すれ違い!?キミと浴衣と夏祭り
東京具留米学園は期末試験も終わり、いよいよ夏休みを目前に控えた金曜日。最後の授業が終わった一年C組では、教室中が明日から始まる夏休みの話で盛り上がっていた。
「明日、駅前の神社で夏祭りあるんだって!」
「毎年すごい人だよね!」
「浴衣着ていこうかなー!」
そんな声を聞きながら、航平は鞄を肩にかける。
「明日、祭りなんだってな。」
瑠衣が振り返った。
「うん。結構大きいよ。屋台もいっぱい出るし。」
「へぇ。」
航平は少し考える。
「泰龍軒もなんかやるのか?」
「毎年、店の前で上海焼きそば出してるよ。」
「そうか。」
航平はニヤッと笑った。
「じゃあ明日は楽勝って感じだな。」
「何が?」
「店の手伝い。」
「そこなの?」
瑠衣が呆れたように言った。
「焼きそば作るだけなら、じいさんもガミガミ言わないだろ。」
そんな航平の言葉に、二人で声を出して笑った。
翌日――土曜日。昼の営業が終わった泰龍軒。いつもの店内には、夜の営業に向けた準備ではなく、大量の焼きそば用の材料が並んでいた。
「今日は夜の通常営業はなしじゃ。おまえたちは夜は休んでいいぞ。」
龍彦が言った。
「え?」
航平が振り返る。
「今日は店の前で上海焼きそばを売る。わしと百田でやるから、お前らは祭りを楽しんでこい。」
「マジで!?」
航平の顔が一気に明るくなる。
「いいの?」
瑠衣も驚く。
「もちろんじゃ。」
龍彦は二人を見て、少し笑った。
「航平もこっちに来て初めての祭りじゃろ。せっかくじゃから、案内してやれ。」
「……うん。」
瑠衣は小さく頷いた。薄ら顔が桃色に染まったのは気恥ずかしさのせいか、暑さのせいか、それは瑠衣本人にもまだわからない。
「俺、一回アパート帰って着替えてくるわ。」
航平は鞄を持って店を出る。
「うん。じゃあ18時に駅前で待ち合わせね。」
「ああ。」
航平は駅の反対口の自宅へ向けて歩きだした。
航平を見送って、瑠衣がふとさっきまで航平が腰掛けていたテーブル席に目をやる。
「あれ……?……鍵。」
航平はアパートの鍵を置き忘れて行ってしまっていた。
「もう……。」
瑠衣は鍵を握ると、慌てて店を飛び出した。
駅前に着くと、前方に航平の姿が見えた。
「清永く――」
呼びかけようとした瑠衣は、足を止めた。航平の前に、聖羅が立っている。
「……!」
瑠衣は咄嗟に近くの物陰へ隠れて、二人の様子を見る。聖羅は少し緊張した様子で航平を見上げていた。少し話して、聖羅が嬉しそうに微笑んだのが見えた。聖羅の姿が見えなくなるまで、瑠衣は物陰から出ることができなかった。
「……清永くん。」
「ん?」
しばらくして、瑠衣は再び航平を追いかけ、ようやく追いついて声をかける。
「これ、鍵。」
「あ。」
航平は受け取る。
「悪い!サンキュ!危なかった。」
「……ねえ。」
「ん?」
「さっき、藤咲さんと何話してたの?」
「ああ。なんだ、見てたのか?」
航平は何でもないことのように答えた。
「夏祭り行かないかって誘われた。」
「……そう。それで、なんて言ったの?」
「なんてって…別にいいけどって…。」
瑠衣は俯いた。
(断らなかったんだ……。)
胸の奥が、少しだけ苦しくなる。
瑠衣は無理に笑った。
「いいじゃん。楽しそう!私のことは気にしなくていいから楽しんできて!」
「え?」
「それじゃね!」
瑠衣は航平に背を向けて走り去った。
(……なんで、こんなに苦しいんだろ。)
自分でも、その理由がわからなかった。
航平は瑠衣の背中をキョトンとして見送った。
「……なんだ?あいつ」
泰龍軒の2階の自室に戻った瑠衣は、シャワーを済ませて浴衣に着替えた。行かないという選択肢もあった。
でも――。
(おじいちゃんに行ってこいって言われちゃってるし…。)
あまり龍彦を心配させたくなかった。
瑠衣は「行ってきます!」と龍彦たちに声をかけ、駅へ向かった。すると、見覚えのある顔が目に飛び込んできた。
「あれ?」
「泰中さん…!」
「宍戸くん?」
弦之介だった。
「たっ!泰中さんも、お祭りに!?」
「あ、あー…うん、まぁ…。」
「そ、そうかー!き、奇遇だなー!ハッハッハッ」
弦之介の空回りは誰の目にも明らかだったが、当の二人だけが気付いていない。二人の間には妙な空気が流れていたが、どちらが何を言うでもなく、並んでゆっくりと歩きはじめた。
一方、その頃、シャワーと着替えを済ませた航平が駅の反対口で聖羅と待ち合わせをしていた。少しすると、執事の運転する立派な黒い車から、浴衣姿の聖羅が降りてきた。
「お待たせしました!」
「わざわざ浴衣着てきたのか?」
「はい!少しの時間とは言え、せっかくの夏祭りですから!私、子どものころはパリで過ごしていたので、お友達と夏祭りって初めてで…。」
「そうだったのか。浴衣、似合ってるよ。」
「……!」
聖羅の頬が少し赤くなる。
「一緒に楽しみましょう。」
聖羅は嬉しそうに微笑んだ。
「おう。」
二人は祭りへ向かった。
祭りの会場は、多くの人で賑わっていた。
「すごい……。」
聖羅が目を輝かせる。
「腹減ったな。」
「ふふっ。」
航平は屋台を見回す。
「何か食うか。」
「えっと……。あれ!食べてみたいです!」
「イカ焼きか。よし、食うか!」
イカ焼きを買った後も、二人は屋台を巡った。たこ焼き、かき氷、射的、金魚すくい。どれも、今の聖羅にとっては新鮮に見えた。
「楽しいです。」
「だな。」
航平も笑う。聖羅にとって、憧れていた人と過ごす、初めての夏祭り。航平にとっては、なんてことないイベントなのかもしれない。それでも、聖羅は今この瞬間を噛み締めて、幸せそうに微笑んだ。
「そろそろ行かないとな。」
航平が時計を見る。
「はい。」
聖羅は少しだけ寂しそうな顔をした。二人で少し歩いて、再び駅前に着く。
「今日はありがとうございました。」
「あんまりゆっくりできなくて悪かったな。来年また来ようぜ。」
「…!本当ですか?」
「ああ。祭りは毎年あるんだしさ。」
「……はい!」
聖羅は嬉しそうに頷いた。
その頃、瑠衣と弦之介も出店で賑わう道を二人で歩いていた。なぜ弦之介が祭りの日に、泰龍軒のそばで一人でいたのかはわからないが、元気よくとりとめもない話題を振ってくる弦之介の存在が、今日の瑠衣にはありがたかった。
「……。」
瑠衣はときどき浮かない表情をしている。それに気付いて、弦之介は焦っていた。
(ヤベェ〜…!緊張して何を話していいかわからん!しかし、泰中さんとのせっかくのお祭りデート!絶対に楽しませなくてはッ!!)
「ハッハッハッ!やはり祭りはいいですねぇ!」
「あ、うん、そうだね。はは…」
(ダメだぁ〜!!全然楽しそうじゃねぇ!!)
食べ物も射的も、金魚すくいも、何を言っても瑠衣はどこか上の空で、ぎこちない笑顔を向けるだけ。暖簾に腕押しのようで、弦之介の言葉数も少しずつ減ってきてしまっていた。
気がつくと、瑠衣と弦之介は駅前まで歩いてきていた。時刻はまもなく18時。
(何してんだろ、私…)
そう思いながらも、瑠衣が周囲を見回したその時。
「あ。」
目の前に、航平と聖羅が現れた。
「……。」
瑠衣の動きが止まる。
「瑠衣さん?」
「藤咲さん……。」
弦之介も二人を見る。
「ん?清永……。」
そして聖羅を見る。
「……たしか藤咲?生徒会長の妹の……。」
四人の間に、微妙な沈黙が流れた、と思ったが、航平はいつも通りだった。
「おう、瑠衣。」
「……。」
「じゃあ藤咲、悪いな。俺この後、瑠衣と約束あるからさ。」
「……!」
瑠衣が顔を上げる。
「じいさんに言われてるんだよ。瑠衣に祭り案内してもらえって。」
「な!何ィ!?これから清永と泰中さんが二人でだとォォォッ!?」
大パニックに陥っている弦之介を無視して、航平は聖羅を見る。
「……いえ、そんな。」
予定があるとは聞いていたが、その先約の相手が瑠衣だと知って、聖羅は少し寂しそうに微笑んだ。そして弦之介は悲しそうに立ち尽くしている。
「とても楽しかったです。」
「そっか。俺も楽しかったよ。じゃあ、また今度な!」
瑠衣は航平を見つめる。
(……私との約束、守ろうとしてくれてたんだ。)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「……ねえ!せっかくだしさ。」
瑠衣は笑って三人に提案する。
「四人で回ろうよ!」
「え?」
「だって、せっかくのお祭りだもん。」
「……。」
聖羅が少し驚いたように瑠衣に聞く。
「いいんですか?」
「もちろん!」
瑠衣は優しく聖羅に微笑む。
「そ、そうですね!そうしましょう!このバカは少し余計な気もしますが!」
「誰がバカだこの真正バカ。」
航平と弦之介のやりとりを見て、瑠衣と聖羅は楽しそうに笑った。
「よし、行くか!」
四人はもう一度、祭りの人混みに向かって歩き出した。
「聖羅さん、浴衣すごく似合ってる!」
「瑠衣さんこそ、すごく素敵です!」
「う、うん、泰中さん、す!すすす!すごく似合ってると思います!」
「ありがとう!」
瑠衣は少し照れくさそうに笑う。
「清永さんもそう思いますよね?」
聖羅にそう振られて、航平は少しつまりながらも答える。
「ま、まぁ…いいんじゃねーの…?」
その言葉に、瑠衣は恥ずかしそうに顔を赤くして少し俯く。
「キサマ、なんだその歯切れの悪いセリフは!!」
「うるせぇな!」
弦之介の空回りに、瑠衣はまた助けられる。
「泰龍軒にも顔出そうぜ。」
「瑠衣さんのご実家のお店も何かやられてるんですか?」
「上海焼きそばだよ!毎年やってるの!」
「おい宍戸、お前の大好物だろ?お前の分だけ、特別に俺が作ってやってもいいぞ?」
「うるせぇ!誰がお前の作った焼きそばなんか食うか!俺はおじいさまの作った焼きそばをだな…。」
普通の高校生たちの、たわいもない会話。それぞれの胸に芽生えた想いは、まだ誰にも届かないまま――。祭りの喧騒の中へ、四人の笑い声が溶けていった。




