水精姫と本戦進行
王都の入り組んだ石畳の道を、一人の衛兵が道案内をしながら歩いている。
衛兵が丁寧に指し示した先には、遠くに白亜の尖塔群がそびえ立つのが見えた。
「魔法学園はこちらの道となります」
「いやあ、すまんね衛兵さん。王都は久々だから、すっかり道に迷っちまってさあ」
煤けた革エプロンを外し、少しだけよそ行きの服を着込んだ恰幅の良いドワーフの女性。
豪快に笑いながらついていくのは、大きな荷物を背負ったバーバラだ。
彼女は辺境の街モーリスから、約束の品を届けるために、はるばる王都まで足を運んできたのである。
道すがら、衛兵が世間話のようになにげなく尋ねる。
「いえ、お気になさらず。この時期に魔法学園となると、やはり学園祭の見学ですか?」
「届け物のついでにね。生徒の一人が、私の娘みたいな子なんだよ。マリエルっていうんだけど、知ってるかい? なんか『五天なんとか』の一人だって言ってたけど、よくわからなくてねえ」
バーバラが首を傾げながら言うと、衛兵は歩きながら驚いたように振り返った。
「ひょっとして『五天星』ですか? 生徒個人のお名前までは存じませんが、五天星のことは知ってますよ。魔法学園でもトップクラスに優秀な学生だけが座れる、名誉ある役職だとか。そのお嬢さん、相当に優秀な方なんですね」
「へえー、そうなのかい。マリエルちゃんってば、そんなこと一言も言ってなかったけど、凄いことだったんだねえ」
驚くバーバラに衛兵が微笑ましく相槌を打つ。
「ははは。ご家族の前では、気恥ずかしくて言えなかったのではないですか?」
「かもねえ。この前も彼氏や親友も連れてモーリスまで遊びに来てたしねえ。ま、学園でも上手くやってて、楽しそうで安心したさね」
バーバラは、ルカに振り回されて顔を真っ赤にしていたマリエルの姿を思い出し、楽しげに笑い声を上げた。
「それは何よりです。あ、この角を曲がれば正門が見えますよ」
「おっと、ありがとうよ! 助かった!」
そんな他愛のない会話を交わしながら、二人は学園の正門へと向かって歩き去っていく。
積み上げられた木箱の陰から、ゆらりと二つの不吉な影が這い出してきた。
ボロボロのローブを深く被った、得体の知れない二つの人影。
「マリエル……だと……?」
「楽しそう、ですって……?」
男のような低い、だがひび割れた声が路地裏に漏れる。
ローブの奥から覗く瞳孔の開いた瞳が、バーバラが消えていった方向を信じられないものを見るように凝視していた。
「許さない……許さない許さない許さない」
枯れ木のような指が、レンガの壁をガリガリと血が滲むまで掻きむしる。
「私たちがこんな地獄のような場所で泥を啜っているというのに……。あいつだけが、あんな奴らと……そんなことが、許されるはずがない……!」
二つの影の全身から黒い魔力の残滓が立ち上る。
それは、かつて神界から追放された者たちと同じ絶望と憎悪の結晶。
「……マリエル」
地の底から響くような呪いの言葉を残し、二つの影は、陽の光を避けるようにして路地裏のさらに奥深くへと消えていった。
◆◆◆◆
大演習場の最上部にある五天星専用の展望室。
『闘技祭』の熱狂が最高潮に達する中、部屋の一角では、一人の少女が悔しさに身悶えしていた。
「あああああ! 悔しいいいい! 良いところまで行ったのに! あと少しでルカ君に勝てたのにぃぃぃぃ!!」
セリアが両手で頭を抱え、床の絨毯の上で激しく地団太を踏んでいた。
闘技祭の準決勝。
快進撃を続けていたセリアの前に立ちはだかったのは、他でもないルカ・レグナスであった。
互いの手の内を知り尽くした激闘の末、結果はルカの勝利。
あと一歩で決勝の舞台、マリエルとの対決という夢のカードが実現するところだったのだ。
「俺としては、なんとかギリギリで勝てたという気分だが……」
ルカは乱れた息を整えながら、少しだけ疲労の色を見せて答える。
天才魔術師である彼にそこまで言わせるほど、セリアの猛攻は凄まじかった。
「凄かったよね。ルカ君がセリアの足元の影を収納空間にして、セリアを空間に落として封殺しようとしたらセリアが空中に飛び上がって、そのまま何もない空中を走って逃げたんだから」
マリエルが興奮冷めやらぬ様子で、先ほどの戦いを振り返る。
あのアクロバティックな回避には観客席からもどよめきが上がっていた。
ルカが心底不思議そうに、そして少し引いたような声で尋ねる。
「あれ、どうやってたんだ? 身体能力強化じゃないよな? 単純な脚力で空気を蹴って飛んでいるとしたら、流石にセリア嬢を人間と見なせなくなるんだが」
空間転移の魔法を駆使する彼でさえ、空を歩く技術には度肝を抜かれたのだ。
重力を無視した空中歩行など、風魔法や空間魔法の領域だろう。
物理的な強化だけでどうにかなるものではない。
セリアは唇を尖らせて抗議する。
「酷くない!? 私を魔獣かなんかだと思ってるの!? いや、もちろん違うよ! あれは魔力を足の裏に集めて、一瞬だけ空中の魔力濃度を高めて、それを足場にする『空闊歩』って歩法だよ! 魔力を使った、れっきとした技法ですぅー!」
「……とんでもない技法を普通に使っているあたり、もうセリア嬢も五天星クラスの実力だな……」
ルカが心底感心したように唸る。
一瞬で魔力による足場を空中に形成し、それを蹴って跳躍を繰り返す。
言うのは簡単だが、実践するには異常なまでの魔力制御の精密さと反射神経が要求される。
まさに実戦で培われた武才の賜物だ。
「準決勝まで到達してたし、これなら五天星に入っても全然違和感ないよね。セリア、本当に強くなったね」
マリエルも親友の成長を自分のことのように喜ぶ。
平民の少女が名だたる貴族の魔術師たちを次々と打ち倒し、ベスト4まで残ったのだ。
学園中の話題を独占している。
「他の五天星と当たってなかったから運が良かっただけだよお。アラン先輩なら『空闊歩』でどうにか接近できたとしても、リーズリット様とか竜巻の防壁をどう突破すればいいかってなるし、勝てたかわかんないよ?」
セリアに名前を出された当のリーズリットは、部屋の反対側でアランに食ってかかっていた。
「納得いきませんわ! なんなのあの質量攻撃! 大岩を上から降らせて竜巻を強引にすり潰すなんて、魔術師としての雅さに欠けるのではなくて!?」
リーズリットが羽扇子をバシバシとテーブルに叩きつけながら、不満を爆発させている。
彼女は準々決勝でアランと激突し、惜しくも敗退していた。
「仕方ないじゃん。あの竜巻は側面からじゃ魔法が弾かれるし、下手に中途半端な岩をぶつけたら風に巻き取られて殺傷能力が上がっちゃうじゃん。風の勢いが一番弱い真上からの質量攻撃が一番効果あると思ったんだよ」
アランは飄々とした態度で自身の勝因を解説する。
相手の魔法の特性を瞬時に分析し、最適な解を導き出す。
伊達に序列二位に座っているわけではない。
「それよりマリエルちゃんの攻撃が理不尽すぎるんだけど。あの水球、ほんとに初級魔法? 僕の作った岩場に水球撃ち込んでから水蒸気爆発で内側から粉砕するとか、どうしようもなくない? ゴーレムも浮遊岩も全部一瞬でぶっ壊されたんだけど。他の魔法でフォローする時間もなかったしさあ」
強固な岩の内部に水を撃ち込み、水蒸気変化による体積膨張で内側から爆砕する。
いくら岩の硬度を高めても、マリエルの手で質量を極限まで高められた水球相手では限度がある。
彼はマリエルによって、自身の得意戦法を文字通り破壊されたのだ。
「初級魔法は術式の構成が単純だから、威力が低い代わりに発動の速さと魔力消費の少なさが最大の利点ですしね。工夫次第でどうにでもなりますよ」
「その工夫幅が問題なんだよなあ……」
マリエルは事も無げに答え、アランが悔しがる。
ルカがは各試合の勝敗要因を分析し、頷いた。
「互いの魔法の特性と相性差がモロに出ているな……。魔法戦の奥深さを思い知らされた気分だ」
少し離れた展望室の隅では、クリストフと、リーズリットの婚約者であるエドガー、そしてローランドの三人が集まって何やら話し込んでいる。
「たった半年で、ここまで差が開くのかァ……。なあ殿下。俺、一旦留年とかして基礎からやり直すとかできる?」
ローランドは、マリエルとルカ、セリアの戦いぶりを目の当たりにして、すっかり自信を喪失したらしい。
クリストフが困ったような笑顔でやんわりと否定する。
「いや、君の実力は現状でも十分に学園の上澄みだから、そんな理由での留年は認められないと思うんだが……」
「なら学園を卒業してから宮廷魔術師団にでも入って、そこで研鑽し直せばいいんじゃないかい? 現場の空気は、また違うだろうし」
エドガーが温和な声で建設的なアドバイスを送る。
「……それもそうか。あの平民女も、この実力なら間違いなく宮廷魔術師団に入るだろうしなァ……。研鑽の名目で身内同士でやりあう機会もあんだろ。見てろよ平民女ァ……宮廷魔術師団に入ったら、今度こそリベンジしてやるからなァ……!」
ローランドはセリアの背中を睨みつけながら、新たな目標を見つけて少しだけ闘志を取り戻したようだ。
闘志の炎の矛先がマリエルからセリアへとスライドしているのが若干気になるところだが、腐らずに前を向いたのは良いことである。
「うーん、良いライバル関係だ。やはり私も、あの熱狂の中に混ざりたかったなあ……」
クリストフがエキシビジョンマッチという自身の立場を改めて嘆いて悔しそうに唸る。
なお、セリアには王城騎士団の団長から直々に「卒業後はうちに来ないか」という特大のスカウトの話が来ることで、宮廷魔術師団でリベンジするという新たな目標が根底から覆り、「なんであいつが騎士団なんだよ!」と再び膝から崩れ落ちるのだが、それはもう少し未来の話である。
そんな和やかな歓談の時間が過ぎ。
コンコン、と展望室の扉が控えめにノックされ、学園の係員が顔を出した。
「マリエル様、ならびにルカ様。決勝の時間が近づいております。準備をお願いいたします」
「あ、はい。わかりました」
「では行くか」
マリエルが居住まいを正し、ルカもまた静かな気迫を纏って立ち上がる。
二人の視線が交差し、言葉のない火花が散る。
セリアが大きく手を振って、そんな二人にエールを送った。
「二人とも頑張ってね! どっちが勝っても恨みっこなしだよ!」
「うーん、ルカの宣言を阻止できずかあ。ちょっと残念だ。ともあれ、二人とも良い試合を見せてくれよ」
アランが少しだけ悔しそうにしながらも、爽やかに笑う。
「来年はこうはいきませんわよ……! 私も風魔法の練度を上げて、必ずや決勝の席を奪い取って差し上げます!」
リーズリットも扇子を広げ、来年への闘志を燃やす。
「いってきます」
「全力でやるので楽しんでくれ」
マリエルとルカは展望室にいる仲間たちを振り返って、自信に満ちた笑顔でそう言い残す。
そして互いに一歩も譲らぬ覚悟を胸に、学園祭の頂点を決める決戦の舞台へと並んで歩み出していくのであった――。
まともに本戦書いてたら何回戦闘描写必要になるかわからないので
サクッと必要部分以外はスキップ。




