泰龍軒、営業中?
「暇だな…。」
ある日の泰龍軒。店内を見回しながら、航平が呟いた。
「暇じゃな…。」
カウンター席に腰掛けた龍彦も呟く。
「暇ですね…。」
厨房から百田も顔を出す。
「どうしちゃったんだろ…。」
航平の隣で、瑠衣が不安そうな顔をする。
今日は日曜日。昨日まではいつもと変わらない、いつもの忙しい泰龍軒だった。それが今日は、昼時になっても店内には客が一人もいない。
「さすがに暇すぎないか?」
四人は顔を見合わせた。
「近所に今日開店の新しい店なんてないよな?」
「あれば噂になるし、回覧板とか商店会長から連絡とかがあるはずじゃ。」
「どこかのお店が周年イベントやってるとか、安売りしてるとか!?」
「そんな話も聞いた覚えないなぁ。商店街の中のことで、泰中さんに連絡がないなんて、考えられないよ。」
「まさか…。」
四人の顔が険しくなる。
「「「「美味斎が何か仕掛けてきた!?」」」」
そのとき、店の扉が勢いよく開いた。
「やっほー!瑠衣!来ちゃった!」
1-Cのクラスメイトで、瑠衣と仲の良い今永、岩井、吉崎の三人だった。
「あれー?今日は珍しく空いてるのね。」
「というか、貸切状態じゃん。」
「貸切……アッツいですね。」
吉崎がニヤリと笑う。すると、3人の姿を見た龍彦がカウンター席から何かを思いついたように立ち上がった。
「お前たち、ちょいと美味斎に偵察に行ってこい。」
龍彦の指示で航平と瑠衣、今永、岩井、吉崎の5人は美味斎へ偵察に来ていた。
「なんでこんなコソコソしなきゃいけないのかな?」
サングラスとマスクで顔を隠した瑠衣が航平に聞く。
「しょうがないだろ?泰龍軒の人間が偵察に来たってなったらめんどくさいことになりそうだし。」
「でもなんか潜入捜査って感じで楽しいかも!」
美味斎の店内は広く綺麗で、ラグジュアリーな雰囲気が漂っていて、高校生の5人はそれだけで圧倒されてしまっていた。席に通され、メニューを開くと、高級中華料理やコースがずらりと並んでいる。メニューの冊子とは別に、ラミネートされた1枚のランチメニューも用意されており、そちらにはサラリーマンや主婦などが気軽に食べられるような千円前後のメニューが書かれていた。
「てっきり高級な本格中華ばかりだと思ってたけど、ランチは案外リーズナブルなんだ。」
岩井が感心したように言った。チャーハン、青椒肉絲、麻婆豆腐、ワンタン麺に担々麺など、品揃えも豊富だ。
しばらくすると、店員が注文を聞きにやってきた。それぞれ食べたいランチメニューをオーダーする。
「斎浦くん、厨房にいるのかな?」
「さぁな。それより、何かうちの客が美味斎に流れたかもしれない理由を探さないと・・・。」
航平たちはきょろきょろと店内を見回したり、トイレへ行く際にチラッと厨房を覗いたりしてみたが、特に何かを仕掛けている様子は見当たらない。そうこうしているうちに、注文した料理が運ばれてきた。
「炒飯、前よりもずっと美味くなってる・・・。」
「泰龍軒のとは違う味だけど麻婆豆腐も美味しい。より本場のものって感じがする。」
「青椒肉絲もすっごい美味しいよ!私も試験の時にこんなに美味しいのが作れてたらなぁ。」
「ワンタン麺も美味いよ!スープと麺の相性完璧!ワンタンもつるつるモチモチで最高!」
「担々麺・・・アッツいっす・・・!」
一行は料理を食べ終えると、そそくさと美味斎を後にした。その様子を、厨房の中から玲司が見送る。
「コソコソと何やってるんだ?アイツらは・・・。」
「どうじゃ?何かわかったか?」
航平たちが美味斎から戻ってくるなり、龍彦が尋ねる。
「特に変わった様子は・・・。」
瑠衣がわからないといった様子で答える。
「お前、向こうに気付かれたりしてないじゃろうな?」
「してねーよ!俺たちの変装は完璧だったんだぞ!」
完璧かどうかは置いておいて、理不尽に疑いの目を向ける龍彦に向かって航平が反論する。
「特に変わった様子もないし、泰龍軒を邪魔してやろうっていう雰囲気もなかった。それに、味はもちろん美味しかったけど、それは泰龍軒も負けてないと思いました。」
岩井が龍彦の目を見て言った。龍彦はしばらく黙り込んでから、息を吐く。
「まぁ、こういう日もあるということかの。ジタバタしても仕方ない。ワシらはワシらの美味いと思うものを作って、お客様を待つ。そして、来てくださったお客様に喜んでもらう。それだけじゃ。」
「そうですね。うん、きっと大丈夫ですよ。明日にはまた繁盛しますよ!」
龍彦の言葉を聞いて、百田も自分たちを鼓舞するように立ち上がる。
「ねぇ、こんなに暇な日ってなかなかないだろうし、せっかくだから友達呼んで、泰龍軒でパーティーにしない!?」
今永が提案すると、岩井と吉崎も同意する。
「いいね!英人たちにも声かけてみようよ!売上に貢献!」
「中華パーティー、アッツいっすね・・・盛り上がってたらお客さんも入ってくるかもしれないし。」
5人は友達たちに声をかけて、しばらくすると続々と人が集まってきた。
「よ!呼ばれて来てやったぜー!」
「なんだかんだ初めて来たな、泰中さんちのお店。」
「腹減ったー!」
大群、神司、貫戸の3人もやって来て、あんなに暇だった泰龍軒はあっという間に大忙しになり、航平や瑠衣と一緒に今永たちも率先して手伝いをした。
「餃子追加でーす!」
「はい!麻婆豆腐!瑠衣の手作りだよ!」
そこへ、一足遅れて英人が姿を見せる。
「悪い、遅くなった!」
「おう!待ってたぞ!」
「美味いもん食わせてくれよな。でもすごいな。日曜だってのに、わざわざ俺たちのために店貸切にしたのか。」
「え?そんなことしてないけど・・・どうして?」
瑠衣が英人に聞き返す。
「え?だって看板が・・・ほら。」
みんなで一度外に出て、英人が指差す店先の看板を見る。
『準備中』
「ワシ・・・、看板ひっくり返すの忘れてたみたいっ!」
おどけたように舌を出して龍彦は微笑んだ。
「ジジイ!!」
「おじいちゃん!!」
そして、全員が声を揃えて叫んだ。
「「「「「原因アンタじゃねーか!!!」」」」」
「ごめんなさい!悪かった!許してくれぇ〜!」
ただただ平謝りに謝るばかりの龍彦であった。
(ま、誰も英人くんが来るまで誰も気付かなかったのも問題なんだけど・・・ね。)
百田はそう心の中で思ったが、敢えて黙って、一人厨房へ戻って行った。
今日も泰龍軒は賑やかだ。




