第40話 ぽん太くん、またね
冬休みの楽しい時間は、あっという間に過ぎていきます。
今回は、おじいちゃんとおばあちゃんがアメリカへ帰る日のお話です。
少し寂しい気持ちになりながらも、笑顔で送り出すぽん太くんの優しさが心に残ります。
三学期が始まる二日前。
朝から春川家の玄関には、二つの大きなスーツケースが置かれていた。
幸之助とヘレンが、アメリカへ帰る日だった。
ぽん太はスーツケースをじっと見つめた。
「本当に、今日帰っちゃうの?」
幸之助が優しくうなずいた。
「ああ。向こうでも、やらなければならないことがあるからね」
ヘレンはぽん太の肩にそっと手を置いた。
「でも、また会いに来るわ」
「いつ?」
「まだ決まっていないけれど、できるだけ早く来るわね」
ぽん太は少し寂しそうにうなずいた。
リョウ子が荷物を確認した。
「お忘れ物はありません」
ハル子も静かに言った。
「空港までの道路にも、今のところ大きな混雑はありません」
ソラは何かを感じているのか、幸之助とヘレンの周りを何度も歩いていた。
「クゥーン……」
ヘレンはしゃがんで、ソラの頭をなでた。
「ソラも元気でいてね」
ソラはヘレンの手をぺろりとなめた。
「ワン」
幸之助もソラの背中を優しくなでた。
「ぽん太のことを頼んだぞ」
「ワン!」
ソラは任せておけというように、元気よく鳴いた。
ハル子とリョウ子は、ソラと一緒に家で待つことになっていた。
ハル子が幸之助とヘレンに頭を下げた。
「どうぞ、お気をつけてお帰りください」
リョウ子もほほえんだ。
「また皆さんで食卓を囲める日を、楽しみにしています」
ヘレンは二人を見つめた。
「ハル子、リョウ子。留守をお願いね」
「はい」
二人の声が重なった。
惣太郎と祐子、千春、ぽん太は、幸之助とヘレンを見送るため、空港へ向かった。
車の中で、ぽん太はいつもより静かだった。
冬休みの出来事が、次々と思い浮かんでいた。
クリスマス。
大そうじ。
おもちつき。
お正月。
初もうで。
書き初め。
凧あげや福笑い、百人一首。
どれも、おじいちゃんとおばあちゃんが一緒だった。
「ぽん太、どうしたの?」
千春が聞いた。
「楽しかったことを思い出してた」
「たくさんあったね」
「うん……」
ぽん太は窓の外を見た。
「もっと一緒に遊びたかったな」
ヘレンが優しく言った。
「おばあちゃんもよ」
幸之助もうなずいた。
「でも、楽しかった思い出は、離れていてもなくならないんだ」
ぽん太は少し考えた。
「心の中に残るの?」
「そうだよ」
「目には見えなくても、大切なものは心に残るんだよ」
ぽん太は小さくうなずいた。
空港に着くと、大勢の人が行き交っていた。
大きな案内板。
次々に流れる放送。
重そうな荷物を運ぶ人。
ぽん太は幸之助のスーツケースから離れないように歩いた。
搭乗の手続きを終えると、別れの時間が近づいてきた。
「おじいちゃん」
「どうした?」
ぽん太は上着のポケットから、二つ折りにした小さな紙を取り出した。
「これ、二人に」
幸之助が受け取って開いた。
紙には、少し曲がった大きな字で、
「ありがとう またね」
と書かれていた。
「書き初めで『ありがとう』を書いたから、もう一回書いたんだ」
ぽん太は少し照れくさそうに笑った。
「冬休み、いっぱい遊んでくれてありがとう」
「それから……」
ぽん太の声が少し小さくなった。
「さようならじゃなくて、またねって書いた」
ヘレンは紙を見つめたまま、優しくほほえんだ。
「ありがとう、ぽん太」
「おばあちゃんの大切な宝物にするわ」
幸之助も大きくうなずいた。
「ずっと、大切に持っているよ」
「本当?」
「ああ。約束だ」
ぽん太は二人の顔を見つめた。
「アメリカに着いたら、電話してね」
「もちろん」
「顔も見られる?」
惣太郎が笑った。
「テレビ電話なら、顔を見ながら話せるぞ」
「じゃあ、毎日できる?」
幸之助が少し困ったように笑った。
「毎日は難しいかもしれないな」
「じゃあ、一日おき?」
千春が笑った。
「ぽん太、多すぎるよ」
みんなも笑った。
出発の案内が流れた。
幸之助とヘレンは、手荷物を持った。
「そろそろ行かなくては」
ぽん太の顔から笑顔が消えた。
ヘレンはぽん太を優しく抱きしめた。
「元気でいてね」
「勉強も頑張って」
「うん」
ぽん太はヘレンにしっかり抱きついた。
「算数も?」
「もちろんよ」
「途中の式も書くのよ」
「うーん……」
ぽん太の返事に、みんなが笑った。
幸之助は、ぽん太の頭をなでた。
「困っている人に気づける、その優しい心を大切にな」
「うん!」
「おじいちゃんも元気でね」
「ああ。ありがとう」
幸之助とヘレンは、惣太郎、祐子、千春とも言葉を交わした。
そして、出発口へ向かって歩き始めた。
何度も振り返り、手を振った。
ぽん太も、見えなくなるまで大きく手を振った。
「おじいちゃん!」
「おばあちゃん!」
二人がもう一度振り返った。
ぽん太は声いっぱいに叫んだ。
「またねー!」
「またね!」
二人の声が返ってきた。
やがて、その姿は人混みの向こうへ消えていった。
ぽん太はしばらく、その場所を見つめていた。
「行っちゃったね」
千春がそっと言った。
「うん」
ぽん太は少し寂しそうだった。
けれど、手に残った二人のぬくもりを思い出すと、少しだけ笑顔になった。
「でも、また会えるよね」
惣太郎がうなずいた。
「もちろんだ」
「離れていても、家族だからな」
家へ戻ると、玄関でハル子とリョウ子、それにソラが待っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
ソラがぽん太へ駆け寄ってきた。
「ワン!」
ぽん太はソラを抱きしめた。
「おじいちゃんとおばあちゃん、行っちゃったよ」
ソラはぽん太の顔を見上げ、小さく鳴いた。
「クゥーン……」
リョウ子が温かいココアを運んできた。
「寂しくなりましたね」
「うん」
ぽん太は両手でカップを包んだ。
ハル子が静かに言った。
「離れていても、思い出や家族のつながりが消えることはありません」
リョウ子も優しくほほえんだ。
「また会える日を楽しみにしながら、毎日を元気に過ごしましょう」
ぽん太は大きくうなずいた。
窓の外には、どこまでも続く冬の青空が広がっていた。
ぽん太は遠くを見つめ、小さくつぶやいた。
「おじいちゃん、おばあちゃん。またね」
「さようなら」ではなく、「またね」と言える喜びを知った、ぽん太くんでした。
別れは寂しいものですが、「またね」という言葉には、いつかまた会えるという希望が込められています。
楽しかった思い出は、離れていても心の中でずっと輝き続けます。
おじいちゃんとおばあちゃんとの冬休みは終わりましたが、その時間は、ぽん太くんの心に温かな思い出として残り、これからも優しさや思いやりの力になっていくことでしょう。




