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対決!炎の中華鍋

 玲司との炒飯勝負が決まってからというもの、航平は一人で厨房に残るようになった。様々な具材、調味料を試し、毎日遅くまで、航平は何度も炒飯を作った。何度も食べた。そして、何度も首を振った。その姿を見て航平を心配する瑠衣だったが、真剣な表情を見ると声を掛けることもできず、黙ってその様子を見つめていた。



 そして勝負の日。美味斎の店内には玲司がいた。

「時間だ。」

時計を見る。

「逃げたか。」

その言葉に、瑠衣が顔を曇らせる。

「そんな……。」

 しかし龍彦は静かだった。

「心配するな。あいつは来る。あの炒飯を作れる男が、逃げるわけがなかろう。あいつの目を見たじゃろう?」

その時、店の扉が開いた。

「悪い。」

全員が振り向く。

「遅れた。」

航平だった。手にはいくつかの荷物。

玲司が眉をひそめる。

「勝負の時間に遅刻とはね。だが、逃げずに現れたことは褒めてやる。」

「悪かったな。早速勝負といこうぜ。」

航平は持っていた荷物から中華鍋と材料を取り出した。

「中華鍋?」

瑠衣が不思議そうな顔をする。

「うちの店の使えばいいのに…」

「こっちの方が使い慣れてるからさ」

そして、ついに勝負が始まる。

 玲司は高級食材を並べ、見事な手際で調理を進めていく。均一に切り揃えられた具材と、キラキラと輝くラードと滑らかな卵。完璧なタイミングで入れられた米と見事な鍋振り。洗練された技術。皆がその光景に息を呑む。誰が見ても美しい炒飯だった。

「これが、俺の特製エビ炒飯だ」

美味斎の看板メニューの一つ、エビ炒飯。確かな技術で作られていることが一目でわかる。黄金色に輝くパラパラのお米に、均一に切り分けられたチャーシューとタケノコ、緑鮮やかなネギ。炒飯の山頂には3つ、大ぶりの焼きエビがトッピングされている。見事な仕上がりの炒飯だった。しかも、この勝負のために玲司は通常よりもランクの高い食材を用意していた。

「美味い。」

認めるしかないと、龍彦は思った。

「本当、美味しい…」

瑠衣は悔しいと思った。今まで食べたどの炒飯よりも美味しいと感じてしまった。大好きだった、龍彦の炒飯よりも。そして、自分にはとても作れないと思った。

「フ…どうする?負けを認めて、ここでやめてもいいんだぞ」

余裕の表情で玲司は言い放つ。

「馬鹿言え。吠え面かかせてやるよ」

そう返して、遂に航平が鍋の前に立った。使い古された中華鍋。その中華鍋にラードを入れる。そのラードに龍彦は違和感を覚える。

「そのラードは…」

「チャーシューからとったんだ」

なるほど、と龍彦は頷いた。

「具材のチャーシューからラードをとることで、一体感を高めるというわけか」

ラードが溶け出し軽やかな音を立てる。そこに、航平は白いふわふわとしたものを鍋に注いでいく。

「何?それ。メレンゲみたい…」

「そう、卵白だ。」

「うむ。卵黄と卵白では最適な火の入れ具合にするための時間が異なる。卵白は水分が多く固まりやすい。最初から分けてそれぞれ解いておくことで、両方のベストな火入れ具合を生み出せるというわけか」

一息ついて米を加え炒める。

「店のより少し硬めに炊いたのか。」

「あぁ。店では定食も出してるだろ。同じ米をそのまま使うと炒飯には少し柔らかすぎる」

卵白とご飯を混ぜながら炒めていく。

そこに解いた卵黄。ご飯がみるみるうちに黄金色に輝いていく。

次に具材。ネギ、チャーシューが細かく丁寧に切られている。パラパラと音を立てて食材たちが喜んでいるようだった。

「最後に、チャーシューの漬け汁をベースにして作った俺の特製炒飯用醤油を鍋肌に当てながら…ッ!」

ジュワァァァっという音とともに、香ばしい醤油の香りが広がる。奥にはネギやニンニクといった香味野菜の香りがさりげなく隠れている。

とても高級とは言えない食材たち。だが、航平の料理する姿を見て、玲司は目を見開いた。

「これが、あの落ちこぼれだと…!?」

流れるような手際の良さ。丁寧に準備された食材たち。

火の扱い、それぞれの食材を加えるタイミング、そして玲司とくらべても遜色のない、いや玲司以上の鍋振り。その姿はまるで舞踊のようにすら感じられた。

「お待ち!これが俺のスペシャル泰龍軒炒飯だ!」

目の前に運ばれてきたチャーハンは、とてもシンプルな見た目をしていた。

「いただきます」

そう言って、瑠衣はその炒飯を口に運ぶ。

「……美味しい」

瑠衣は信じられないという表情を浮かべ、一口、また一口と食べ進める。香ばしい香り、しっかりと粒立っている米は一粒一粒がしっかりと卵を纏ってパラパラとしていながら、中には水分が残りもっちりとしている。均一に切り揃えられた具材は米の粒立ちを邪魔することなく一体となっており、完璧なバランスで口の中に入ってくる。

「……完璧だ。」

誰もが認める味。龍彦は目を閉じ、そして、小さく笑った。

「……そうか。」龍彦が航平を見つめる。

「超えてきおったか。泰龍軒の……ワシの炒飯を。」


「そんな馬鹿な!あの落ちこぼれが…!高級食材も使っていない、どこにでもある材料で作った炒飯が…こんな…!」

玲司は信じられないという表情で壁を叩く。

「クソッ!!」

「現実を受け止めることじゃな。おまえの負けじゃ、斎浦玲司。」

「一体、、どうなってるんだ!?」

「じいさんの炒飯を限界までこだわって、丁寧に作って研ぎ澄ませただけさ」

航平はそう言って、自分の作った炒飯を見つめた。

「泰龍軒は、高級中華料理屋じゃない。安くて早くてうまい。誰もが気軽に入れて、その日一日をちょっとだけ幸せに色付ける、そんな店なんだ。」

龍彦は頷く。

「炒飯だけを作ればいいわけじゃない。価格や仕入れ、仕込み、提供スピード、色んなもののバランスを考えて作られた炒飯が泰龍軒の炒飯なんだ。それを無視して、炒飯を作るためだけの準備をした。色んな具材も試してみたけど、それじゃあ泰龍軒の炒飯じゃない。シンプルを極限まで追求するべきだと思った。それで完成したのが、このスペシャル炒飯だ。」

玲司は奥歯を噛み締め、両手を握り締めた。誰よりも料理に向き合ってきたつもりだった。天才と呼ばれ、幼い頃から技術を磨いてきた。それなのに、この勝負で、自分は高級食材へ逃げてしまった。普段の店の仕込みと同じように食材を準備してしまった。だが、相手は違った。航平は炒飯に集中していた。発想自体は実にシンプル。だが、自分はそこに気付くことができなかった。そしてーーー。

航平の鍋振りの腕前は、確実に自分の上をいっていた。落ちこぼれと馬鹿にしていた男が中華鍋を振る姿を見て、美しいとすら思ってしまった。

「……今日の勝負は俺の負けだ…。だが…!」

玲司は顔を上げ、鋭い目つきで航平を睨みつける。

「勝負はまだ終わっていない!次こそ、必ずお前に勝ってみせるぞ!清永航平!」

航平たちに背中を向け厨房を去る玲司の、己のプライドを守るための精一杯の言葉。落ち込んでいる暇はない。玲司は自分の心にメラメラと炎が燃え上がるのを感じて、ニヤリと笑った。

「清永航平…お前を俺のライバルとして認めてやろう。待っていろ。誰が本物の天才か、すぐにわからせてやる…!」

「やったー!勝った!勝ったよ!清永くん!」

そう喜ぶ瑠衣の横で、玲司の背中を見送りながら、

「なんだか面倒なことになりそうなセリフを…」

航平は呆れたように言った。

「航平…お前、明日からも店に来い」

「え?」

「アルバイトを探しておったんじゃろ?時給は最低賃金じゃが、賄いはつけてやる」

龍彦の提案に航平は笑って返す。

「本当は飲食店は勘弁だったんだけど……背に腹は変えられないか。……じいさん、これからよろしくお願いします」

そう言って、航平は龍彦に頭を下げた。




その晩、龍彦は自室で誰かと電話をしていた。

「久しぶりじゃのう。こうして話すのは何年ぶりじゃ?」

懐かしそうに、そして嬉しそうに話す龍彦。

「しかしお前…またとんでもないもんを寄越してくれたな」

そう言って、龍彦は笑った。

「お前の倅……たしかにワシが預かった…!」

第3話までお読みいただき、本当にありがとうございました。

泰龍軒での航平の東京での生活、そして父・剛志の思惑とは……!?

第4話からは、毎週【日曜日】の19:00頃に定期更新していく予定です。もし「面白い!」「続きが気になる!」と思ってくださったら、ページ下部から【ブックマーク】や【感想】で応援していただけると、執筆の物凄い励みになります。よろしくお願いいたします。

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