真夏の招待状!海だ!勝負だ?BBQだ!
夏休みのある日。泰龍軒の定休日を自宅のアパートでだらだらと過ごしていた航平のもとに、一通の封筒が届いた。
「……なんだこれ?」
差出人は――藤咲斗麿・聖羅。派手な赤い封筒の中に入っていたのは、海沿いにある藤咲家の別荘への招待状だった。
「へぇ……別荘ねぇ。」
興味深そうに眺めていると、ちょうど瑠衣から電話がかかってきた。
「清永くん、藤咲さんたちから招待状届いた?」
「届いた。なんか別荘に遊びに来いって。」
「私のところにも来たよ。」
「瑠衣のとこにも来てたのか。しっかし金持ちってのはセンスから違うよな。こんな真っ赤で派手な封筒見たことねぇよ。」
「え?」
「ん?」
「私のところに来たのは、綺麗な装飾の白い封筒だったよ」
「男女とか、人によって色を変えてるのかな?まあ、別になんでもいいか。」
「そうだね。」
二人は、それ以上気にすることもなかった。
数日後。航平と瑠衣は海沿いに建つ、藤咲家の別荘にいた。大きな庭とプール、そしてその先には青く広がる海。
「すっごーい!」
瑠衣が目を輝かせる。
「気に入っていただけましたか?」
「ようこそ。ゆっくり楽しんでいってくれ。」
聖羅と斗麿が出迎えてくれた。斗麿の横には副会長の姿もある。
招待されているのは、東京具留米学園の生徒たち。藤咲兄妹と交流のある者たちが集まっていた。航平、瑠衣の他にも、弦之介、そして、斎浦玲司の姿もそこにあった。
「よぉ、清永!お前も招待されてたのか。」
弦之介が航平の肩を叩く。
「なんだ。お前も来てたのか。」
「当然だ!俺くらいになると、あの藤咲家も放ってはおくまい!そう思いませんか、泰中さん?」
「アハハ…そ、そうだね。」
「本当、おめでたい頭してんな、お前。」
「なんだとォ!?」
いつもの二人のやりとりに、瑠衣が笑う。
その少し離れたところでは、玲司が静かに周囲を見ていた。
「……。」
航平と目が合う。互いに何も言わない。ただ、ほんの一瞬だけ視線がぶつかった。
「皆、今日はお越しくださりありがとう。感謝する。」
斗麿が皆の前に立った。ぐるりと参加者を見回して航平を見つけると、にこりと笑った。
「皆、招待状は持ってきてくれていると思う。今回の招待状には、色の異なる二種類の封筒を用意した。」
航平が自分の赤い封筒を見る。
「赤い封筒を受け取った者は、私と聖羅が料理人として高い技術を持っていると評価した生徒だ。」
「……!」
航平の目が少しだけ開く。隣を見る。玲司も赤い封筒を手にしていた。
「明日の昼、BBQを行う。」
斗麿は続ける。
「赤い封筒を受け取った者には、一人一品、BBQの場で料理を作ってもらいたい。」
皆がザワつく。
「もちろん、私と聖羅も料理を用意する。」
聖羅が微笑む。
「これは勝負ではない。」
斗麿が念を押す。
「あくまで皆で楽しむための余興だ。順位もつけないし、優劣を決めるつもりもない。」
「なるほど。」
玲司が口を開いた。
「面白い。」
斗麿は玲司を見る。
「そう言ってくれると思っていたよ、斎浦くん。」
玲司は赤い封筒を指先で弄ぶ。
「藤咲先輩に評価していただいた以上、恥ずかしいものは出せませんからね。」
その言葉を聞いた航平も、赤い封筒を静かに握り直す。
「期待しているよ。それに、清永くんにも。君にはもっともっと頑張ってもらわないといけないからね。色々な意味で。」
「?」
斗麿の意味深な言葉の意味がよくわからず、航平は困ったような顔をした。その横で、玲司が航平を鋭い目で見る。
「……清永。お前も赤だったんだな。」
「ああ。」
それだけ言って、玲司は視線を逸らした。航平も、玲司にそれ以上何も答えない。
だが――。
二人の間に、確かな火花が散っていた。
その日の午後。皆が海へ向かっていく。
「瑠衣さん! こっちです!」
「聖羅さん、待って!」
「おい清永!ぼーっとしてると置いてくぞ!」
砂浜を走る友人たちと、穏やかに波打ちキラキラと輝く海を、航平は一人眺めていた。島で育った航平にとって、海は珍しいものではない。だからだろうか。なんだか海を眺めていたい気分だった。
東京に来てから、料理について考える時間は明らかに増えた。そして今回も、また料理。
「BBQか……。」
潮風を受けながら、航平は考えていた。
「……何作るかな。」
その頃。別荘の一室。玲司もまた、窓の外を眺めていた。
「BBQ……。」
美味斎。
斎浦家。
中華料理人としての自分が、何を出すべきなのか。玲司は静かに考え続けていた。
翌日。庭に設置されたBBQコンロから、香ばしい煙が立ち上っていた。テーブルには、次々と料理が並んでいく。
「うわぁ……!」
「すごい!」
赤い封筒を受け取った生徒たちが、それぞれ腕を振るった料理。どれも高校生が作ったとは思えない完成度だった。
そして――。
「俺の料理は、これだ。」
玲司が皿を置く。香辛料をまとったラム肉が串に刺され、炭火で香ばしく焼き上げられている。
「ラム肉のスパイス串焼き。」
漂う香りだけで食欲を刺激する。
「うぉー!うまそうだな!」
弦之介が身を乗り出す。
「外は香ばしいのに、お肉は全然パサついてない……。スパイスも強いのに、ラムの味がちゃんと残ってて、それでいて臭みもまるで気にならない。」
瑠衣が一口食べて感心する。
聖羅も一口。
「ラムの香りをスパイスで消してしまうのではなく、ちゃんと活かしていますね。最初に香りが広がって、そのあとラムの旨味が追いかけてくる……。とても立体的な味です。」
斗麿も頷く。
「火入れも見事だ。串焼きのようなシンプルな料理ほど、技術の差が出るものだが。さすがは美味斎と言ったところか。」
「これ、すげぇな……。スパイスってもっとガツンと来るもんだと思ってたけど、ラムを食った後にもう一回食いたくなる味になってる。どんな飲み物を合わせても面白そうだ。」
弦之介も、そう言ってあっという間に一本平らげた。
「俺はこれだ。」
皆が玲司の串焼きを食べ終えると、航平がアルミホイルの包みをバーベキューコンロから取り出す。ホイルを開いた瞬間、ふわっと海老と香味野菜、チリソースの香りが広がった。
「大海老のチリソースホイル焼き。」
「わぁ……!」
瑠衣が声を上げる。大ぶりの海老に、たっぷりのチリソース。海老から出た旨味とソースが、ホイルの中で一体になっている。
「いただきます!」
瑠衣が一口食べて、目を丸くする。
「海老がすごく甘い!ソースも濃いのに、海老の味がちゃんと残ってる。ソースで味をつけたっていうより、海老を活かすためにこのソースがあるような…。」
聖羅も一口食べる。
「海老が……驚くほど瑞々しくてプリプリとしています。これだけ大きな海老なのに、身がまったくパサついていません。」
「会長、これは…」
副会長と目を合わせた斗麿も思わず顔を綻ばせる。
「火入れが絶妙だな。ホイル焼きにした意味がある。余熱を使って、中心まで完全に火が通っているのに、身が瑞々しい。旨味も濃縮されていて、香りも良い。」
「中華コース一年の二人…本当に驚かされます…。」
弦之介は少し悔しそうだった。
「海の香りがする…大海老そのものの甘味と、チリソースの香りが一緒になって……なんか…海で食うために作った料理って感じがする。」
「……いや、そこまで考えてなかったけど。」
航平が頭を掻く。
「でも、海でBBQなら海のものがいいかなって。」
聖羅は微笑んだ。
「そういうところ、離島育ちの清永さんらしいと思います。」
弦之介が更に続ける。
「さっきの斎裏の串焼きもそうだけど、合わせる酒によって全然印象も変わりそうだな。」
玲司が弦之介を見る。
「……お前、そういうの詳しいのか?」
「未成年だからな!知識だけだ!」
弦之介は胸を張る。
「実際に飲んだことはない!」
「威張るな。」
周囲から笑いが起こる。
BBQは、賑やかに続いていった。
その夜、皆が部屋へ戻ったあと。玲司は一人、部屋の窓辺に立っていた。窓の外を見る。暗い海、遠くに広がる星空。目を瞑り、昼間食べた航平の料理を思い出す。自分の串焼きには自信があった。課題の火入れも、以前と比べれば格段に成長しているはずだ。だが、航平の料理もまた素晴らしいと言わざるを得ないものだった。
「……清永。」
玲司はそう呟いて、それ以上は、何も言わなかった。
砂浜で、航平もまた、一人で海を眺めていた。玲司と同じように、玲司のラム肉のスパイス串焼きの味を思い出す。
「……うまかったな。」
昼間は意地になっていた。なぜか負けたくないと思った。玲司に対してはいつもそうだ。理由はよくわからない。
けれど――。
「……あいつ、やっぱすげぇな。」
スパイスの香り、ラムの旨味、炭火の香ばしさ…。それぞれが邪魔をせず、一つの料理になっていた。
航平は海を見続けていた。この海のずっと先に、航平の故郷の神御島はある。
「結局、東京来てから料理漬けだな。」
苦笑する。
「親父にうまくやられた気がするな。」
「こんなところにいた!」
「ん?」
振り返ると、瑠衣が立っていた。
「みんなで花火やろうって!みんなで探してたんだよ。」
「花火?」
「うん。」
瑠衣は航平の隣に腰を下ろす。
「……何か考えごと?」
「……いや、なんでもない。」
「そう?」
「うん。」
航平は少しだけ笑った。
海の向こうを眺める。
「……まあ、いっか。」
「え?」
「いや。俺たちの高校生活も悪くないよなと思ってさ。」
瑠衣も笑った。
「……うん。」
「いたいた!」
遠くから声が聞こえる。
「おーい!泰中さーん!こっちこっち!おい清永!何してんだ!早くしろ!」
弦之介だった。その隣には聖羅。
「二人とも、こんなところにいたんですね!」
「花火、準備できてますよ!」
「行くか。」
「うん!」
砂浜に集まった皆は、手に手に花火を持っていた。
「綺麗……。」
聖羅が線香花火を見つめる。
「瑠衣さん、見てください!」
「わぁ!」
「おい清永!」
「ん?」
「最後、あれやろうぜ!」
弦之介がニヤリと笑って指差したのは、打ち上げ花火。
「いいな。」
「せーので火をつけるぞ!」
「おう!」
二人が準備する。
「いくぞ!」
「せーの!」
火をつける。
ドンッ!!
一瞬の静寂の後、大きな音とともに、夜空に大きな花火が咲いた。
「わぁ……!」
瑠衣と聖羅が顔を上げる。斗麿と副会長も静かに空を見上げる。
そして、別荘の窓から、玲司もまた、その花火を見つめていた。
「……。」
花火が夜空から消えていく。残された煙が、ゆっくりと夜風に流されて、その向こうから、星々が姿を現した。
「……綺麗。」
瑠衣が呟く。
皆が、同じ夜空を見上げていた。
それぞれの胸に、まだ名前のつかない想いを抱えながら。
彼らの青春は、まだ始まったばかり。




