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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第七章 復讐

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水精姫とかつての憎悪

 闘技場の石畳の上に転がった、一本の漆黒の剣。

 それから放たれるのは先ほどまでの魔王のオーラとも異質の、しかし紛れもなく同種の、重く濁った呪詛の気配であった。


「これって……」


 マリエルは足元に転がった剣を見つめ、引きつった声を漏らす。

 刀身に走る赤黒い脈絡が、まるで呼吸でもしているかのように微かに明滅しているようだ。


「あの呪詛の剣、か……?」


 ルカもまた、信じられないものを見るように目を見張った。

 部室に認識阻害の迷彩と封印の結界を何重にも施して置いてきたはずの、最悪の代物。

 それがなぜ、今この大演習場の闘技場に転がっているのか。


 セリアが剣から放たれる不気味な冷気に一歩後ずさる。


「なんで、こんなところに……?」


「まさかとは思うが、俺の闇魔法の魔力が混ざりこんで空間転移能力を得た、とか……?」


 ルカが自身の魔法理論と目の前の現実を照らし合わせ、一つの仮説を口にする。


 彼の収納空間という隔絶された闇の中で、マリエルの怨念を吸って融合した数十本の呪いの武器。

 その過程で、ルカの空間魔法の魔力や術式構造すらも一部取り込み、独自の能力として開花させたというのか。


「ええ……怖い」


 マリエルは自身の生み出した『蟲毒』の産物の異常な進化に、心底ゾッとした。

 無自覚な呪詛の塊が、空間転移まで覚えて自分を追いかけてきたのだ。

 ホラー以外の何物でもない。


「とにかく、こんなものここに置いとけないよ。危ないから、どこかへ……」


 セリアがそう言って剣の柄を足の先で遠くへ追いやろうとした、その時。


 バチィッ!


「わっ!?」


 セリアの足が剣に触れる寸前、黒い電気のようなものが弾け、彼女の身体が拒絶されるように軽く弾き飛ばされた。


 マリエルが慌てて駆け寄り、彼女を支える。


「セリア、大丈夫?」


「だ、大丈夫……びっくりしただけで、痛みはないよ」


 セリアは不思議そうに自身の足元を確認し、首を傾げる。

 怪我はないが「お前じゃない」という明確な拒絶の意志を感じた。


「どういう状態なんだ、これは……?」


 ルカが剣の周囲を慎重に観察する。

 彼が施した封印の結界は破られているが、暴走して無差別に呪いを撒き散らしているわけでもない。


「わかんない。とにかく、持てるかどうか試して――」


 マリエルが、床に落ちている剣の柄へとゆっくりと手を伸ばした。


 彼女の指先が、冷たい柄に触れた瞬間。


 ドクンッ、と。


 マリエルの脳裏に、かつての鮮明な記憶の奔流が濁流のように流れ込んできた。


 ――それは、神界から理不尽に翼をもがれ、この下界の辺境の街モーリスに落ちてきたばかりの頃の自分。

 全てを奪われ、絶望と怒りに塗りつぶされていた日々。


 薄暗い鍜治場の中で、赤熱する鉄に向かってハンマーを振り下ろしている自身の姿が走馬灯のように蘇る。


『許さない……絶対に許さない……』


 記憶の中のマリエルは泣き叫ぶように、魂の底からの憎しみと恨みを滾らせて、目の前の鉄に呪詛を叩き込んでいた。


『恨めしい……恨めしい……!』


 周囲に飛び散る火の粉と、自身の全身から噴き出すどす黒い魔力のオーラ。

 神界の連中への行き場のない怒りの全てを、目の前の鉄の塊にぶつけることだけが当時の彼女の唯一の精神安定剤だった。


「どうして私がこんな目に……! 絶対殺してやる……ユーバフ、アミアン……!!」


 記憶の中の少女の絶叫がマリエルの脳髄に直接響き渡る。

 あの時の胃の腑が煮えくり返るような怒りと、世界を呪うほどの深い絶望が心に伝わってくる。


 不意にルカの強い声が耳元で響いた。


「マリエル!」


「ハッ……!」


 マリエルは弾かれたように我に返り、荒い息を吐き出した。

 視界が現実の闘技場の風景へと戻ってくる。


「大丈夫か? ぼうっとしていたようだが」


 ルカが心配そうに彼女の顔を覗き込んでいる。

 セリアも不安げに、マリエルの背中をさすっていた。


「ああ、うん……大丈夫」


 マリエルは二人に頷き返し、そして自身が握りしめている漆黒の剣へと視線を落とした。


 剣を握ったことで先ほどよりも明確に、その内側から響く「声」が聞こえるようになっていたのだ。


『置いていかないで……!』


 それは、かつての自分自身の声。


『私を、憎しみを、恨みを忘れないで……! 私を使って……あいつらに、復讐を果たさせて……!』


 剣の震えがマリエルの手に直接伝わってくる。

 悲痛で、すがるような、血を吐くような懇願。


 マリエルは、この剣の本質を完全に理解した。

 これは、ただの呪詛の塊ではない。


 これは、かつての自分だ。

 下界に堕とされた直後、全てに絶望して神界への復讐だけを生きる糧にしていた、あの頃の自分が抱いていた想いの結晶。

 絶対にユーバフとアミアンに復讐してやると誓った、あの日の燃えるような憤りそのものなのだ。


(……思えば、最近の私は……絶対に復讐しようなんて気概は薄れていたな……)


 マリエルは剣の柄を握りしめながら、静かに自省する。


 辺境の街でバーバラに拾われ、魔法学園でセリアやルカという大切な友人たちと出会った。


 温かい食事と、他愛のない笑い声。

 自分を受け入れ、必要としてくれる居場所。

 大事なものがたくさんできたことで、彼女の心は少しずつ満たされていった。


 その結果として、あの頃のような世界を焼き尽くすほどの暗い激情は確かに薄れていたのだ。


 精神的に成長し、前を向いて歩き始めたことで、彼女は無意識のうちに過去の自分の復讐心を重荷に感じて置いていこうとしていた。

 あんなに絶対に忘れないと誓っていたのに。


 我ながら何て無責任で、都合が良いんだろう。

 マリエルは思わず自嘲の笑みを浮かべる。


(……ごめんね)


 自分が見捨てようとしたからこそ、この剣は空間を越えてまで、ここまで執拗に追いかけてきたのだ。

 見捨てないでくれと、私の怒りを忘れないでくれと訴えるために。


 マリエルは剣の刀身にそっと額を当てた。


「ごめんね、私。一人だけ前を向いて、あなたを置いていこうとして」


『置いて、いかないで……』


「もう置いていかないよ。一緒に行こう。私たちの決着を、つけよう」


 マリエルが優しく語りかけると剣の小刻みな震えがピタリと止まり、赤黒い脈絡が呼応するように力強く明滅した。

 呪詛のオーラがマリエルの魔力と同調し、一つの巨大な力の渦となって彼女の全身を包み込む。


「マリエル……? 大丈夫なのか? その剣の呪詛に当てられていないか?」


 ルカが禍々しいオーラを放つマリエルを心配して声をかける。


「大丈夫だよ、ルカ君」


 マリエルは顔を上げ、かつてないほどに澄み切った強い意志を宿した瞳でルカを見つめた。

 背中の『光翼』と頭上の『天輪』が剣の闇のオーラと混ざり合い、神秘的な輝きを放っている。


「この子は私なんだ。私が以前持っていた神界への憎悪そのものだったんだよ」


 マリエルは剣を胸の前に構える。


「これを使ってあいつらを倒す。それが私の過去との決別であり、真の復讐なんだ」


 その言葉に迷いはない。

 呪詛の剣もその言葉に同調するように震えた。


 彼女はすぐに『テレパス』の魔法を展開し、闘技場に散らばる仲間たちへと思考共有で指示を出す。


『皆、聞いて。あいつらのトドメは私がこの剣でやる。あの強固な呪詛の肉体も、これでなら斬り裂けるはず。フォローよろしく』


 マリエルの思考共有を受けた面々は、それぞれの持ち場で力強く頷き、了承したことを魔力波長で伝えてくる。


「よし、行くよ!」


 マリエルは背中の『光翼』を大きく羽ばたかせ、ふわりと宙に舞い上がった。

 そして低空を滑るようにしてアミアンへと一直線に迫る。


「バカが! 魔法も使わずに、ただの剣で正面から来る気!?」


 アミアンが自分に向かって飛んでくるマリエルを見て、醜く顔を歪めて嘲笑する。

 彼女は残った右腕にどす黒い呪詛を集中させ、マリエルを迎え撃とうと構えた。


 だが、その瞬間。

 アミアンの周囲に、凄まじい勢いの竜巻が突如として巻き起こったのだ。


「きゃあっ! なに!?」


 彼女の身体が竜巻の中心に囚われ、視界が猛烈な風と砂埃によって遮断される。


「視界を奪わせていただきますわ」


 少し離れた場所で、リーズリットが優雅に扇子を振り抜き、風の魔法を操っていた。

 ユーバフがアミアンを助けようと呪詛の塊を放とうとする。


「アミアン! 忌々しい風め……!」


「おっと。君は僕のゴーレムと遊んでなよ」


 だが、彼の前にはアランが生成した巨大な土のゴーレムたちが立ちはだかった。

 彼は余裕の笑みを浮かべ、追加で土の壁を操ってユーバフの退路を塞ぐ。


「下等生物がァァァァ!! 邪魔をするなァ!」


 ユーバフが怒り狂ってゴーレムを破壊するが、アランは次々と新しいゴーレムを補充して彼を足止めする。


 一方、竜巻の中に囚われたアミアンは、強風の中で必死に思考を巡らせていた。


(どうせこの風の壁を突き破って、あの剣で斬りかかってくるんでしょう。そこを私の最大の呪詛で迎え撃って、返り討ちにしてあげる……!)


 彼女はマリエルが竜巻を突破してくるタイミングを計り、呪詛の魔力を限界まで右腕に凝縮させた。


 そして。

 風の壁の一部が不自然に歪み、そこから人影が勢いよく飛び出してきた。


「そこよ! 死ねぇっ!!」


 アミアンは歓喜の声を上げ、飛び出してきた影に向かって、カウンターで呪詛の塊を全力で叩き込んだ。


「殺った!」


 アミアンが勝利を確信した、その時。


「残念、ハズレ」


 軽快な声と共に、呪詛の塊がパシィッ! と鈍い音を立てて弾かれた。


 飛び込んできたのはマリエルではなく、セリアだったのだ。


 彼女は身体能力強化の魔力を全て『防御』に振り向け、両腕を交差させてアミアンの呪詛の一撃を正面から受け止めてみせたのだ。

 マリエルの『光』の加護があるとはいえ、その度胸と身体の頑丈さは常軌を逸している。


「なっ……?」


 アミアンが驚愕に目を見開いた、その一瞬の隙。


「もらった!」


 竜巻のさらに上空、完全に死角となっていた位置から勢いよく飛んできたマリエルが、漆黒の剣を大きく振りかぶって急降下してきた。


「っ!?」


 アミアンが上を見上げた時には、すでに遅かった。

 マリエルは落下の勢いと光翼の推力を乗せ、呪詛の剣をアミアンの脳天へと真っ直ぐに振り下ろした。


 肉を断つというよりは、高密度の魔力の塊を切り裂くような、重く鈍い感触。

 漆黒の刃がアミアンの身体を深々と両断する。


「あ……」


 アミアンの口から声が漏れた。

 彼女の身体を構成していた呪詛が、マリエルの剣から放たれる、より濃密で鋭利な『恨み』の呪詛によって一瞬で侵食され、崩壊を始めていく。


「バカな……私の呪詛が……抵抗も、でき、ない……なん、て……」


 アミアンの身体が足元から黒い塵となって崩れていく。

 自らが放つ呪詛よりも、マリエルの剣に込められた呪詛の方が遥かに強大で純度が高かったのだ。


「お前らの自分勝手な八つ当たりと一緒にしないでほしいな。私のこれは、お前らに全てを奪われた、あの日の濃縮されきった恨みだよ」


 マリエルが崩れゆくアミアンを見下ろして冷ややかに告げる。


 竜巻が晴れ、アミアンの身体は黒い塵となって風の中に消え去った。


「アミアン!! 貴様……『混ざりもの』の分際でェェェェ!! よくも!!」


 ユーバフが、アミアンの消滅を目の当たりにして怒りで我を忘れ、狂乱の叫びを上げる。

 彼の全身から、これまでにない規模の呪詛が噴出し、新たな黒い獣の群れを次々と生み出していく。


 だが、その獣たちはマリエルに届く前に、激しい爆炎と降り注ぐ光の剣によって、次々と消し飛ばされていった。


 ローランドが両手に炎を宿しながらユーバフを挑発する。


「混ざりモンだかなんだか知らねェが、お前あのチビ女をナメすぎなんだよ。あいつは俺様を倒した女だぞ」


「へえ、君からそんな言葉が出るとはね。少しは成長したのかな」


 クリストフが、ローランドの炎に合わせて光の剣を操りながら、感心したように微笑む。


 ローランドの炎とクリストフの光の弾幕が、ユーバフの動きを封じ込める。


 その隙を突き、マリエルは光翼を羽ばたかせ、地面すれすれの超低空を滑るようにして、一直線にユーバフへと向かって飛翔した。

 漆黒の剣を右手に構え、一撃で決める構えだ。


「舐めるなァッ! 返り討ちにしてくれる!」


 ユーバフはマリエルの直線的な動きを読み切り、両手に呪詛を凝縮させて彼女を迎え撃とうと身構えた。


 だが、彼が呪詛を放とうとした、まさにその瞬間。

 マリエルの姿が、ユーバフの視界から忽然と消え去ったのだ。


「なっ!?」


 ユーバフが驚愕して周囲を見回す。


「こっちだ」


 ユーバフの側面の完全な死角。

 空間の歪みから音もなく出現したルカが、マリエルの手を取り、闇の空間転移で彼女をユーバフの懐へと正確に送り届けたのである。


「しまっ……!」


 ユーバフが反応するよりも早く。


「これで、終わりだ!!」


 マリエルはルカの転移の勢いそのままに、漆黒の呪詛の剣をユーバフの胸の中心位置へと深く突き立てた。


「ガハァッ……!!」


 ユーバフの口からドス黒い呪詛の血が大量に吐き出される。

 剣から放たれるマリエルの恨みの魔力がユーバフの身体を内側から食い破り、急激に塵へと変えていく。


 ユーバフが塵となって崩れ落ちていくその瞬間。

 マリエルの意識は、目の前のユーバフの顔から、自身が握りしめている漆黒の剣の奥底へと、まるで強い引力に引っ張られるようにしてズブズブと吸い込まれていく感覚に襲われた。


「え……?」


 視界が歪み、光が遠ざかる。

 耳元で、あの『声』が今度ははっきりとした形を持って響き渡った。


『……ありがとう』


 その声を最後にマリエルの意識は暗転し、深い闇の中へと沈んでいったのであった――。

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