第24話『謎の19番ホールへ』
コーデリアの放った“神の一打”は、まるで空そのものが祝福したかのような軌跡を描き、静かにグリーンへと落ちた。
観客席から歓声が爆発し、実況席が「入る、入るぞ――!」と声を張り上げる。
――コロン、コロン……。
白いボールは、確かな意思を持つかのようにカップへと近づく。
カップの縁に触れた、その瞬間。
芝が……揺れた。
風も吹いていないのに、グリーン全体がゆらりと波打ち、中心に黒い裂け目が走る。
裂け目の奥から、紫がかった光が漏れ、低く唸るような音が会場を包み込んだ。
観客のざわめきが一瞬で消え、代わりに息を呑む気配だけが広がる。
「な、なんだあれ……!?」
「魔法妨害か!? 反則だろ!」
実況の声もわずかに震えていた。
ボールは、その光に引き寄せられるようにゆっくりと浮き上がり――次の瞬間、吸い込まれるように裂け目の奥へ消え去った。
グリーンに残されたのは、微かな紫の残光と、理解不能な沈黙だけだった。
紫の残光がまだグリーンに漂う中、主審団は慌ただしく笛を鳴らし、試合の一時中断を宣言した。
背後ではI.G.A.本部との魔導通信が開かれ、審判長が低い声で状況を報告している。
「……カップの構造異常? いや、あれは自然現象ではない……」
「ボールは物理的に回収不能。判定……? 判定不能、だと……?」
数分後、審判長がマイクを握り、会場全体に向かって厳かに告げた。
「――本試合は、I.G.A.史上初の『決着保留』とする!」
瞬間、観客席がざわめきに包まれる。
「勝者なし?」「そんなことあり得るのか!?」
選手たちも言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くした。
その中で、コーデリアだけが裂け目の消えたグリーンを見つめていた。
唇をきつく噛み、拳を握りしめる。
「……あのボール、まだ終わってない」
誰に向けたわけでもない、かすかな呟き。
だが、その声は隣にいた仲間の胸をも、妙な緊張で締め付けた。
控室は、さっきまでの決勝戦の熱気が嘘のように沈黙に包まれていた。
各チームの選手が口々に憶測を飛ばし、スタッフが慌ただしく動き回る中、帝国選手が低い声で切り出す。
「……あれは自然現象じゃない。意図的に作られた“別のコース”だ」
その言葉に、室内のざわめきが一瞬だけ止まる。
コーデリアは一拍の間も置かず、椅子から立ち上がった。
「――なら行くしかない」
彼女の声は、迷いの欠片もなかった。
獣人の豪腕プレイヤーとドワーフの技巧派、そして帝国選手。
さらには、ふわりと宙を舞いながら「面白そうじゃん!」と笑う精霊までもが、「同行する」と名乗りを上げる。
「待て、危険すぎる!」と仲間の一人が腕を掴む。
だがコーデリアは軽く笑って、ゆっくりとその手を外した。
「ゴルフはね――最後の一打まであきらめないんだよ」
その瞬間、誰もが彼女の背に、先ほどグリーンで放った“神の一打”の気配を感じた
フィールドスタッフの制止の声が飛ぶ。
「危ない! 何があるか分からないぞ!」
だがコーデリアたちは振り返らなかった。残留する紫がかった光の裂け目が、今にも閉じようとしている――それだけが彼女の全神経を突き動かしていた。
靴底が芝を蹴り、風を切る音が耳に刺さる。
光の縁に飛び込んだ瞬間、まるで水面を突破するような抵抗が全身を包み、次いで、耳鳴りとともに重力がふっと消える。
浮遊感に内臓がひっくり返り、視界はぐるりと反転。
――そして。
足が硬い地を捉えた瞬間、コーデリアは息を呑む。
そこは曇天の下、無音のゴルフコース。
灰色に沈んだ空は、地平線と境を失い、どこまでも続く濃淡の影だけが世界を形作っている。
湿った空気が肌に張り付き、呼吸のたびに胸の奥が重くなる。
「……ここが、“別のコース”?」
背後で精霊が、いつになく小さな声を漏らした。
帝国選手の足が止まり、鋭い視線がコースの奥へと向けられる。
「……ありえない。伝承でしか聞いたことがない、“幻の十九番ホール”だ」
その言葉に、コーデリアは瞬きも忘れる。
幻の十九番ホール――それはI.G.A.創設よりも前、古代の競技者たちが作りかけて放棄した、未完成のコース。危険すぎる構造ゆえ封印されたとされ、今まで誰も実在を確認できなかった場所だ。
だが、目の前の光景は紛れもなく現実。
フェアウェイは波のようにうねり、芝の緑は灰に染まり、カップの位置はまるで重力が迷子になったように傾いている。
旗は、風など吹いていないのに――ゆらり、と不気味に揺れていた。
「……ここ、誰かが見てる」
精霊が、いつもの快活さを失った声で囁く。
コーデリアは無意識にクラブを握り直す。
視線の先、灰色の空の奥で、確かに“何か”が待っている――そう、直感が告げていた。
――ザリッ。
曇天の下、音はひどく鮮明に響いた。
遠く、木立の影。そこから、何者かがゆっくりと歩み出てくる。
ザリ…ザリ…
砂利を踏むような足音が、湿った空気を切り裂くように近づいてくる。
一歩ごとに、胸の奥の緊張が高まり、耳鳴りすら混じる。
コーデリアは呼吸を整え、クラブを構えた。
獣人は低く唸り、ドワーフは拳を固め、帝国選手は視線を細める。
誰も言葉を発さない。ただ、その“影”を見据える。
影は止まらない。
カメラ――いや、読者の視点が、じわじわとその姿に寄っていく。
あと数歩で、相手の顔が見える。
――暗転。
黒い画面に、静かに浮かび上がる文字。
To be continued…




