看板娘とお嬢様。
とある土曜の、午後の泰龍軒。もうすぐ昼の営業が終わろうかという、14時過ぎ。大衆向けの町中華の店である泰龍軒に似つかわしくない、可憐で上品な美少女が突然やってきた。東京具留学園の一年生、藤咲聖羅だ。
「いらっしゃませ!わぁ!聖羅ちゃん!」
瑠衣が明るく聖羅を出迎える。
「こんにちは!突然来てしまってごめんなさい。予約とか必要だったかな?」
「いやいや、うちは町中華だから!座って座って!」
東京の名門中の名門である超有名グランメゾン、『ラ・グリシーヌ』のオーナーシェフのご令嬢である聖羅は、身なりも、所作も、言葉遣いも明らかに町中華の泰龍軒とはアンバランスで、でも聖羅自身がそれをまるで気に留めていないところがまた、より一層彼女の上品さを強調していた。
「大衆向けのお店だけど、うちの料理はどれも美味しいよ!私が保証します!」
瑠衣は聖羅にメニューを手渡す。
「わぁ〜。メニューがこんなにいっぱい!しかも、こんなお値段で!?どれも美味しそう・・・。」
「でしょ?どれも間違いなしだよ!まぁ、私はまだ麻婆豆腐しか任せてもらえてないんだけど。」
瑠衣は苦笑いを面目ないと言った顔で頬をかく。
「お兄ちゃんから、清永くんのワンタンスープが素晴らしかったって聞いてたから、それをいただきたかったんだけど、他の料理も美味しそうだし、瑠衣ちゃんの麻婆豆腐も食べてみたいな。でもそんなに食べきれないかも・・・。」
聖羅はメニューと睨めっこをする。
「あ、それじゃあ、もうすぐお昼の営業終わるし、私おじいちゃんに言って少し早めにあがるから、一緒に食べない?」
瑠衣が聖羅に提案する。
「いいの!?」
「もちろん!ちょっと待っててね!」
それから瑠衣は一度厨房へ行き、しばらくしてからワンタンスープと麻婆豆腐を持って聖羅の座るテーブル席に戻ってきた。
「わぁ!良い匂い!いただきます!」
二人はスープと麻婆豆腐を取り分けて一緒に食べ始めた。
「美味しい・・・。お兄ちゃんが言った通りだ。すごく丁寧で繊細な味。ワンタンもつるつるモチモチで、餡はジューシーで・・・まるでデュエットを奏でているみたい。」
「さすがだなぁ。斗麿先輩と全く同じ感想だよ、それ。」
「えぇ!なんだか、ちょっと恥ずかしいな・・・。でも本当に美味しい。これが清永くんの料理・・・。」
航平が作った温かいスープに、聖羅がほんのり頬を赤く染める。
「私の麻婆豆腐も食べてみて!これだけは清永くんにも負けてないんだから!」
「うん!・・・美味しい!すごく美味しいよ、瑠衣ちゃんの麻婆豆腐!」
「でしょ!これだけは自信あるんだ!」
「実は私も、スイーツ以外は全然ダメだって、よくパパに怒られるの。お兄ちゃんは、まだ一年生なんだから気にするな、大丈夫だって言ってくれるんだけどね。」
「えー!そうなんだ。意外。なんでもできる子だと思ってた。」
「私たち、似たもの同士だったのかも!」
二人は笑い合う。
「よ、藤咲。いらっしゃい。」
そこへ航平が顔を出す。
「あ、清永くん!こんにちは!ワンタンスープ、すっごく美味しいです!」
聖羅は少し慌てて、少し恥ずかしそうに小さくなった。それを見て、瑠衣は「かわいい子だな」と素直に思った。
「それはよかった。俺も一緒に昼飯いいか?」
航平がそう言うと、厨房から龍彦と百田が出てくる。
「航平、悪いんじゃが百田と買い出しに行って来てくれ。」
「えぇ!?もう休憩の時間だぜ?」
「そう言うな。もちろんその分の時給もつけるし、百田にお昼代も渡しておいたから好きなもの食ってきていいぞ。」
「百田さん、すぐに行きましょう。駅前のバーガークイーンが俺を呼んでいます。」
「はいはい、わかったわかった。」
調子の良い航平を百田が笑う。
「じゃ、そういうことだから!藤咲、またな!瑠衣はまた後でなー。」
「うん、いってらっしゃい!」
瑠衣と聖羅は航平を見送ったが、聖羅が少し寂しそうな顔をしていることに瑠衣は気づいていた。
「瑠衣ちゃんて、清永くんと仲良いよね・・・。いつも一緒にいるし。」
「あ、そうかな!?まぁ清永くん、うちでバイトしてるし、家も近所だし、学校ではクラスも一緒だから、まぁ仲は良いかなぁアハハ。」
聖羅の気持ちを知っている瑠衣は、なんとなく複雑な気持ちになった。
「ねぇ、清永くんってどんな人なの?私、まだあんまり清永くんのこと知らないなって思って・・・。清永くんの好きなものとか、好きな場所とか、休みの日は何してるんだろうとか・・・。たくさん知りたいことはあるのに、緊張しちゃってなかなか自分では聞けなくて・・・。瑠衣ちゃんなら、私より色々知ってるのかなって・・・。」
俯きながらそういう聖羅を見て、瑠衣は少し胸がちくっとするのを感じたが、ゆっくりと話し始める。
「そうだなぁ。良いヤツだよ。だらしないし、やる気ないし、すぐサボるけど、料理はすっごく上手で・・・。それに、本気になったら誰よりもすごい。文化祭のとき、珍しくやる気出しててさ。すごいなーって思ったな。あ、でもね!離島出身だからなのかもしれないけど、すっごく時間にルーズで、それから・・・。」
航平のことを話して聞かせてくれる瑠衣を見て、聖羅は思った。
(あぁ、そうか。瑠衣ちゃんは自分でも気づいていないのかもしれないけれど、この子もきっと、清永くんのことが好きなんだ・・・。)
そこから二人は、航平のこと、斗麿のこと、自分たちの実家のお店のこと、学校のこと。他愛もない話をして、遅めの昼食の時間を楽しんだ。
「今日はありがとう!」
「こちらこそ!またいつでも来てね!」
「ぜひ、うちにもいらしてください!瑠衣ちゃんにならご馳走するから!」
住む世界が違うと思っていた聖羅だったけど、知り合ってから会話を重ねるたびに、嫌味もなく素直で可愛らしい聖羅のことを瑠衣はどんどん好きになっていた。
「じゃあまた学校で!気をつけてね!」
「ありがとう!あのね、瑠衣ちゃん、私・・・。」
聖羅が帰り際に、瑠衣に向かって笑顔で言った。
「私ね、清永くんのことも好きだけど・・・・・・私、瑠衣ちゃんのことも大好き!」
「私も!聖羅ちゃんのこと大好き!」
手を振って去っていく聖羅を見送って、瑠衣は心がぽかぽかと温かくなるのを感じたのだった。




