実技試験再び!花を知りて 慎を知る。
東京具留米学園では、先日入学したばかりの一年生たちが、早くも最初の中間試験の実技課題に頭を悩ませていた。調理科の一年生の各教室から、悩ましげな声が聞こえてくる。入学して間もない彼らにとって、専門的な調理技術を身につけるのは簡単なことではない。航平や玲司たちのように、幼少期から料理に触れ続けてきた者ばかりではないのだ。教科書を読んだだけではわからない。何度も包丁や鍋を握り、実際に手を動かして、身体で覚えていくしかないのだ。
「……大変そうだね。」
瑠衣が廊下を歩きながら、一年生たちを眺めて呟いた。
「ああ。」
その隣で、航平も一年生たちを見ていた。
「私たちも、最初はあんな感じだったなー。」
一年生たちが悩み苦戦するその姿は、一年前の自分たちと重なって見えた。
「……懐かしいな。わかるぞ、少年たち。」
一年生たちを見てうんうんと頷きながら航平が小さく笑う。
「清永くんは実技試験よりも筆記試験が大変だったけどね。」
「……筆記試験のことはなるべくギリギリまで思い出させないでくれ…。」
「でも、私たちも試験があるのは一緒だし、実技試験の内容も難しくなるって話だよ。」
「うげ……。」
その日の放課後。二年C組の教室では、生徒たちはそれぞれ席につき、担任の渡邉信太郎が教壇の前に立っていた。
「さて。またまた試験の時期が近づいてきたわけだが、みんなもう勉強は始めてるかな?これから二年一学期の中間試験、実技課題の内容を発表するぞ。」
渡邉が黒板へ向き直り、チョークを手に取った。
「今回の実技試験……。」
教室が静かになる。生徒たちの視線が、黒板へ集まった。渡邉は黒板に、カツカツと音を立てて、ゆっくりと文字を書いていく。
――花刀。
「……。」
航平の表情が変わった。
「課題は――」
渡邉が振り返る。
「花刀です。」
「…………花刀。」
航平が呟いた。そして、教室の向こうにいる玲司へと視線を向けた。玲司もまた、静かに黒板を見つめていたが、航平へ視線を向ける。
「……。」
二人の視線が交差する。そして、玲司の口元がわずかに上がった。
(花刀……。今回は俺の勝ちで決まりだな、清永……!)
その日から、航平たち2-Cの特訓が始まった。
「うわ、また失敗した!」
「ここ、もっと細かく切らないとじゃない?」
「だぁぁああ!!細かい作業イラつく!!」
実習室はいつも以上に騒がしいが、そんな中でも航平は黙々と練習を続けていた。その様子を離れたところから玲司が見つめていた。
(清永……腕を上げているな。)
以前よりも明らかに無駄がなく、繊細で動きも早くなっている。
(花刀なら余裕で俺の勝ちだと思っていたが、俺もうかうかしてはいられないかもな……。)
航平の成長を感じ、その場を動こうとした玲司だったが、航平が持つ包丁のある部分が目に入って、視線を止めた。
「……!」
玲司は目を見開く。
(あれは……!)
航平の包丁。その柄のすぐ上に刻魔れた、「慎」の一文字。それを見て、玲司は目つきを変え、一人実習室を後にした。
その日の夜、泰龍軒の営業後に、航平と瑠衣は練習を続けていた。
「花刀ってのは、派手な飾り包丁に見えるが、ただの飾りではないんじゃ。全てに意味がある。それを理解することが肝心じゃ。」
龍彦が二人の手元を見ながら言う。
「立体的な飾り包丁を入れることで味が絡みやすくなり、熱効率も向上する。食感と視覚的な華やかさも演出できる。当然、食材によって包丁の入れ方も変わってくる。もう一度やってみろ。」
二人は龍彦の言葉に真剣に耳を傾け、ひたすらに練習を重ねた。
だがーー。
(どうもしっくりこない……。)
航平は包丁と食材を見つめた。
(前よりもずっと上手くなった。この包丁を買う前のような、包丁がいうことを聞かないって感覚も無くなった。でも……やっぱりまだ何かがしっくりこない。)
「どうしたの?清永くん」
「……いや。なんでもない。」
(俺、この包丁を使いこなせてない気がする……。)
数日後、再び営業後の泰龍軒で練習をしていた航平と瑠衣に、龍彦が口を開いた。
「お前たち、明日からは休んでいいぞ。試験に集中していい。」
「いいの?」
「あぁ。だが航平、お前は毎日ここには来て瑠衣と勉強するんじゃぞ。目を離すとすぐサボるからな、お前は。」
「あぁ、わかったよ。……ありがとな。」
礼を言う航平に、龍彦は口元を緩めた。
明くる日の放課後、航平は一人教室を出ようとしていた。カバンに、あの「慎」の刻印の包丁をしまい、席を立つ。
「清永くん、練習していかないの?」
瑠衣が尋ねる。
「あぁ、ちょっと用があってな。あとで勉強しに店には行くから。また後でな。」
航平はそう言って教室を後にした。向かったのは、合羽橋。ずらっと並ぶ調理器具の専門店。その中にある、一軒の刃物店。その前で航平は足を止め、扉を開けて店内へ入る。
「ごめんください。……お久しぶりです。」
航平は挨拶をして、軽く会釈をする。スキンヘッドに鋭い目、立派な口髭を蓄え、千歳緑の着物を着た老人がそこに立っていた。
「おぉ。よく来たな、小僧。」




