本物?偽物?プライドを賭けた担担面
数ヶ月前ーーー。東京具留米学園文化祭での調理科の売上順位発表を、険しい表情で聞く男子生徒の姿があった。
「6位は3-C!ーーー4位は・・・1-C!」
「・・・・・・認めないヨ。」
鋭い目つきで睨みつけるその視線の先には、航平たちの姿があった。
数ヶ月後。クリスマス・パーティーが終わり、冬休みに入っても、航平は故郷の島には帰らず、正月は3日から働いて、すでに新学期が始まっていた。今日も航平はいつもと同じように、放課後に泰龍軒で厨房に立っている。
「担々麺1つ!お願いします!」
「あいよ〜。」
瑠衣が客からの注文を告げ、航平が返事をする。慣れた手つきで素早く担々麺を作り、瑠衣が提供する。アツアツの湯気とともに立ち上る香ばしい香りが、泰龍軒の中を漂う。
「お待たせしました!担々麺です。ごゆっくりどうぞ!」
その担々麺は、瑠衣の手によって高校生らしき青年の元に運ばれた。糸目で恰幅の良い短髪の青年だった。青年は、担々麺に顔を近づけて大きく鼻から息を吸うように香りを確かめると、勢いよく担々麺を食べ始めた。ものすごい勢いで、担々麺は姿を消していく。あっという間に、器は空になってしまった。
「す、すごい勢い・・・。」
瑠衣は驚き、呆気に取られている。
「ウマい。」
青年はそう言って立ち上がり、おもむろに厨房に向かって歩き始める。
「え?あ!あの!お客さん!」
瑠衣が静止しようとするが、お構いなしに歩を進める。
「だけど・・・これは担担面じゃナイ!」
その声に、航平と龍彦が応じる。
「担々麺がなんだって?」
「お前さん、一体何者じゃ?」
「ワタシは陳浩然。東京具留米学園3年C組所属の留学生。これを作ったのは、チンヨン!オマエだろ。」
浩然は航平から目を逸らすことなく言った。
「チンヨン・・・?って俺のこと・・・?作ったのが俺だったらなんなんだよ。」
「ワタシは四川から来ましたカラ知ってる。これはウマい。デモ担担面じゃナイヨ。量が多すぎるはイイけど、担担面はこんなにスープいらナイヨ。これは偽物。」
「偽物だと?」
龍彦が浩然を睨み返す。
「ワタシは四川から来た中華料理人。本物か偽物か、アナタたちよりもわかる。日本の中華料理は中華料理になってナイもの多すぎるネ。そしてソレを一般の人たちだけじゃなくて、学校も認めてしまう。デモ、私は認めないヨ。」
「確かに、うちの担々麺は中国四川省で生まれた担担面とは違うかもしれん。日本人向けに、日本人の舌に合わせて作ったメニューだからな。だが、ワシや航平が四川風の美味い担担面を作れないと思っておるなら、みくびり過ぎじゃぜ・・・?」
龍彦の目がキラリと光る。
「ソコまで言うなら、チンヨン、担担面作ってみろ!ワタシ、文化祭で負けても、中華料理で負けたとは思ってナイ!ワタシを納得させる必要、オマエにアル!」
「なんでそうなるんだ・・・。」
航平はめんどくさそうにため息を吐いた。
「けど・・・ジジイの店の料理を偽物呼ばわりされたんじゃ、俺も黙ってられないな。やってやるよ。作ってやるよ!四川風担担面!」
数日後、浩然は再び泰龍軒を訪れた。
「楽しみにしていたゾ、チンヨン。四川には中国4000年の歴史が培った美食の都としてのプライドと、『一菜一格、百菜百味』の精神がアル。ハンパな担担面は、認められナイヨ。」
「ハンパな料理なんか作らねーよ!」
航平はそう言って中華鍋を手に取った。
「まずは肉味噌だ!鍋で油を熱し、豚ひき肉をポロポロになるまでしっかり炒める。ザーサイ、甜麺醤、醤油を加え、香ばしく炒め合わせたら、一度鍋から取り出す。」
航平が手際よく肉味噌を作っていく。
「ここで麺を茹でる。今日は四川風担担面がテーマだから、細めのストレート麺を使う。一緒にチンゲン菜も軽く茹でておく。麺を茹でている間に、丼にタレ用の調味料を合わせる。」
浩然は黙ったまま、じっと航平を見続けていた。
(手際はイイヨ。さすがに上級生を差し置いて文化祭で4位になっただけのことはアル・・・。)
「麺が茹だったらよく湯を切って丼へ。タレとしっかり絡めて、肉味噌、チンゲン菜、砕いたピーナッツをのせて、最後に追い花椒を振れば・・・完成!これが俺の四川風担担面だ!」
「どうぞ。」
出来上がった担担面を、瑠衣が浩然の元へ運ぶ。
「いただくヨ。」
浩然は大きく深呼吸するように香りを確かめ、細い目を見開くと、一口目を口へ運び込んだ。
「・・・・・・!?コレは・・・。」
「どうだ?俺の担担面は。」
「このタレ、ただの醤油じゃナイネ。中国の醤油を使っテル。でも日本的ネ。それに、ラー油を2種類使ったノカ?」
「へぇ。やるな。さすがは先輩。タレはアンタのいう通り、中国の醤油をベースに、みりん、昆布、ザラメなんかをブレンドしたんだ。ラーメンでいうカエシみたいなもんさ。そして、ラー油は異なる温度管理で作った2種類の自家製ラー油を使った。」
「2種類のラー油をブレンドしたことで、香ばしい風味とじわじわとくる辛味を両立させたということじゃな。」
龍彦が感心して頷く。
「それに、芝麻醤。スゴク丁寧な仕事。ごまの香ばしい香り・・・シルクのような舌触り・・・。」
浩然はそこから、すごい勢いで航平の担担面を食べすすめ、あっという間に完食してしまった。
「・・・悔しいネ。この担担面は、やっぱり故郷の担担面とは違うヨ。日本では手に入りにくい食材もアルしね。デモ、こんなに美味しいのでは、コレを偽物とは言えナイヨ。」
浩然はふっと息を吐き、微笑んだ。
「ご馳走サマ。・・・チンヨン、認めるヨ。オマエの腕は本物。ワタシは中国の歴史と誇りに胡座をかいてしまっていたのかもしれないネ。」
「いや、俺たちにも気持ちはわかるよ。俺たちも、海外の寿司を見たら、こんなの寿司じゃない!って思ったりするし。そのくせ、日本人って他の国の料理を日本風にアレンジしがちだからな。でも、リスペクトがないわけじゃないんだ。みんな違う文化の中で生活していて、それぞれ馴染みの味が違うから、好みに合わせてるだけなんだよな。」
「ウン。そうダナ。今日スゴク勉強した。チンヨン、ミナサン、アリガトウ。でも、中華料理で負けるつもりはやっぱりナイヨ。今度、ワタシの作る四川料理も食べてみてクレ。」
「是非食べさせてくれ。ワシもまだまだ勉強したい。」
そう言って龍彦と浩然は握手を交わし、浩然は帰って行った。
浩然が帰った後、瑠衣と航平はいつもより少しゆっくりと閉店作業をする。
「最初はどうなることかと思ったけど、めでたしめでたし、かな?」
「だな。きっとあの人、すげー美味い料理作る人だと思うよ。スッゲー疲れたけど。」
泰龍軒の来客は、変わり者ばかりである。




