水精姫と呪いの剣
演劇場の熱気を背に受けながら、四人は学園祭の目玉である『闘技祭』の会場となる大演習場へと歩みを進めていた。
石畳の道を歩く彼らの周囲にも、同じ目的地へと向かう生徒や観客たちの群れができている。
先頭を歩くセリアとアランは、すっかりいつもの調子を取り戻し、闘技祭の話で持ちきりだ。
アランが身振り手振りを交えながら、闘技祭のルールを解説している。
「それでさ、予選は各十六ブロックに分かれてのバトルロイヤルなんだ。参加者はランダムに割り振られるから、誰と当たるかは直前までわからないんだよ」
先ほどまで姫役の生徒への態度でへそを曲げていたセリアだが、アランの必死の弁明と、こうして自分を最優先にエスコートしてくれる姿勢に機嫌を直したらしい。
彼女の表情には、すでに戦いに向けたワクワクとした好奇心が浮かんでいる。
「バトルロイヤルですかー」
セリアが両拳を軽く打ち合わせた。
多人数が入り乱れる乱戦。
誰が敵で誰が味方か、あるいは全員が敵なのか。
刻一刻と変化する状況判断が求められる、過酷な予選形式だ。
「そう。五天星は実力が飛び抜けてるから大抵は勝ち残るんだけど、稀に歴代でも実力下位の序列の奴だと、他の参加者から『あいつを倒せば名を上げられる!』って袋叩きにされて、予選で退場したりもするんだよね。まあ今期の五天星にそんな隙だらけのやつはいないだろうけど」
「へえー」
彼らのようなトップクラスの魔術師であれば、有象無象が何人束になってかかってこようと、己の魔法で一掃できるという確固たる自信の表れだ。
セリアは感心したように相槌を打ち、ふと自分の戦い方について疑問を口にした。
「そういえば私、魔法で身体を強化して素手で戦うことになると思うんですけど……大丈夫ですかね。他の人みたいに派手な魔法を飛ばすわけじゃないから、いきなり殴りかかって反則とかになりません?」
魔法の祭典で、肉弾戦を挑む。
傍から見れば、魔法を使わずに暴力に訴えているように見えかねない。
彼女は自分の戦闘スタイルが、ルールに抵触しないか心配していた。
「大丈夫じゃない? 身体を触媒にして魔法で身体能力を上げてるんだから、立派な魔法戦闘だよ。昔、土魔法の使い手で岩の鎧を全身に纏ってひたすら殴りかかってた熱血な魔法使いもいたって聞くし。魔法の運用方法は自由さ」
アランはセリアの不安をあっさりと払拭する。
「ただ、アウトなのは外部からの『武器の持ち込み』かな。あらかじめ魔力を付与された強力な剣とかを外部から持ち込んで使うのは、自身の魔法の実力とは言い難いからね。魔法でその場で作る即席の武器、例えば氷の剣とか土の槍とかなら文句は言われないんだけど」
「なるほど、武器の持ち込みがダメなんですね。私は自分の拳が武器だから関係ないですけど!」
セリアは安心したように笑い、シュッシュッと軽くジャブを打つ。
その楽しそうな二人のやり取りを後ろから歩きながら聞いていたマリエルが、ピクリと反応した。
(……武器の持ち込み、か)
マリエルは、ふと自身の脳裏に引っかかっていた重大な懸念事項を思い出し、隣を歩くルカの袖を軽く引いた。
「そういえばルカ君。……例の私の呪いの武器、置いてきた方がいいかも」
マリエルは周囲に聞こえないように声を潜めて話しかける。
先日、辺境の鍛冶屋でバーバラから押し付けられ、ルカの闇魔法による『収納空間』へとしまい込んだ、あの禍々しい呪いの武具の山のことだ。
「……言われてみればそうだな。俺の収納魔法の中に、あの物騒な武器を入れたままだった」
ルカもハッとして、自身の足元に落ちる影へと視線を落とした。
「あれだけの数の武器を収納空間に抱えたまま闘技祭の会場に入れば、入り口の魔力検査で『大量の武器を持ち込もうとしている』と判定されるかもしれない。それに戦闘中に何かのはずみでポロリと出てきたりしたら反則扱いになりそうだ。……最悪の場合、危険物所持で失格か退学騒ぎだな」
かすり傷一つで対象を即死させる特級の呪物。
そんなものを闘技祭という学生の試合の場に持ち込んだと知れれば、言い訳のしようがない。
「だが、どこに置いておく?」
「魔王研究会の部室でいいかな。あそこなら普段は誰も来ないし、頑丈な鍵をかけておけば安全だよ」
マリエルが提案する。
学生寮の自室に置くよりは、クラブの部室の方が人目につきにくい。
「そうだな。他に安全に置く場所も無い。一旦、部室へ向かおう」
ルカは頷き、前を歩くアランの背中に向かって声を張った。
「アラン! 少し寄るところができた。先に行っててくれ。セリア嬢のエスコートを頼む」
「ん? ああ! わかった、任せてくれたまえ!」
アランは振り返り、胸を叩いて快諾する。
マリエルは小走りでセリアの元へと駆け寄り、彼女の耳元に口を寄せて、そっと耳打ちした。
「例の呪いの武器を部室に置いてくるよ。アランさんを頼んだ」
「なるほど、了解!」
セリアもマリエルの意図を察し、元気よくアランの横に並ぶ。
「行きましょう、アラン先輩!」
「そうだね。ではマドモワゼル。お手をどうぞ」
「わー、なんか貴族みたい!」
「一応、僕は由緒正しき貴族なんだけど?」
アランが少しだけ呆れたように笑い返し、二人は連れ立って闘技祭の会場へと向かっていった。
(期せずしてアランさんとセリアを二人だけにすることができたな)
マリエルは遠ざかる二人の後ろ姿を見送りながら、内心で小さく頷いた。
あの空き教室での作戦会議以降、アランの努力もあって二人の距離は確実に縮まっている。
この闘技祭という非日常のイベントを通して、さらに仲が進展すればいいのだが。
「じゃ、こっちも行こうか」
「ああ。早く行かないと、予選の集合時間に遅刻してしまうからな」
マリエルの言葉にルカも頷き、二人は急ぎ足で木造の古い部室棟へと向かった。
やがて、人気のない『魔王研究会』の部室へと辿り着く。
室内は、昨日の集まりの際に机の上に広げたままになっていた資料が散乱しており、少し埃っぽい匂いが漂っていた。
窓から差し込む午後の光が、部屋の隅の暗がりを強調している。
「では、武器の入った箱を出すぞ」
ルカは部屋の中央に立ち、足元の影に向けて右手をかざした。
魔力を練り上げ、自身の影の中に形成した異次元の収納空間へとアクセスする。
空間の扉を開き、保管してある質量のある物体を現実空間へと引きずり出す、高度な闇魔法の操作。
だが。
「……?」
ルカの眉間に深い皺が寄った。
彼の足元の影が水面のように波打ち、黒い闇の渦が展開されるものの、目的の物体が上がってこない。
「あれ? あんなにあった武器の箱は?」
マリエルが不思議そうにルカの足元を覗き込む。
あの時バーバラから押し付けられたのは、大人が両手で抱えるほどの大きさの重厚な鉄の武具箱だったはずだ。
それが一向に出てくる気配がない。
「おかしいな。確かにこの収納空間の中に入れていたはずなんだが……」
ルカは焦ったようにさらに魔力を注ぎ込み、収納空間の奥底へと探りを入れる。
空間内の質量の反応は確かにある。
だが、それは彼が記憶している複数の武器が詰まった鉄の箱の反応ではなかった。
もっと小さく、そしておぞましいほどに濃密な何か別のものの反応。
「……出てこい」
ルカが強制的に引き上げる術式を発動させた、その時。
ズルリ……。
足元の闇の渦から何かが這い出してくるような、粘り気のある嫌な音が響いた。
マリエルとルカは息を呑んでその後退り、床を見つめる。
闇の中からゆっくりと姿を現したのは鉄の箱ではない。
それは黒い靄のようなものを纏った、一本の剣だった。
柄から刃の先までが漆黒に染まり、表面には血管のように赤黒い脈絡が走っている。
刀身は不気味なほどの曲線を描き、まるで生き物のように小刻みに震えていた。
マリエルがかつて鍛冶屋で無意識に作り上げた、特級の呪いの武器。
だが、そのどれとも違う全く新しい異質な形状をしている。
そして何より、その剣が纏っている『呪詛』の気配。
それは紛れもなくマリエルの内から出た怨念の波長と同じものでありながら、以前の武器とは比べ物にならないほど濃密で、研ぎ澄まされた呪詛を放っていたのだ。
「……なに、これ?」
マリエルは目の前の禍々しい剣を指差し、引きつった声で呟いた。
自分が作ったものだという実感は微塵もないが、そこから発せられる魔力の残滓は間違いなく自分のものだという矛盾。
「……まさか」
ルカの顔からサッと血の気が引いた。
彼は以前大図書室の深部書庫で読み漁った、禁忌の闇魔法に関する古い文献の内容を脳裏に浮かべていた。
「古い闇魔法の禁書にあったんだが……。昔の呪術の中に『蟲毒』と呼ばれる恐ろしい術式があった。確か同種の猛毒を持つ蟲をひとつの壺の中に閉じ込め、互いに食い合わせることで最後に残った一匹をより強力で強靭な呪いの個体へと作り変えるという……極めて悪辣な外法だ」
「ええ……まさか……」
「まさか、なあ……」
ルカは信じられないというように床で震える黒い剣を見つめ、マリエルの顔もみるみるうちに蒼白になっていく。
彼女の優秀な頭脳がルカの言葉の意味を理解してしまったようだ。
ルカの『収納空間』という、外部から隔絶された密閉空間。
そこにマリエルの強烈な怨念が込められた数十本もの呪いの武器が、ひとまとめにして放り込まれた。
持ち主の手を離れ、闇の空間に閉じ込められた同種の呪詛たちは濃密な魔力の干渉によって互いを喰らい合い、融合し、より上位の存在へと昇華してしまったというのか。
この剣は数十本の呪いの武器が、その『蟲毒』の理屈で喰い合って生まれた最悪の呪詛の結晶なのかもしれない。
「……冗談じゃない」
マリエルは頭を抱えて呻いた。
無意識で作った呪いの武器だけでも厄介だったのに、それが勝手に進化して、より凶悪な呪物へと姿を変えてしまうなど想定外にもほどがある。
よく見れば床に転がった漆黒の剣は小刻みに震えながら、まるで主人の関心を引こうとするかのようにジリジリとマリエルの方へすり寄ろうとしているように見える。
いかにも呪われそうな、ヤバい雰囲気がプンプンと漂っていた。
「……どの道、こんなヤバいものを闘技祭の会場に持っていくわけにはいかない。ここに放置するしかないよね……」
「……だな。俺の収納空間にも、もう二度と入れたくない」
ルカも心底嫌そうに同意した。
自分の魔法空間が呪いの武器の培養炉になっていたという事実は、彼にとってもかなりの精神的にキているらしい。
「一応、誰かに見つかっても触られないように闇魔法で認識阻害の迷彩と、強力な封印の結界をかけておこう」
ルカは気を取り直し、剣の周囲に複雑な術式を何重にも展開していく。
空間を歪め、視覚と魔力探知から剣の存在を隠蔽し、触れることすらできない強固な檻を作り上げる。
「ここに来て厄ネタがさらにパワーアップかあ……。学園祭が終わったら本気で処分する方法を考えないとね……」
マリエルは見えなくなった剣が置かれているはずの床を睨みつけながら、深いため息を吐き出す。
「よし、封印は完了した。これで俺たちが戻るまでは安全なはずだ。急ごう、マリエル。予選の時間が迫っている」
「うん。行こう」
二人は厄介な代物を今後どう処分するか真剣な顔で話し合いながら、足早に部室を出て行った。
扉が閉められ、カチャリと鍵が掛けられる音が響く。
そして。
誰もいなくなった薄暗い部室の床。
ルカの強力な封印結界の中、認識阻害の迷彩をかけられたその場所で。
見えない漆黒の剣は小刻みに震えながら。
微かな、しかし確かな意志を持ったような、ひとつの音を発していた。
『オイテイカナイデ――』
その呪詛の囁きは誰の耳にも届くことなく、埃っぽい部室の空気に溶けて消えていったのであった――。
一見ギャグですがギャグではないのでご安心ください。
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