和食の異端児。匠の秘めた技。
東京具留米学園文化祭『具留米祭』初日の午後。航平たち1-Cは順調に売上を伸ばし、航平と瑠衣は休憩のシフトになったので、聖羅のクラスのお店に遊びに来ていた。
「このクリームブリュレうまいなー!クリーミーで濃厚で、でも上品で甘すぎない。」
「目の前で表面の砂糖を炙ってくれるのも楽しい!」
「お二人にそう言ってもらえて、嬉しいです!」
聖羅たち1-Fはミニクリームブリュレとコーヒーの店を出店していて、教室内にはゆったりとしたテーブル席も用意されており、そこに座って3人は束の間の休息を楽しんでいた。
「聖羅。」
そこに斗麿が副会長とともに現れた。
「俺たちにもブリュレを。それと俺にはコーヒーも。」
「私は紅茶をお願いします。」
そう言って、二人は航平たちの隣のテーブルに腰掛ける。
「どうだ?調子は?」
「どうですかね。」
「一年目だから、良いのか悪いのかも正直よくわからなくて…でも忙しいなとは感じてます。みんな頑張ってます!」
「そうか。」
斗麿は微笑んだ。
「後で1-Cにも行かせてもらうよ。」
真面目でとっつきにくい生徒会長だと思っていたが、泰龍軒に来た日から、航平は斗麿のことを本当は優しくて、いつも周囲を気にかけている人なんだなと思うようになっていた。瑠衣も、斗麿が聖羅に向ける優しい笑顔がとても温かくて好きだった。
「会長!」
1-Fののんびりとした空気を切り裂くような声とともに、三年生の男子が飛び込んできた。
「なんだ。騒がしいぞ。」
「失礼しました!しかし、急いでご報告しなければならないことが…!」
(なんでこの人は同級生に敬語なんだろう…。)
と、一年生たちは思った。
「言ってみろ。」
「実は、2-Bがすごいことに…!」
「何!?」
知らせを受けて、斗麿たちとともに航平と瑠衣、聖羅も2-Bの教室へ向かった。
「B組って、たしか和食コースですよね?」
「そうだ。」
「てことは、あの人…!」
「真田和馬。東京具留米学園二年。和食の異端児と呼ばれる男だ。」
2-Bの教室に到着する前に、航平たちの目に飛び込んできたのは、2-Bの教室から廊下の端まで伸びた行列だった。
「すごい行列…。」
瑠衣は驚いて立ち止まる。
「えぇ。でも、すごい勢いで進んでいきますね。」
「俺たちも並んでみよう。」
斗麿に促されて、列の最後尾に5人で並ぶ。
「確かメニューは、手巻き寿司ですよね?」
航平が斗麿に聞く。
「あぁ。匠の仕込み手巻き寿司、となってるな。真田のことだ。何か仕掛けたな。」
列が進み、ついに航平たちが教室に案内された。そして、教室の中を見て航平たちはその光景に目を見開いた。
2-Bの教室では、扉のすぐ横に注文用の机が用意されており、その奥にズラッと6人分の作業台とカウンターが並んでいた。頼んだメニューに対応した札をお金と交換する。その札を持って空いたカウンターに進み、目の前で担当の生徒が手巻き寿司を巻く。カウンターの奥ではサポートを担当する生徒がすぐさま海苔に酢飯をのせて、作業台へ渡していく。
「寿司を巻く職人が常に6人、サポートが2人。流れ作業で店を回すことで客を待たせない作戦ですか…。」
副会長がメガネを曇らせながら言った。曇った副会長のメガネの奥にある目も、航平や瑠衣たちも、皆、カウンターの奥、サポート担当の二人が海苔と酢飯を補充しているさらに向こうで、ネタを仕込みながら全体に指示を飛ばす男を捉えていた。ーーー真田和馬。
皆が真田の仕事ぶりを見つめていると、こちらに気がついた真田が声をかけてきた。
「来てたんですね、藤咲先輩。」
「真田…。お前たちの手巻き寿司、食べさせてもらうよ。」
真田はそれ以上は何も言わず、黙々と自分の仕事をこなしていく。他のクラスなら、どんなに忙しくても斗麿の分くらいは代表者が用意するだろう。しかし、真田はそれすらしない。こちらに気がついたあとは、目も合わせようとしなかった。
「どうぞ。」
注文を済ませ、札を受け取った航平たちは、それぞれカウンターへ向かい、注文の手巻き寿司を受け取った。教室の後方、狭い立ち食いスペースで食べ始める。それは、衝撃的な手巻き寿司だった。
「綺麗…。こんな綺麗な手巻き寿司、見たことない。」
「仕込みとは…これのことか。フレンチの技術を応用したな…。」
聖羅はため息をつくように、斗麿は息を呑むように言った。
手巻き寿司のネタは4種類。
角切りで大きさを揃えたマグロとアボカドを醤油ジュレと一緒に包んだ『角切りマグロとアボカド』
炙ったサーモンに少しのマヨネーズとジュレを合わせたソース、細切りのきゅうりを巻き、最後にイクラをのせた炙りサーモンとイクラの親子巻き
薄切りのいずみ鯛とカイワレを醤油ジュレとスライスレモンと一緒に巻いた、いずみ鯛とカイワレのレモン仕立て
特製玉子ときゅうり、醤油ジュレとクリームチーズを混ぜたソースを巻いて、上からイクラを落とした特製玉子のジュエリードロップ
どれも個性的で美しい手巻き寿司だ。見た目だけではない。味も本物だった。
「角切りの具材の食感がおもしろいし、アボカドと合わさって赤身のマグロがトロみたいだ。」
「炙りサーモンは香ばしくて、マヨネーズとジュレの相性も抜群。」
「いずみ鯛はクセがなくて、ピリッとするカイワレも良いアクセントになってる。ジュレとレモンが合わさってポン酢みたいな味わいになるのも面白いですね。」
「玉子も丁寧に焼かれてておいしい。クリームチーズとジュレのソースも、たっぷりのイクラもキラキラして、まるで宝石みたいです。」
「全ての手巻き寿司に醤油ジュレが使われているが、そのまま使うだけにせず、他の材料とうまく組み合わせて、それぞれ違った味わいに仕上げられている。」
これがどれもワンコイン、500円で売られ、オペレーションも完璧。驚異的な数を売り上げていた。
「藤咲先輩…」
ようやくこちらを向いた和馬が斗麿を真っ直ぐに見て口を開いた。
「この前も言いましたが、ずいぶん余裕がありそうですね。」
くるりと背中を向けた和馬は続けて言った。
「今年は、必ず俺たちが勝ちます。」
和馬の背中を見つめ、一行は2-Bの教室を後にした。




