新学期開幕!迫る文化祭!調理科高校生たちのプライド!
夏休みが終わり、東京具留米学園に生徒と活気が戻ってきた。始業式の後、1-Cの教室に戻ってきた航平は机に突っ伏して項垂れていた。その様子を見て、瑠衣が声をかける。
「お腹でも痛いの?」
「違うよ。夏休みが終わっちまって悲しいんだよ。結局祭りと藤咲んちの別荘くらいしか夏らしいイベントはなし…毎日毎日バイトバイト…俺の青春が…。」
「バイト休みの日はぐだぐだしてたんでしょ?帰省もしてなかったけどよかったの?」
「いいんだよ。当分島には帰らないって決めたんだ。」
最初から夏休みには帰省しないつもりだった。剛志と顔を合わせるのはなんとなく気が引けたし、泰龍軒のバイトは大変だが、なんだかんだで東京での暮らしも気に入っていた。
チャイムの音が鳴り、ガラガラッと音を立てて教室の扉が開く。入ってきたのは担任の渡邊だ。
「みんな席について。二学期が始まって早々だけど、いよいよ文化祭がある。東京具留米学園では、調理科は全クラスが所属コースにちなんだ料理の模擬店をやる決まりだ。仕入れ、価格設定、調理、販売…すべて自分たちで決めてもらう。文化祭の最後に売上金額で順位が出る。是非一位目指して頑張って欲しい。今日はみんなで何の料理を出すか、話し合って決めていくよ。それじゃあ学級委員、あとはよろしく。」
説明を終えた渡邊がにっこり笑って、学級委員が進行を引き継ぐ。
「では、何のお店をやるか、意見がある人はいますか。」
「所属コースにちなんでってことは中華料理からってことだよね?」
「先輩たちは何やってたんだろ?」
教室中がザワつき始める。
「清永くんは何がいいと思う?」
瑠衣が航平に声をかける。
「なんでもいいよ。強いて言うなら楽なやつ。」
「もう。相変わらずやる気ないなぁ。」
瑠衣は呆れたように笑った。しかし、実際これはなかなか難しい。順位を競うというところは置いておいても、仕入れ先や仕入れに使う金額、調理の手間、提供スピード、価格など、考えなければならないことがたくさんある。しかも、中華料理コースは中華料理縛りときている。結局、この日は何も決められないまま下校時間になってしまった。
「まぁ一年生は毎年なかなか決められないものだ。しっかり話し合って決めるといい。」
そう言って、渡邊は教室を出ていった。
「意外と文化祭まで時間ないし、帰っておじいちゃんにも相談してみようか。」
「祭りのときに泰龍軒で出してた焼きそばでいいんじゃねーか?あれなら楽だし。」
瑠衣と航平がそんな話をしていると、玲司が近づいてきた。
「俺のクラスで泰龍軒の焼きそばを出す?冗談じゃない。」
「一意見だよ。めんどくせーからいちいち突っかかってくんな。」
航平と玲司は睨み合う。
するとそこに、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「手こずっているようだな。」
藤咲斗麿だ。
「一年生がここで揉めるのは、毎年恒例だ。」
「そうなんですか?」
「あぁ。文化祭とは言え、生徒たちからすればこれは勝負だからな。真剣になればなるだけ、意見がぶつかるのも仕方ないさ。」
斗麿の言葉には、「さすがは生徒会長」といった説得力があった。
「先輩たちはどうだったんですか?」
玲司が聞く。
「もちろん、俺たちも揉めに揉めたさ。なかなかメニューが決められなくて、準備が遅れて…創立以来初めての、一年生クラスの優勝は果たせなかった。」
「藤咲先輩たちでも…ですか。」
「俺には中華料理のことはわからない。だから、具体的にどんな料理がいいかを提案することはできない。うちのクラスとしても一年に負けるわけにはいかないし、聖羅のクラスにも頑張って欲しい。だがそれ以上に、良い勝負をしたいと思っている。」
斗麿は笑っていたが、その表情からは真剣さがしっかりと航平たちに伝わってきていた。
そのときだった。突然教室に二人の上級生がやってきて、斗麿に向かって声をかけた。
「こんなところにいたのね、藤咲。」
小柄だが気の強そうな女子生徒が、敵愾心剥き出しの表情で斗麿を睨む。赤毛のツインテールが印象的な幼い見た目をしているが、口調から、恐らく三年生なのだろう。
「一年生相手にアドバイスですか。ずいぶん余裕ですね。」
こちらは短髪で気難しそうな男子生徒だ。女子生徒とは対照的に、落ち着いた大人っぽい雰囲気があるが、斗麿に対して敬語ということは二年生だろう。
「どっちが噂の斎浦くん?」
「…俺ですけど、何か?」
「ふーん。あなたが学校始まって以来の天才ね…。まぁでも、コースが違うとは言え、あなたはまだ藤咲に及ばない。もちろん、この私にも。」
玲司の顔が一気に険しくなる。
「とすると、お前が噂の中華コースの問題児か。」
男子生徒の方が航平を見るが、すぐに視線を斗麿に戻す。
「藤咲先輩、今年は負けませんよ。」
「創立以来初の連覇なんて絶対にさせない。この生意気な仏頂面も黙らせる。勝つのは私たち、イタリアンコース。覚悟しておくことね。」
「今年は俺たち和食コースが勝つ。藤咲先輩たちの連覇はない。代わりに俺たちが、それを成し遂げる。」
そう言って、二人は踵を返して去っていった。
「なんなんだ…あの人たち…」
「ま、うちの文化祭はみんな真剣ということさ。しかし、俺もずいぶん嫌われてしまっているみたいだな。」
斗麿は苦笑いを浮かべ、二人の背中を見送ってから続ける。
「どのクラスも本気で優勝を目指してる。学年もコースも関係なく、料理人集団として、プライドを持って戦う。だから、今俺から君たちに言えることはただ一つ……。エゴを押し付けすぎるな。お前たちが戦っているのは目の前のクラスメイトじゃない。これはチーム戦なんだ。それだけは忘れるなよ。」
そう言って、斗麿は去っていった。
斗麿の背中が見えなくなっても、航平と玲司はその場から動けなかった。
「す、すごいよね!あんなすごい先輩たちも藤咲先輩に負けてリベンジを狙ってて!その藤咲先輩たちでも一年のときは敵わなかった先輩たちもいたんだねー!ていうか、先輩たちにもちゃんと一年生のときがあったんだなーって、当たり前なんだけどね!」
瑠衣が気まずさに耐えられずに、慌てたように喋り出した。それを見てフッと笑った航平が玲司に向かって言った。
「俺たち、喧嘩してる場合じゃなさそうだな。」
「あぁ。これはクラス対抗のチーム戦。一年生での優勝は、あの藤咲先輩たちですらできなかったとあれば…やるしかないだろ。それに……あの二人は気に入らない。」
玲司は明らかに不機嫌そうな表情をしていた。
「あぁ。そうだな。俺たちのことなんてまるで眼中にないって感じだった。」
「俺は負けられない。お前にだけじゃない。俺は誰にも負けたくない。」
「これは俺たちだけの勝負じゃない。瑠衣と、クラスのみんなと、全員でやるんだ。」
しばらく見つめ合い、玲司が口を開く。
「球技大会以来の共闘だな。あのときも言ったが…足を引っ張るなよ。」
「へっ。そっちこそ。」
航平は玲司から目を逸らすことなく、まっすぐに玲司を見つめたまま言った。
「学校の歴史上、一年生の優勝も、連覇もないって言ってたよな。それなら…決まりだよな。」
「あぁ。必ず今年、史上初の一年生での優勝を掴む。そしてそのまま、来年も再来年も勝ち続ける。それが俺たちの目指すべきもの。」
「三連覇…だな。」
航平と玲司のやりとりを見て、瑠衣はほんの少し、鼻の奥が痛むのを感じた。どちらも料理の腕は超高校級。誰もが認める天才中華料理人だけど、人間的には一癖も二癖もある二人。その二人が真剣になって、クラスのために協力をする。
(なんかいいな…男の子って。ちょっとだけ羨ましい。)
東京具留米学園に、嵐の気配が漂い始めていた。




