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神界から追放されし少女は叫ぶ。絶対目にもの見せてやるからな!!  作者: 万年亀
第五章 学園祭

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水精姫と学園祭①

 王都の魔法学園、待ちに待った学園祭の朝。


 広大な敷地の周囲には、赤や青、黄色など色とりどりの巨大なバルーンが魔法の力でふわりと浮遊し、華やかな祝祭ののぼりが風にパタパタと翻っている。


 しかし空を見上げればどんよりとした分厚い雲が重く垂れ込め、今にも泣き出しそうな鈍色の空模様が広がっていた。


「晴天ならよかったのにねえ……」


 正門の近くで待機していたマリエルが恨めしそうに空を仰ぎ見る。


 せっかくの学園最大のイベントだというのに、この陰鬱な空模様では気分も少しだけ沈んでしまう。


「残念だねー。屋台の食べ歩きとか、雨が降ったらちょっと大変だし」


 隣に立つセリアも、心配そうに空模様を気にかけている。

 だが、二人の後ろに立つルカは落ち着き払った声で言った。


「いや、今年は運が良いぞ」


「へ?」


 マリエルが不思議そうに振り返る。

 この空模様のどこに、運が良い要素があるというのだろうか。


「あ、来場者用の門が開くよ!」


 セリアが指差した先。

 重厚な学園の正門が重々しい音を立ててゆっくりと開き始めた。


 招待された貴族たちや一般の来場者たちが、期待に満ちた顔で次々と敷地内へと足を踏み入れてくる。


 来場者用の門が完全に開かれ、学園祭の開始を告げるファンファーレが鳴り響いた瞬間。


 シュルルルルッ……!


 学園の中央、最も高い時計塔の頂上から何かの巨大な魔法の光の束が天高く打ち上げられた。

 それは凄まじい速度で上空へと到達し、分厚い雲の層に突き刺さる。


 ドンッ!!


 耳を塞ぎたくなるような大気の爆発音。


 そして、次の瞬間。

 空を覆い尽くしていた鈍色の雲が、まるで巨大な見えない手で払いのけられたかのように中心から放射状に一気に吹き飛ばされていったのだ。


 雲の切れ間から眩いばかりの陽光が降り注ぐ。

 ほんの数秒のうちに頭上には雲一つない、抜けるように青い晴天が広がっていた。


 マリエルは、その劇的な天候の急変に感嘆の声を漏らした。


「おおー!」


「曇り空だと、こういう天候操作のパフォーマンスがあるんだ。高位の風魔法と熱操作の複合術式で一気に雲を吹き飛ばす。今年は天候管理委員会の腕の見せ所だったというわけさ。今日は一日、雲一つない晴天だぞ」


「すっごーい! さすが魔法学園! 演出の規模が違うね!」


 魔法学園の技術力をこれでもかと来場者に見せつける最高のオープニング。

 こうして熱狂と魔法に彩られた学園祭が、華々しく開幕したのである。


 マリエル、セリア、ルカの三人は、まずは腹ごしらえとばかりにメインストリートにずらりと並んだ屋台群へと向かった。


 色とりどりのテントからは香ばしい肉の焼ける匂いや、甘いシロップの香りが漂い、生徒たちの威勢の良い呼び込みの声が飛び交っている。


 セリアは、肉の焼ける匂いに吸い寄せられるように大きな串焼きの屋台の前に陣取り、豪快に注文を済ませた。


「やっぱりお肉だよね、お肉! 祭りの朝はガッツリ食べたい気分! すみません、このロック鳥の串焼き肉ください!」


「朝から凄い食欲だな……。俺はまだそこまでは……」


 ルカが、自分の顔の大きさほどもある巨大な串焼きを受け取るセリアを見て、少し引いたように呟く。


 セリアは嬉しそうに大きな口を開けてガブリと肉にかぶりついた。

 溢れる肉汁とスパイシーなタレの香りが弾ける。


「私は、あっちのフィッシュ&ポテトってのにしようかな」


 マリエルは少し離れた場所にある、揚げ物の屋台へと視線を向けた。

 白身魚のフライとカリッと揚がったポテトの組み合わせ。

 少し塩気があって小腹を満たすにはちょうど良さそうだ。


「ルカ君も一口食べる?」


 マリエルが受け取ったばかりの揚げたてフィッシュフライを一つ、備え付けの小さなフォークで突き刺し、ルカの方へと差し出す。


 ホカホカと湯気を立てる白い魚肉は外の衣が黄金色に輝き、添えられたタルタルソースの酸味のある香りが鼻をくすぐる。


「え……あ、ああ。いただくよ」


 ルカはマリエルが差し出したフォークから直接フライを口へと運んだ。

 サクッという心地よい音と共に白身魚のふっくらとした甘みと、ソースの濃厚な味わいが広がる。


「どう? 美味しい?」


「ああ、とても美味しい。衣の揚がり具合が絶妙だな」


「ふふ、良かった」


 ルカは少しだけ耳の先を赤く染めながら小さく頷くと、マリエルは嬉しそうに微笑み、自分用のポテトをパクリと口に入れる。


 二人で一つの屋台の食べ物をシェアする。


 ルカがマリエルに同じことをすれば恥ずかしがるというのに、自分がやる分には気にならないらしい。

 なんとも危うく、そして無自覚で可愛らしいではないか。


「そういえば、アランさんは今日は一緒に回らないの?」


 マリエルがポテトを咀嚼しながら、ふと気になったことを尋ねた。

 いつもならセリアの行くところには必ずと言っていいほど、あの一途な赤茶色の髪の先輩がくっついてくるはずなのだが。


「先輩は『闘技祭』の前に自分のクラブの発表があるんだって。演劇をやるらしいよ。だから『闘技祭』が終わった後で、ゆっくり学園祭を一緒に回ろうって約束してるの」


 セリアが串焼きを頬張りながら答える。


 どうやらセリアとしっかり学園祭を回る約束を取り付けているらしい。

 なかなかあの先輩もやるものだ。


「演劇か。そういえば、そんな話を聞いているな」


「へえ、アランさんが演劇ね。ちょっと見てみたいかも。あとで見に行こうよ」


 マリエルが提案すると、二人も異存はないと頷いた。


 腹ごしらえを済ませた三人は屋台通りを抜け、様々なクラブや有志の生徒たちが趣向を凝らした出し物を展開している遊技場のエリアへと足を踏み入れた。


 そこは、まさに魔法学園ならではの混沌とした賑やかな空間だった。


「さあさあ! 魔法射的だよ! そこの君たち、自分の魔法で的を打ち倒してみないか!?」


 威勢の良い声に呼び止められ、三人が立ち止まる。


 声の主は額に鉢巻きを巻いた男子生徒だ。

 彼の背後には四方を壁と天井で仕切られた幅広の木製の台が設置され、その上にいくつもの小さな「的」が並べられている。


「的って……」


 マリエルが、その「的」を見て顔を引きつらせた。


 丸い木の板に同心円が描かれた、ごく普通の射的の的。

 そのはずなのだが、その的には何故か細い手足が生えており、台の上をチョロチョロと縦横無尽に駆け回っているのだ。


「なんで、的に手足が生えてるの……?」


「普通に止まってる的を魔法で撃つだけだと、つまらないじゃないですか。難易度を上げるためにちょっと動きをつけてみたんですよ! うちは『魔法駆動研究会』だからね!」


「凄い。的が動く理由にはなってるけど、わざわざ手足を生やした理由にはなってない」


 セリアが的確なツッコミを入れる。


 魔法で浮遊させたりレールの上を動かしたりするならともかく、わざわざ人型の手足を生やして走らせるというあたり無駄に手が込んでいる。


 ルカが少し興味を惹かれたように、マリエルに勧めた。


「面白そうだな。マリエル、やってみないか?」


「ええ? でも、あんなにちょこまか動かれたら、魔法を当てるのは結構難しいと思うよ?」


 的は不規則な軌道で走り回り、時には急停止したり、ジャンプしたりと予測不能な動きをしている。

 単純に魔法を放つだけでは躱されてしまう可能性が高い。


「ただ威力が高い魔法を撃てばいい、というわけでもなさそうだな……。周囲の安全もあるし威力を抑えつつ、正確に狙い撃つ技術が求められる」


 ルカは冷静に的の動きを分析する。

 そして、何かに気づいたように少しだけ口角を上げた。


「……よし、マリエル。俺の指示した角度とタイミングで水球を撃ってくれ」


「え? ……オッケー。わかった」


 マリエルはルカの意図を把握し、素直に頷いた。

 右手の指先に小さく圧縮した水球を生成し、構える。


「あの赤い的が台の右端の壁に近づいた瞬間だ。射角は上から斜め45度。手前の障害物の板をかすめるようにして、バウンドさせろ」


 ルカが的から視線を外さず、低く的確な指示を出す。


「……今だ!」


「はいっ!」


 マリエルの指先から高圧の水球が弾け飛ぶ。


 水球はルカの指示通り、手前に置かれた障害物の板の縁をかすめ、斜め下の台の床へと激突する。

 そして、その反発力を利用して鋭く跳弾し、右端の壁際へと逃げ込もうとしていた赤い的の背中へと正確にヒットした。


『ぐああああああっ!!』


 水球の直撃を受けた的が、なぜか断末魔の悲鳴のような声を上げながら派手に吹き飛び、台の下へと落下した。


「よし、当たった!」


「良い射角だった。完璧なコントロールだ」


「なんと! 一発で、あの変則的な動きの的を仕留めるとは……!」


 ルカが的確に指示を出せたのは、彼の闇魔法の応用である『空間知覚』のおかげである。


 この射的台は四方と天井を壁で囲まれている。


 空間内の全ての物質の位置と動きを脳内で立体的に把握するその魔法によって、的の不規則な動きのパターンを瞬時に読み取り、跳弾を利用した最適な射角とタイミングを割り出したのだ。


 マリエルの精密な魔力制御と、ルカの空間把握能力。

 二人の天才の連携プレイによって見事、縦横無尽に動く標的に命中させたのであった。


『くっ……。俺を倒しても、まだ第二、第三の的が現れるだろう……。だが、その時、そこにお前たちはいない……』


 台の下に落ちた的から何故か死に際の捨て台詞のような声が聞こえてきた。


「なんか死に際の言葉を言い出したな……」


「いないって、そりゃまあ私らは学園祭回ってるしね。ずっとこの射的屋の前にいるわけないじゃん」


 マリエルとセリアはドン引きしている。

 それはそうだ。


『地獄で待っているぞ……ぐふっ』


 的は、その言葉を最後にプスリと音を立てて消滅した。

 魔力で構成された幻影のようなものだったらしい。


 ルカが心底不思議そうに店番の生徒に尋ねる。


「なぜ、わざわざ的を喋らせたんだ?」


「いやあ、倒された時に喋った方が面白いかなって思って……」


「面白いけど、そういう面白さの方向はどうなの?」


 マリエルが呆れ顔で指摘する。


「ともあれ見事な連携プレイでの命中、おめでとうございまーす! こちら、景品の『的くんキーホルダー』です!」


 生徒が手足の生えた的の形をした、少し不気味なデザインの金属製キーホルダーを差し出した。


「なんで、それを商品化したかなあ……。絶対、需要ないと思うんだけど」


 マリエルは渋々ながらも一応そのキーホルダーを受け取り、ポケットにしまった。

 学園祭の変な思い出の品としては、まあ悪くないかもしれない。


「おっと、そこのお二人。『水精姫』と『闇の貴公子』じゃないか。この『ドッペル館』はどうだい? 射的みたいに賞品は無いけど、ちょっと不思議な体験ができるよ」


 射的屋の隣のテントから別の生徒が声をかけてくる。

 ルカは少し興味を引かれたようだ。


「ドッペル館? よくわからないがまあ、いいだろう」


「じゃあ『水精姫』はこっちのテントの裏手へどうぞ!」


 テントから出てきた女子生徒がマリエルの腕を引いて、裏側へと連れて行く。


「ええ? ちょっと、私だけ?」


 マリエルが戸惑う声を上げるが、女子生徒は「いいからいいから!」と強引に押し切ってしまう。


 残されたルカとセリアは促されるままに、箱状に区切られたテントの館の中へと足を踏み入れた。


 薄暗い館の奥。

 照明が落とされたステージのような場所に三つの人影が立っていた。


「……なんだ、これは」


 ルカがその光景を見て言葉を失う。


 奥から現れたのは、頭の上にそれぞれ『A』『B』『C』と書かれたプレートを付けた三人のマリエルだった。


 銀色の髪、少し困ったような表情、制服の着こなしまで瓜二つ。

 全く同じ姿形をしたマリエルが三人並んで立っているのだ。


「マリエルが三人!?」


「ドッペル館へようこそ! さあ正解を当ててみてください! 制限時間は三分! なお偽物の二人は、触れることもできる高度な実体のある幻影魔法で作られています! うちは『幻影魔法研究会』なので!」


 司会役の生徒が楽しげにルールを説明する。


「なるほど、そういう趣向か」


 ルカは少しだけ口角を上げ、三人のマリエルへと歩み寄った。


 彼はまず『A』のプレートを付けたマリエルの顔を至近距離から覗き込み、じっと見つめた。

 その瞳の奥、髪の揺れ方、呼吸のテンポ。


 数秒見つめた後、ルカは無言で隣に移動して今度は『B』のマリエルの顔を同じようにじっと見つめ込む。

『B』のマリエルは少しだけ居心地が悪そうに視線を逸らした。


 そして最後に『C』のマリエルの前へ。

 ルカは彼女の顔をじっと見つめてから、さらに距離を詰め、自分の顔を彼女の顔のすぐ近くまで、まるでキスをするかのように近づけようとした。


「ルカ君?」


『C』のマリエルは慌ててルカの顔を両手でガシッと掴み、その接近を物理的に止めた。

 彼女の顔は耳の先まで真っ赤に染まっている。


「残念、止められてしまった」


 ルカは少しだけ残念そうに笑った。


「正解! 本物のマリエルさんは『C』でした!」


 司会役の生徒が拍手をしながら正解を告げる。

『A』と『B』の幻影のマリエルは、シュゥゥと音を立てて霧散して消え去った。


「ちなみに正解の決め手はなんだったんですか?」


「いや。俺が前に立った時点で彼女だけがすでに耳を赤くしていたからな」


 ルカは平然と答える。


「あー、なるほど。幻影には、そういう細かな感情の変化までは再現できなかったというわけですね」


「だって……あんな至近距離で、じっと見つめられると思ったら恥ずかしくなっちゃって……」


 本物のマリエルは、まだ顔を赤くしたままルカから視線を逸らして俯いている。

 ルカのあの大胆な行動が幻影を見破るためのテストだったとわかっていても、心臓のドキドキが収まらないのだ。


 セリアがニヤニヤしながらルカの肩を小突く。


「マリエルは、こういうの初心だからねー。ルカ君、あまりからかっちゃダメだよ?」


「からかったつもりはない。俺は本気だった」


「それはそれで困る……」


 ルカは涼しい顔で言い放つが、その実、彼自身もマリエルの真っ赤になった顔を見て少しだけ胸の奥が高鳴っていた。


「よーし! まだまだ出し物はいっぱいあるよ! 次行こー、次! もっと学園祭を楽しんでいこー!」


 セリアが照れて固まっているマリエルの腕を引き、ルカを促して次のエリアへと向かって歩き出す。


 空に浮かぶ色とりどりのバルーン。

 すっかり晴れ渡った青空の下。


 三人はそうやって少しの恥ずかしさとたくさんの笑い声と共に、まだまだ続く学園祭の賑やかな時間を存分に楽しんでいくのだった――。

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