。その表情には、先ほどまでのだらけた姿からは想像もできないほどの真剣さがあった。


「清永くんだって、最初から料理が上手だったわけじゃないと思うよ。」

「……航平センパイ。」


直緒が呟く。


「あんなに料理上手なのに……。」


航平は一度も手を止めない。


「まだ、あんな真剣な顔して作るんだ……」


聖羅は微笑む。


「できるようになったから終わりじゃない。」

「……。」

「料理だって接客だって何だって、できるようになってからも、ずっと勉強していくものだから。」


聖羅は、たった今龍彦に呼ばれて接客に向かった瑠衣を見つめる。


「瑠衣ちゃんも見てみて。」


瑠衣は客のテーブルへ料理を運ぶ。


「お待たせしました!」

「ありがとう」

「熱いのでお気をつけください!」


客が笑顔になる。


「いつもありがとね。」

「こちらこそ、ありがとうございます!」


瑠衣も笑顔で頭を下げる。


「すごいよね。瑠衣ちゃんが接客すると、お客さんたちみんな笑顔になるの。」

「……。」


直緒は、その光景をじっと見つめていた。


「最初から上手にできなくてもいいの。」


聖羅が言う。


「少しずつ覚えていけばいい。でも――」


聖羅は直緒の目を見る。


「仕事には、ちゃんと向き合わなきゃいけない。」

「……」

「そして何より、その先にいるお客様に向き合うこと。」


その言葉を聞いて、直緒は店内を見回す。龍彦が厨房を見ながら、全体の流れを確認している。百田が慣れた手つきで料理を運び、瑠衣が客に笑顔で声をかけている。そして、航平が真剣な眼差しで鍋を振っている。


「……」


直緒は少し黙って、口を開いた。


「私……もう一回、やってみます。」



 それからの直緒は、少しずつ仕事を覚えていった。まだ失敗することもある。それでも――。


「ありがとうございましたー!」


直緒は笑顔で客を見送った。自分にできる精一杯の、お客様を笑顔にする接客を心がけて、元気よく、明るく働いた。


「ご馳走様!」

「お姉ちゃん頑張ってるね!これからも頑張れよー!」

「はい!ありがとうございます!」


笑顔で帰っていくお客たちを見て、直緒も自然とどんどん表情が明るくなっていった。



「お疲れさん」


閉店後、龍彦が直緒に声をかける。


「はい!」


直緒は疲れ切った顔をしながらも、どこか嬉しそうだった。龍彦は笑い返して、茶封筒を差し出す。


「ほれ。今日の給料だ。」

「えっ!」


直緒は目を輝かせる。


「お給料……!」


両手で封筒を受け取り、じっと見つめる。


「やったー!!」

「今日の分だけだから、少ないがな。」


直緒は嬉しそうに封筒を握りしめた。


「……まあ。」


龍彦が呟く。


「まだまだ全然ダメダメじゃが……。最後まで投げ出さずにやりきったことだけは褒めてやるわい。」

「え?」

「最初はどうなることかと思ったけどね。」

百田が笑う。


「最後の方は、まぁまぁできてたんじゃねーか?」

航平の言葉に、瑠衣も頷く。


「うん。直緒ちゃん、頑張ってた!」

「……!」


直緒は嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます!」



 その日の帰り道。直緒は自分の手を見つめる。ネイルのなくなった爪。


「……。」


少しだけ寂しい気もする。でも――。


「……まぁ意外と?悪くないかも?なーんてね。」


直緒は笑った。




 翌朝。


「航平センパーイ!瑠衣先輩も!おはようございます!」

「直緒ちゃん!おはよう!」

「昨日はお疲れ。」

「こちらこそ昨日はありがとうございました!色々と勉強になりました!」


ふと、瑠衣は直緒の手に目をやる。

「あれ?」

「はい?」

「爪、そのままにしてるんだ?」


直緒は自分の手を見る。そして、にっこり笑った。


「当たり前じゃないですか!」

「え?」

「だって私、泰龍軒のバイトだもん!」


始業のチャイムが鳴る。


「やべ!行かなきゃ!またあとで来ますね!航平センパイ!」


そう言って、直緒は元気よく教室へ走っていった。航平と瑠衣はその背中を見送る。


「……なんか、変わったね。」

「……ああ。」




 そんなやりとりを、少し離れたところの物陰から、弦之介は眺めていた。


(あの一年が泰龍軒でバイト……?)


弦之介は腕を組む。


(しかもありゃああのギャルちゃん、清永に気があると見た…!)


そして次の瞬間、何かを思いついたように、弦之介の目が光った。


「……そうだ。」


弦之介はニヤリと笑う。


「藤咲とあの一年のギャル……。二人まとめて、清永にけしかけりゃいいんだ!」


「そうすりゃあの忌々しい清永を泰中さんから遠ざけられる…!」


弦之介は完璧な作戦を思いついたという顔で笑っていた。



東京具留米学園に平穏は訪れない……!

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