バレンタイン!甘い恋にはまだ早い!?
2月。東京具留米学園1年C組、今永は焦っていた。
「うーん・・・どうしたもんかなぁ・・・。」
自室の机で、真剣な顔で何かを考えている。
まだまだ寒い日が続き、雪が降る日もあるほどだったが、東京具留米学園では女子たちが寒さも忘れるほど盛り上がっていた。
もうすぐ、バレンタインデーがやってくるのだ。
街の洋菓子店や百貨店では、綺麗にラッピングされたバレンタイン用のチョコレートが並び始めており、学校内でも女子生徒たちが誰にあげるだとか、何を作るだとか、学校中がそんな話題で溢れていた。
しかし、今永はと言えば、中華料理コースで普段チョコを扱うこともないのでレパートリーはないし、そもそも気になる男子もいない。華の女子高生。恋の一つや二つしてみたいのに。高校生になれば、キラキラした甘酸っぱい青春が待っていると信じていたのに。蓋を開けてみれば、毎日中華料理と仲良しの女子たちとの時間ばかり。
「このままじゃダメだ・・・。よし!」
翌日。登校した今永は、まず教室をぐるりと見回した。
「贅沢言わずに、とりあえずもっと男子と絡んでみよう。もしかしたら、好きになれる人がいるかも。」
まず目に入ったのは、航平だった。航平は今朝も気だるそうに机に突っ伏している。
「おはよ!清永くん!」
「んん・・・?おぉ、おはよう・・・。」
机に上体を預けたまま、ぐるりと首だけこちらに向けて、眠そうな目で航平が挨拶を返す。
「あははー・・・相変わらずお疲れのご様子で・・・。」
今永は苦笑した。
「またそんなダラっとして・・・。もうすぐ授業始まるよ?」
「俺はもう疲れたんだ・・・帰らせてくれ・・・。」
「もう。ほら起きて起きて。」
瑠衣がやってきて、航平の姿勢を正させる。毎朝の見慣れた光景だ。
(清永くんは意外にも売り切れ寸前って感じなんだよね・・・。確か藤咲さんも・・・。)
今永はクリスマス・パーティーで手を取り合って踊る航平と聖羅の姿を思い出す。
(ここの争奪戦は観戦に徹しておきたい・・・。)
そう思って、今永はニヤリと笑った。
次に声をかけてみたのは玲司だ。
「おはよー!斎浦くん!」
「あぁ。おはよう。何か用か?」
「いやー特に用ってわけでもないんだけどー。」
「そうか。」
「・・・・・・。」
「・・・なんだ?」
「あ!いえいえ!別に!お気になさらず!」
「・・・生徒会の仕事と店のことで忙しいんだ。そこにいられると、気が散るんだよ・・・。」
「こ!こいつは失礼しましたー!」
今永は小走りで退散する。
(斎浦くんはかっこいいし天才だしお金持ちだけど、無愛想だしデリカシーないし気難しくてめんどくさそう!次々!)
昼休み。次に目についたのは英人だ。
(新藤って実は頼りになるんだよね。普段のだらしなさは清永くんと並ぶ勢いだけど、成績の割に頭がキレるし、仕事もできる・・・。)
英人を遠めから眺めて、声をかけてみようと一歩踏み出したその時。
「英人〜!購買行こうぜー!」
「焼きそばパンコロッケぱんメロンパン。」
「腹減ったー!」
神司、大群、貫戸の3人が、思ったことを反射的に口走りながら英人を囲んだ。するとどういうわけか英人はおもむろに立ち上がり、いきなりせーの!と声を出す。
「「「「最初はグー!ジャンケンホイ!!」」」」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!」
突然始まったジャンケンに負けたらしい大群が崩れ落ちた。
「今日のジュース奢りは大群に決定〜!」
「これで3日連続だぁぁぁあああ…許してくれよぉぉお゛お゛お゛」
「「「ご馳走様デス!!」」」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ……!!」
四人は大騒ぎをしながら購買へと姿を消した。
(いや、やっぱりあの4人はバカすぎるか…良いヤツらではあるけど…。)
クラスメイトには見切りをつけ、今永は校内を歩き回ることにした。すると、図書室へ向かう廊下で斗麿を見つけた。
(藤咲先輩!抜群のルックスで、成績優秀な前生徒会長!)
当たって砕けろの精神で声をかけようと走り出すと、斗麿の横にいる美波が振り返り、こちらを鬼の形相で睨みつけてきた。
(!?)
その圧に、今永の足が止まる。美波から、「ガルルル…」という声が聞こえる気がする。
「どうした?」
「あ!いえ!なんでもありません!行きましょう!」
美波は前を向き、その直後、再び横目でこちらを睨む。
(とんでもなく強いボディガードがついてる…。)
今永は、ハァ…とため息をついた。
(ま、藤咲先輩に手を出そうなんて、そもそも身の程知らずだったかな。次々!)
今永が、また一人で廊下を歩いていると、今度は放課後の2-Bの教室で、一人で本を読んでいる和馬を見つけた。「失礼しまーす。」と一声かけ、和馬の元へ近寄る。和馬は集中している様子で、全く今永に気が付かない。今永は、和馬が何の本を読んでいるのか気になって、後ろから和馬の持つ本を覗き込んだ。意外にも、それは女性向けの雑誌だった。流行のファッションやコスメの他、話題のグルメを紹介する雑誌だ。和馬はそれを、熱心に熟読している。そのとき、和馬が雑誌を机に置き、耳につけていたイヤホンを外して息を吐いた。
「フゥ…。ん?」
「真田先輩!女性向けの雑誌なんて読むんですね!意外ー!」
今永は素直に驚き、和馬に声をかけた。がーーー。
「そこで何してる…?」
「……え?」
「そこで何をしているのかと聞いている。」
「あ…あの…それは…先輩が一人で教室にいるなーと思ってーそれで…」
「今日だけは見逃してやる。だが、俺がこの雑誌を読んでいたことは他言無用だ。わかったら黙ってとっとと出ていけ…!…いいな!?」
「はいー!!すみませんでしたー!!」
今永は恐怖のあまり、全速力で教室から逃げ出した。
「無理無理無理無理!こわいこわいこわいこわい!」
和馬から逃げ出した後、中庭で息を整えていると、弦之介が中庭のベンチに座っていた。
(あれはたしか、宍戸くんだっけ…。球技祭で大活躍してたんだよね。ちょっとヤンチャそうだけど、危ない男って感じなのかな!?)
淡い期待を抱いて、弦之介に近づいていく。弦之介はスマホを片手に一人でブツブツ何かを呟いている。
「えー…泰中瑠衣殿…ごきげんいかがで候…好きです。今度映画館へ行って甘栗に合うコーヒーを探しませんか…いや、違うな…。えーっと…泰中さん、いつも素敵ですね。俺もなかなか素敵ですよ。ローストビーフとグレープジュースで素敵な時間を過ごしてみようZE⭐︎…いや、なれなれしすぎる…。ダァァァアアアッ!!どうしたらいいんだ!?なぜ俺は!DMの一つもまともにできないんだ!!クソォォォオオオオ!!」
急に大声を出して立ち上がる弦之介に、今永完全に気圧されてしまい、そのまま声をかけることなく立ち去った。
「そうだった…あいつ、瑠衣に片想いしてるんだ…。しかも壊滅的な文章力…。アレはうちのクラスの三馬鹿たちよりもだいぶ危ないわ。」
今永は教室へ戻り荷物をまとめて、肩を落として校舎を出ようとしていた。すると、目の前に恰幅の良い男子生徒の姿がある。
「あれは確か、3-Cの陳先輩。中国からの留学生で、凄腕って評判なのよね。」
「ン?」
今永の視線に気付き、浩然は今永と目を合わせて、首をかしげる。
(陳先輩…。真面目で情熱的で、でも優しくて…。それに安心感もある。なんだろう…包容力っていうのかな?それは感じる…色んな意味で…。)
「ンン…?」
浩然は首が落ちるのではというくらい、首をかしげる角度が大きくなる。
「……。」
「……。」
一瞬の沈黙。
「…ごめんなさい。」
いきなりそれだけ言って、今永は走り去って行った。
「ンンン…?……。なんだったノ?一体…。」
数日後。バレンタインデー当日。結局、今永は好きな男子を見つけることはできなかった。念のため何個かチョコは用意してきているものの、放課後になっても渡すべきと感じる男子を見つけることは叶わなかった。
(全然ダメだ…。素敵な出会いを期待してたんだけどな…。私、恋愛向いてないのかな…。)
ホームルーム終わりの教室で、そんなことを考えていると、誰かに背中を叩かれた。
「おつかれ!」
岩井だった。吉崎と瑠衣も一歩後ろに立っている。
「はい、これ!ハッピーバレンタインー!」
「私からもです。評判のチョコです。アッツいですよこれは。」
「これ!私からも!はい!」
瑠衣たちは、それぞれ綺麗にラッピングされた包みを今永に手渡す。どれも市販の安いチョコではあるが、バレンタイン仕様の包装がされていてかわいらしい。
(恋人は見つからなかったけど…まぁいっか!)
「ありがとうー!私もあるよ!ほら!」
「わー!かわいい!ありがとう!」
「みんなでお茶買って食べようよ!」
「激アツです!」
(今はみんなといるのが最高に楽しくて幸せだ!)
「お。友チョコってヤツかな?」
チョコを交換しているところに、渡邊が顔を出して声をかけてきた。
「先生!いやー、私の場合はただ単に渡したい男子がいないだけなんですけどね。」
今永は苦笑いをした。
「ははっ!まぁいいんじゃないか?無理矢理誰かを好きになろうとしたり、テキトーに誰かと付き合ったりしなくても。いざ本当に誰かを好きになったときに、今は準備期間なんだと思えばいいさ。」
「さすが、先生!良いこと言う!」
「アッツいっすね…!」
岩井と吉崎は茶化すようにはしゃいだが、今永はほんの少しだけ、胸がキュッとなったような気がした。
「あ、あのね!先生!先生にもあげる!はい!」
今永は余りのチョコを渡邊に手渡す。
「お!いいのか?今年はモテモテだなー。ありがとう。」
そう言って微笑むと、渡邊は教室を後にした。
(いつか素敵な出会いがあったときにために、色々頑張っておきますか!)
みんなでチョコを食べながら、今永は明るく笑った。
その日の夜。営業終わりの泰龍軒で、航平は聖羅からもらったガトーショコラを食べていた。
「うめー!こんなうまいガトーショコラ初めてだ!」
そこに瑠衣がやってきて、航平の向かいの椅子に腰掛ける。
「それ…聖羅ちゃんからもらったの?」
「ん?…あぁ。そうだけど…よくわかったな。」
「バレンタインだからね。」
「?そりゃそうだけど…なんで藤咲からもらったってわかるんだよ?」
瑠衣はギクリとして慌てて誤魔化す。
「あ、いや!ほら!ガトーショコラなんて、聖羅ちゃんぽいなーって!なんとなくね!なんとなく!」
「ふーん。まぁ、でもたしかに藤咲っぽいかもな!」
(清永くん…鈍感だな…。)
瑠衣は俯いて、手に持っていた包みをテーブルの上に置いた。
「あの、これ…私もみんなに作ってみたんだけど、清永くんにも…あげる。」
そう言って、瑠衣は顔を赤くしながら、航平に手作りのトリュフチョコを差し出した。
「え…。あ、あぁ。…ありがとな。」
そう言って、航平も顔を赤らめる。航平は窓の外に目をやりながら頬をかき、瑠衣は俯いて、指先をもじもじと動かしている。一瞬、二人は目を合わせ、そしてまたすぐに照れくさそうに視線を逸らした。
今日の泰龍軒は、いつもより甘口だ。




