水精姫と学園祭③
メイドカフェの異様な光景を後にし、三人は先ほどの事態を一旦忘れることにして無言のまま移動した。
廊下を歩く足取りは、どこか逃げるように早くなっている。
誰も先ほどの出来事に触れようとはしない。
その気まずい沈黙を破るように、セリアが無理やり明るい声を張り上げた。
「そ、そういえば演劇場で、そろそろアラン先輩の演劇をやるね!」
「そ、そうか。もうそんな時間か」
「じゃ、じゃあ移動しようか」
マリエルは、これ以上考えるのをやめることにした。
三人は逃げるように、演劇場に移動する。
演劇場は学園の敷地内でも一際大きなドーム状の施設だった。
外観は歴史ある劇場のようだが、内部は最新の魔法技術で制御されている。
中に入るとすでに熱気に包まれており、客席はほとんど観客が埋まっていた。
貴族から平民まで多くの来場者が、期待に胸を膨らませて舞台の幕が開くのを待っている。
マリエルたちは、アランからセリアを通じて入手していたチケットの席に座る。
舞台の真正面で見晴らしの良い特等席である。
豪華なビロードの座席に腰を下ろし、マリエルは周囲の豪奢な装飾を興味深く眺めた。
「ここって、何のクラブ?」
「『舞台演劇魔法クラブ』だな。舞台演出魔法とかを研究している」
ルカが手元のパンフレットに目を通しながら答える。
光や音や風などを魔法で生み出して、物語を鮮やかに彩る技術を磨くクラブらしい。
「五天星だけど、土魔法のクラブじゃないんだ」
セリアが少し意外そうな声を出す。
アランの実力なら、戦闘に特化したクラブから引く手あまただろうに。
「まあ、戦闘魔法系クラブに入らなければいけないというルールは無いしな。マリエルや俺だって『魔王研究会』だろう?」
「それもそっか」
「どんな舞台なのかな」
マリエルの疑問にセリアはパンフレットのあらすじ欄に視線を落とした。
「ええっと『姫の美貌に一目惚れした猫の王にさらわれた姫を助け出すために、婚約者の王子が猫の国に乗り込んで姫を救い出す』だって」
「猫……?」
マリエルが不思議そうに首を傾げた直後に、会場の照明がゆっくりと落ちた。
重厚な幕が上がり、舞台は始まる。
スポットライトが中央を照らし出すと、そこには異様な存在が立っていた。
二本足で歩く巨大な猫の王が姫に語り掛ける場面から物語は幕を開けたのだ。
豪奢なマントを羽織った二メートル近い巨大な猫が、二本足で舞台を闊歩している。
「姫よ、お前はわしの花嫁になるのニャー」
「嫌です。私には心に決めた人が……」
野太い声の語尾に無理やり付けられた猫語が会場に響く。
「え、あの猫は何? 明らかに生きてるんだけど」
明らかに着ぐるみではないとマリエルは気付いた。
筋肉の動きや毛並みの艶が本物の獣そのものだ。
「変身魔法だな。幻影ではなく、実際に身体の組成を変えて変質させる魔法だ」
ルカが魔法の仕組みを解説する。
人間をベースにして一時的に獣の姿を作り出しているらしい。
相当な魔力制御がなければ肉体を維持することすら難しいはずだ。
「じゃああれ、生徒なの? すっごい」
セリアが身を乗り出して舞台の上の猫をまじまじと見つめた。
魔法学園の生徒たちの技術の高さが、こんなところでも発揮されている。
場面は変わり、王城のシーンへ移る。
豪華な玉座の前に、きらびやかな衣装を纏った青年アランが進み出た。
スポットライトを一身に浴びるその姿に、客席の女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。
「父上! 私は姫を救うために猫の国へ行きます!」
「ならぬ! お前はこの国の王子だぞ! 婚約者は改めて探せばよい!」
「そうはいきません! 私は姫を愛している! 彼女の代わりなどどこにもいないのだから!」
スポットライトの中で、アランは悲壮感を漂わせて熱演を繰り広げている。
言葉の端々に漂う情熱的な響きが物語を盛り上げていく。
王子役のアランは白い軍服に身を包み、腰には装飾の施された剣を帯びている。
その一挙手一投足に客席からはため息のような歓声が漏れる。
「アランさんは王子役なんだ」
「ハマり役だな」
マリエルとルカが感心して舞台を見守る。
もともと大貴族の息子だけあって立ち振る舞いには品があり、王子という役柄に違和感がない。
しかし、隣に座るセリアの様子がどうもおかしい。
「先輩がかっこいいのは良いんだけど……うーん」
セリアは何やらもやもやしているらしい。
舞台上のアランが姫を想って愛を叫ぶたびに彼女の眉間に皺が寄っていく。
マリエルはそんな親友の様子を生温かく見守ることにした。
恋する乙女の複雑な感情は、外から見ている分には微笑ましいものだ。
そして場面が何度も切り替わっていき、物語は進む。
幾多の困難を乗り越えて王子が猫の国へ乗り込むシーンとなる。
舞台には岩山や城壁のセットが魔法で瞬時に組み上げられていく。
「騎士たちよ! 猫の軍勢などに後れを取るなよ!」
「にゃにおー! 返り討ちにしてやるー!」
アランの号令と共に、舞台袖からわらわらと猫の騎士たちが飛び出してきた。
人間の腰ほどの身長の可愛い猫の騎士たちが「ニャー!」と掛け声をあげて全身甲冑の騎士たちと戦っている。
短い手足を一生懸命に動かして剣を振るう姿は愛らしさの塊だ。
しかし彼らの攻撃は、冷酷な甲冑の騎士たちによって次々と防がれてしまう。
甲冑の騎士たちは一切の感情を持たないかのように無機質に猫たちを弾き飛ばす。
猫の騎士たちが倒れるたびに観客から少し悲痛な声が聞こえてくる。
「敵を可愛くしすぎじゃない?」
マリエルが同情的な声を漏らす。
観客は本来応援すべき王子の軍勢よりも、可愛い猫たちに心を奪われているようだ。
「敵側に感情移入している観客がちらほらいるな……」
「騎士の人、容赦ないねえ。剣は刃引きしてるみたいだけど」
そんな感想を漏らすセリアに、ルカがさらりととんでもない事実を口にした。
「騎士のほとんどはアランの操っている甲冑ゴーレムだぞ」
「え、そうなの? アラン先輩って土属性だよね?」
「甲冑は鉄製だぞ? 分類としては土だろう」
そう、鉄は土から生み出される鉱物であり、土魔法の応用で操作が可能だ。
「複数のゴーレムに個別の動作をさせるには並列思考の能力が必要だが、ある程度自動化されているようだな」
ルカがアランの技術を高く評価する。
マリエルも土魔法の応用性に感心して頷いた。
「アランさんって普段はあんまりそう見せないけど、魔法の腕は本物なんだね」
つまり、アランは主役として演技をこなしながら複数の甲冑を同時に魔法で操っているのだ。
五天星としての規格外な魔力操作技術がこんなところでも発揮されている。
舞台の上で魔法を駆使する彼の技術は確かに賞賛に値するものだ。
そんな会話の最中に、アランは猫の王と対峙していた。
舞台の中央で王子と巨大な猫が互いの武器を交える。
激しい剣戟の音が魔法によって会場全体に響き渡る。
「これで終わりだ! 聖剣の光を受けよ!」
剣が光り輝き、猫の王を貫いた。
「ギニャアアアアア!!」
強烈な一撃を受けた猫の王は吹き飛ぶように転がっていき、舞台袖から退場する。
「猫の王、どっか行っちゃった」
「あの光も演出魔法かな」
「剣を光らせる魔法とかそんなのだろうな」
舞台のクライマックスは劇的な光と音の魔法で彩られていた。
そしてアランは捕らわれの姫を救い出し、姫役の女子生徒と見つめ合う。
スポットライトが二人を照らし、ロマンチックな音楽が流れた。
セリアは少し不機嫌そうだ。
頬を膨らませて舞台の上の二人をじっと睨みつけている。
そしてカーテンコール。
舞台には花吹雪が舞い降り、出演者たちが笑顔で手を振る。
役者たちが一斉に舞台に並んで頭を下げると、観客席からは盛大な拍手が鳴り響く。
アランは客席のマリエルたちに気づいて大きく手を振ってきた。
セリアはプイッと顔を背けてしまう。
その様子を見てマリエルは小さく笑った。
華やかな光と魔法に満ちた舞台演劇は大成功のうちに幕を下ろした。
◆◆◆◆
舞台終了後にて。
興奮冷めやらぬ劇場のロビーで三人が待っていると、衣装を着替えたアランが走ってきた。
急いでメイクを落としてきたのか少し髪が乱れている。
それでも彼の爽やかな笑顔は健在だ。
「やあ、僕の演技どうだった?」
額に汗を浮かべながらも、清々しい笑顔でアランが問いかける。
「素敵でしたよ」
「面白い舞台だったな」
マリエルとルカが素直な称賛の言葉を贈る。
王子としての演技に加え、五天星の実力を駆使した甲冑の織り成す戦場は見応えがあった。
「セリアちゃんはどう?」
アランは本命の少女からの感想を期待して目を輝かせたが、セリアが少しだけ唇を尖らせて辛口の採点を下す。
「……80点です」
「えっ、どこか悪いところあった?」
アランが慌てて自分の演技を振り返るが、セリアがそっぽを向いて不満の理由を口にした。
「姫役の人にデレデレしてたので減点です」
「いや、してないよ? あれは演技だって」
つーんと拗ねるセリアと戸惑いながら弁明するアランを微笑ましく見ていると、放送が鳴った。
学園中に設置された魔法機器から明るい声が響き渡る。
『闘技祭の開催時間が近づいてきました。参加者は大演習場へ向かってください』
待ちに待ったメインイベントの開始を告げるアナウンスだ。
大演習場は学園の西側に位置する巨大な闘技場だ。
すり鉢状の観客席には何千人もの観客が収容でき、中央のフィールドはあらゆる魔法の衝撃に耐える特殊な結界で覆われている。
そこで生徒たちの頂点を決める戦いが繰り広げられるのだ。
マリエルは自分の持つ魔法知識と力をどこまで見せるべきか頭の中で考え、表情を引き締めてルカを見た。
「出番だね」
「行くとするか」
ルカもまた静かな闘志を瞳に宿して頷いた。
マリエルたちは学園祭の出し物を堪能し、ついに学園祭のメインイベント『闘技祭』に臨もうととしていた――。
猫ちゃんが入り乱れたら可愛いなと思って。




