聖なる夜の贈り物。
「では、今年の生徒会主催のクリスマスパーティーは例年通り、12/24の終業式の後、体育館で開催ということで。準備は色々と大変だと思いますが、二人にとってはこれが生徒会に入って最初のイベントごと。頼りにしていますよ。」
もうすぐ2学期も終わろうかという、東京具留米学園。街はイルミネーションで輝き、あちこちからクリスマスソングが聞こえてくる。新生徒会メンバーを決める選挙で、会計と書記に選ばれていた玲司と聖羅は、新会長の指示のもと、通常の生徒会業務をこなしながら、彼らにとって初めてとなるイベント、『東京具留米学園クリスマス・パーティー』の準備に追われていた。クリスマス・パーティーは、毎年ブラスバンドの演奏を鑑賞したり、有志のDJが音楽をかけてみんなで踊ったり、調理科の各クラスが用意した料理を立食形式で楽しんだりする本格的なパーティーで、色々な国の料理を専攻する調理科がある東京具留米学園ならではの名物イベントだ。
「これで各クラスへの料理の準備のお願いは済みましたね。あとは飲み物の手配と、有志を募集して、会場の装飾の準備。大忙しですね。」
「あぁ。それに、俺たちは調理科だから、クラスの料理の準備にも参加しないとな。」
聖羅と玲司が真剣な顔で話し合う。
「でも、クリスマスパーティー、とっても楽しみです!」
その頃、航平と瑠衣は英人と今永と並んで駅までの通学路を歩いていた。
「クリスマスパーティーで料理出せって、俺たち中華料理コースだぜ?」
「毎年の恒例らしいから、仕方ないよ。」
めんどくさそうに言う航平を瑠衣が諭す。
「でも実際何を作ればいいか難しいよな。鶏肉系の料理はどこかが必ずやるだろうし。」
「フレンチとかイタリアンコースはやりやすそうで羨ましいよねー」
「明日のホームルームで、また一揉めしそうだな、こりゃ。」
英人がそう預言し、4人は同時にため息をついた。
クリスマス・パーティー当日。
二学期の終業式を終えた東京具留米学園は、いつもの学校とは少し違った空気に包まれていた。
午後四時。普段なら制服姿の生徒たちが行き交う体育館には、色とりどりのイルミネーションが飾られ、天井から吊るされた無数の電飾が、まるで小さな星空のように輝いている。
制服のまま参加する生徒も多いが、この日のために気合いを入れてドレスアップした女子生徒や、いつもとは違う髪型で決めてきた男子生徒もいる。中には、最初から二人で参加することを約束していたのだろう、どこかよそよそしく、しかし嬉しそうに寄り添う男女の姿もあった。
ステージでは生徒会長が開会の挨拶を終え、続いてブラスバンドの演奏が始まる。大きな拍手が起こり、体育館のあちこちから歓声が上がった。
「うわー! すごいね、瑠衣!」
「うん! 学校じゃないみたい!」
会場を見回しながら、今永が目を輝かせる。その隣で瑠衣も楽しそうに笑っていた。
「料理もいっぱいあるぞー!どれから食う?」
航平はそんな二人の会話を聞きながら、料理の並べられたテーブルへ視線を向ける。そこには、調理科の各クラスが腕を振るった料理が所狭しと並んでいた。
3-Fの温冷ミックスのシーフードプラッター、
3-Iのタコとセロリのポルポ・アッラ・ルチアーナ、
冷製茶碗蒸しとウニとホタテの和風カルパッチョの2種の和風クリスマスショットグラス、
1-Fのブッシュ・ド・ノエル、
そして1-Cのスペシャル中華まん・・・。
他のクラスの料理もどれも個性的で、相変わらず高校生が作ったとは思えないものばかり。
「お、あれ美味そう。」
普段の授業や文化祭とは違い、今日は勝ち負けを競う必要もない。生徒たちはそれぞれ好きな料理を手に取り、友人たちと笑い合いながら、年に一度の特別な夜を楽しんでいた。
少し離れた場所では、聖羅が友人たちと楽しそうに談笑している。玲司は生徒会の仕事をしながらも、時折料理をつまんでは満足そうに頷いていた。そして弦之介たち経営科が用意したドリンクコーナーにも、次々と生徒が集まっている。
普段は勉強や料理、そして生徒会の仕事に追われている彼らにとって、今日は少しだけ肩の力を抜いて楽しめる一日だった。
やがてブラスバンドの演奏が終わり、会場には軽快な音楽が流れ始める。
料理を楽しむ者。
友人と騒ぐ者。
写真を撮る者。
少し離れた場所で、気になる相手をちらちらと見つめる者。
それぞれが、それぞれのクリスマスを楽しんでいた。
パーティーも終盤を迎えた頃、DJがロマンチックなクリスマス・ソングを流し始めた。すると、それまで思い思いに楽しんでいた生徒たちの中から、カップルを中心に男女でペアになり、手を取り合って踊り始める者たちが現れた。
「……。」
聖羅も、少し離れたところからその様子を眺めていた。本当は、航平に声をかけたい。しかし、航平がいる1-Cの輪の中には、瑠衣もいる。
(瑠衣ちゃんは、きっと清永くんのことが好き。本人もまだ気づいていないのかもしれないけど……。でも、もし気づいていたとしても、きっと私の気持ちを知っているから、清永くんを誘ったりしないんだろうな。)
そう考えると、胸が少し痛んだ。
(私……ズルいことしちゃったな……)
ドレス姿のまま立ち尽くしていると、突然、背中から声が飛んできた。
「よ!」
「え?」
振り返ると、そこには弦之介が立っていた。
「藤咲、何やってんだよ、こんなとこで。清永たちのところ行こうぜ!」
「え、ちょっと……!」
返事をする間もなく、弦之介に背中を押される。聖羅はそのまま弦之介に連れられ、1-Cの輪の中へと入っていった。
「聖羅ちゃんのドレスかわいい!すごくよく似合ってる!」
「瑠衣ちゃんもすごく素敵だよ!」
「えへへ。ちょっと奮発して買ってみちゃった!」
お互いのドレス姿を褒め合う瑠衣と聖羅。その微笑ましいやり取りを見ていた弦之介が、突然、二人の間に割って入った。
「二人ともすごく似合ってるよ!うん!すごくいい!」
「ありがとう、宍戸くん」
弦之介が、航平と聖羅を交互に見る。
「お!なんか藤咲と清永、イイ感じじゃん!」
「え!?」
「は?」
「うん、イイよ。なかなかお似合いだよ。そうだ、二人で踊ってこいよ!」
「え、あの……!」
「お、おい!」
「ほら! ほらほら!」
弦之介はニヤニヤしながら、航平と聖羅の背中をぐいぐいと押した。
「ちょ、宍戸……!」
「わわっ……!」
押し出された二人は、いつの間にか人の輪の中央へ。顔を見合わせる。どちらも、頬を赤くしていた。
「あ、あの……」
聖羅が恥ずかしそうに口を開く。
「ここまで来ちゃいましたし……せっかくなので、ちょっとだけ……踊りませんか?」
「あ、あぁ……。俺、ダンスなんて踊ったことないから、よくわかんないけど……」
「私も、そんなに得意じゃないので……」
二人はおそるおそる手を取り合った。
音楽に合わせて、ぎこちなくステップを踏み始める。
「……」
「……」
互いに何を話せばいいのかわからず、二人とも黙ったまま。
航平は、どこか緊張したように足を動かしている。
そんな二人の様子を少し離れたところから眺めながら、弦之介はニヤリと笑った。
「よし……」
そして今度は、瑠衣のところへ向かう。
「泰中さん!」
「え?」
「あ、あの……よかったら、一緒に少し踊ってくれませんか!?」
「え!?」
「深い意味はないんですが!経験というか、思い出にというか、その……!」
さっきまでの強引さはどこへやら。弦之介は耳まで真っ赤にして、しどろもどろになっている。瑠衣はそんな弦之介を見て、少し困ったように笑った。
「……うん。じゃあ、少しだけ……」
「よっしゃー!」
弦之介の顔が一気に明るくなる。
こうして、二組のペアが音楽に合わせて踊り始めた。聖羅と弦之介は、恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうに顔を綻ばせている。一方で、航平と瑠衣は頬を赤らめながらも、どこか落ち着かない様子だった。二人とも、相手の顔をまともに見ることができない。ただ、ぎこちなく足を動かし続けていた。
パーティーが終わり、航平と瑠衣はいつものように帰り道を歩いていた。いつもは取り止めのない話をしながら歩いているのに、今日は二人とも黙ったままだ。気がつくと、泰龍軒の近くの公園まで歩いてきていた。
「なんだか疲れちゃったね。ちょっとだけ、座っていかない?」
瑠衣が公園のベンチを指差す。
「・・・あぁ。」
公園のベンチに腰掛けて、二人はしばらく黙っていた。
何か言わなきゃ。
お互いにそう思いながらも、航平も瑠衣も、なかなか口を開くことができなかった。
そしてーーー。
「「あの!」」
二人の声が重なった。二人は顔を見合わせる。
「・・・なに?」
「そっちから・・・言えよ。」
また、少しの沈黙が流れる。
「あ、あのね、これ・・・クリスマス・プレゼントっていうか、いつものお礼っていうか・・・」
そう言って、瑠衣は恥ずかしそうに鞄から綺麗な紙袋を取り出した。
「え・・・。俺に?」
航平は紙袋を受け取ると、「開けていいか?」と瑠衣に尋ねる。
中には空色のマフラーが入っていた。
「いつも首周り、寒そうだなって思ってたから・・・。清永くんっぽい色だなって思って・・・。」
「あ、ありがとな!あの、・・・これ、俺も・・・。いつものお礼というか、なんというか・・・。」
航平も恥ずかしそうに鞄から紙袋を取り出す。
「え?いいの?私も開けてみていい?」
「お、・・・おう。」
紙袋を開けると、アイボリー色の手袋が入っていた。
「料理人だからな。手は大事にしないと・・・だろ。」
そう言って航平は、照れくさそうに目を逸らした。そんな航平を見て、瑠衣は手袋を胸元でそっと抱きしめる。
「うん、ありがとう。大事にする!」
二人はそれからしばらく、公園のベンチに何も言わずに座っていた。すると、駅の方からロマンチックなクリスマス・ソングが聞こえてきた。体育館でかかっていたのと同じ曲。
「お前、宍戸とのダンス、ぎこちなかったなー。」
航平が瑠衣をからかう。
「そっちだって、いつ聖羅ちゃんの足とかスカート踏んづけるんじゃないかって心配したんだから。」
「お前こそ、こんな感じだったぞ」
そう言って不恰好に踊って見せる航平。
「ひどーい!そっちだってこんなだったくせに!」
瑠衣もやり返す。
制服姿で、誰もいない公園で、二人で繰り返す不格好なステップ。
遠くから聞こえるクリスマス・ソングと、冬の夜空に浮かぶ星のシャンデリア。
二人だけの、小さなクリスマス・パーティーだった。




