好きなものは好き!恋多き乙女、現る!
東京具留米学園の入学式の翌朝。
1年A組の教室は、他のクラスと同様に、「新入生が入学早々、二年生に料理勝負を挑んだ」という話題で持ちきりだった。
「ねぇねぇ、昨日の話聞いた?」
「何なに?」
「1-Cの二人が先輩たちに喧嘩売ったんだってよ。」
「まじ!?」
「相手、あの斎浦先輩のライバルらしいぜ。」
「えぇ〜!あの天才の!?無謀〜!」
「でもさ、挑むだけすごくね?」
「清永先輩っていう二年生。料理の天才なんだって。」
「放課後、実習室見に行ってみる?」
そんな噂が、一年生たちの間を駆け巡っていた。その会話を聞いていた少女が、ふと顔を上げる。
「料理勝負?」
経営科一年A組、浜出直緒。金髪にピンクのインナーカラーという派手な髪色に、健康的に焼けた肌。制服も少し着崩している。
直緒は、ニヤリと笑った。
「おもしろそうじゃん!。」
昼休み。
「えーっと……二年C組はここか。」
直緒は二年生の教室を覗き込んだ。
「斎浦先輩って、どの人かな~?確か長身で挑発のイケメンって噂だけど…」
教室の中を見渡す。
「あ。」
教室の端で、一人静かに本を読んでいる男子生徒、斎浦玲司はすぐに見つかった。
(きっとあの人だ。絶対そう!)
直緒はしばらく、その姿を見つめた。そして、思わず呟く。
「めっちゃカッコいいじゃん……!」
気付けば、直緒は玲司の前まで歩いていた。
「斎浦先輩!」
「……なんだ?君は」
「私、1-Aの浜出直緒っていいます!先輩って学校始まって以来の天才って言われてるんですよね?」
「評価は人が決めるものだ。人の評価に、俺は興味はない。だが、誰にも負けるつもりもない。」
「キャー!かっこいい!すごーい!ねぇねぇ先輩はー、彼女とかいるんですかー!?」
直緒は突然大きな声ではしゃぎ出した。
「なんなんだ、君は…?騒がしいな」
「彼女がいないんだったらー、アタシ、立候補しちゃおっかな~!」
玲司は露骨にめんどくさそうな表情を浮かべる。
「会話になってないぞ…。俺は忙しいんだ。用がないなら出て行ってくれ…。」
そう言って、玲司は眉間を摘む。
「…………。」
直緒の笑顔が固まった。
「……反応、薄くない?」
「もし何か用があるなら、手短にしてくれ。」
「えー!なんですかそれー!こんなにカワイイ女の子が、こーんなにアピールしてるのにー!」
「ダメだ…話にならない…。」
玲司はそう言って、直緒に目を向けることなく立ち上がり、教室から出て行ってしまった。
「え…ちょっと!」
直緒は頬を膨らませる。
「ムー…!なんかムカつく!」
そう言いながらも、玲司から離れていく直緒の顔には、まだ笑みが残っていた。
「でも、カッコいい……。」
教室を出た直緒は、表情を素早く切り替える。
「それからそれから!もう一人の天才って人もいるんだよねー!」
再び2-Cの教室を覗く。
「あのー、キミ、一年生だよね?うちのクラスの誰かに用でもあるのかなー?」
「…………。」
ヘラヘラと近づいてきて話しかける大群を無視して、教室内を見回す。窓際の席で、机に突っ伏している男子生徒に目が止まる。その頭からは――なぜか煙が出ている。
「清永くん! ほら! シャキッとして!」
「…………無理だ……もう全てがめんどくさい……。」
「がんばれー! がんばれー!」
隣では、女子生徒が一生懸命に声をかけている。
「…………。」
直緒は、しばらくその光景を眺めた。
「……何あの人?あれが、清永先輩……?」
直緒は首を傾げた。
「全然カッコよくないじゃん。」
そして、放課後。
「直緒ー! 行くよー!」
「待って、今行く!」
朝から噂になっていた料理勝負を見るため、直緒は友達数人と一緒に調理実習室へ向かった。
「ほんとにやってるのかな?」
「やってるって。ほら!」
実習室の中では、四人の生徒が真剣な表情で料理をしていた。
「…………。」
廊下から中を覗き込む直緒。
まず目に入ったのは、浅野虎太郎だった。
「うわ、あのチビくん、めっちゃ真剣じゃん。」
その隣では、三好辰樹が酢豚を作っている。
「あっちもすご……。」
そして――。
「…………え?」
直緒の視線が止まった。航平が、中華鍋を振っている。昼休みに机に突っ伏していた男とは、まるで別人の真剣な眼差し。迷いのない手つき。鍋から立ち上る炎。
「…………。」
直緒は思わず、ガラス越しに見入ってしまう。
「清永先輩……。」
やがて航平が炒飯を完成させ、その料理を玲司が食べる。
「…………。」
玲司は静かに味わい、そして頷いた。その様子を見て、直緒は目を丸くする。
「あれが……斎浦先輩のライバル……。」
「ねぇ、直緒。」
友達が隣から声をかける。
「何?」
「さっきからずっとニヤついてるけど、どうしたの?」
「…………。」
直緒は少しだけ黙った。そして再びニヤリと笑った。
「だってさ。」
料理をする航平を見つめる。
「めっちゃカッコよくない?」
清永航平。
普段はだらしないのに、料理をしているときは別人のようにカッコいい。
直緒は二人を見比べる。
「斎浦先輩もカッコいい。」
「うん。」
「清永先輩もカッコいい。」
「うん?」
「…………。」
直緒は、満面の笑みを浮かべた。
「どっちも好き!」
「ええ!?」
「だって、どっちもイケてるじゃん!」
「いやいや!そうかもしれないけど!」
「斎浦先輩はクールでカッコいいし、清永先輩は料理してるとめっちゃカッコいい!」
「でも清永先輩、あの女の先輩と仲良さそうだったよ?」
「それでも好き!」
「斎浦先輩は?」
「もちろん好き!」
「…………。」
友達が呆れたように直緒を見る。
「もうダメだ……。直緒はこうなったらもうテコでも動かないよ……。」
「いいじゃん!」
直緒は楽しそうに笑った。
「好きなものは好きなんだから!」
こうして――。
東京具留米学園に、新たな恋する乙女が誕生した。
彼女の名前は、浜出直緒。
彼女は――、
「恋多き女」である。




