第一章 #13 『黒幕』
「おや。ずいぶん早いお着きでしたね、ミナトさん」
薄暗い聖堂の奥。
祭壇の前に立つ男は、まるで客人を迎えるような穏やかな声音でそう言った。
「少し手助けがあってね。あなたもよく知る相手ですよ」
「……アレシアのことですか」
クロウ・ドウマンは目を細め、どこか誇らしげに微笑む。
「あの子は本当によくできた子だ。私の……自慢の家族ですよ」
整えられた身なり。年齢を感じさせる深い皺。
牢を抜け出した直後に出会った男――そして、この紅蓮教団の一件を裏で操っていた神父。
ミナトはその姿を睨みつけた。
「だったら、その自慢の家族が悲しむような真似はやめるべきじゃないのか」
「見解の相違ですね」
神父は即答した。
「私は、あの子たちがこれ以上悲しまないように動いているのですよ」
「……どういう意味ですか」
クロウは静かに息を吐く。
その目に宿るものは、懺悔でもためらいでもない。積み重ねた憎悪と、決意だった。
「恩には恩を。罪には罪を。そうでなければならないのです」
ゆっくりと、言葉を噛みしめるように続ける。
「この地区の子供たちが受けてきた仕打ち。踏みにじられ、奪われ、泣かされてきた日々。その痛みを、何一つ知らぬまま上で笑っている者たちがいる」
神父の声が、わずかに熱を帯びた。
「ならば教えねばならない。同じ痛みを。同じ絶望を。どれほど醜い方法だろうと、どれほど女神の怒りを買おうと……私はやる。家族のために。この地区の子供たちのために」
「そんなやり方……アレシアさんが望むはずないだろ!」
「ええ。あの子は優しく育ちましたから」
クロウは寂しげに笑った。
「紅蓮教団のことも、私のしてきたことも、よく思ってはいなかった。止められたこともあります。何度もね」
「なら、どうして――」
「もう、止まることは許されないのですよ」
その声音は静かだった。
だが、そこにはもう引き返す意思など欠片もなかった。
「私は、とある方の協力で“古代兵器”を手に入れました」
「……っ!」
「それがあれば、この王国を壊滅させることも不可能ではない。すべてを終わらせることができる。そうすれば、ようやく――報われる」
「古代兵器で……王国を壊滅……?」
背筋が冷たくなる。
ただ暴れているだけではない。名誉のためでも、示威のためでもない。
クロウは本気で、この国そのものに終わりを与えようとしている。
「けど、それだけの力を使えば代償だって――」
「ええ。その通りですよ」
不意に、別の声が割って入った。
「その代償は、あなたに肩代わりしていただくのです。ミナト様」
「……は?」
ミナトが振り向く。
いつの間にそこにいたのか。
ひとりの男が、軽い足取りで歩み寄ってきていた。警戒も緊張もない、まるで散歩の途中のような足取りで。
そして何のためらいもなく、クロウの隣に並ぶ。
その顔に、ミナトは見覚えがあった。
「お前は……宿を紹介してくれた……!」
この男はそうだ。町で紅蓮教団を名乗り演説を繰り返していた男。そしてその中に紛れ込む際に関わることになった男である。
「ええ。お久しぶりです」
男は柔らかく微笑んだ。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。私はフラン・ゴウセル」
一拍置いて、芝居がかった仕草で胸に手を当てる。
「この紅蓮教団を管理していた者――そう言えば、分かりやすいでしょうか」
「管理……? じゃあ神父様は――」
「この方ですか?」
次の瞬間だった。
ドスッ――と、湿った音が響いた。
「……え?」
理解が追いつかない。
フランの腕が、クロウの胸を深々と貫いていた。
時間が止まったように見えた。
いや、止まっていてほしかった。
「な……にを……」
理解できない現状にただただ言葉を失う
クロウの口から血がこぼれている。
「っ、なんでだよ……! どうして!」
叫ぶミナトをよそに、クロウは震える目でフランを見上げた。
「あぁ……私は……今日という日まで……お力に……なれましたでしょうか……」
「ええ。実によく働いてくださいました」
フランはにこやかに答える。
「女神様は……怒って……おられるでしょうか……」
「大丈夫ですよ。女神様は寛大ですから」
その言葉に、クロウはかすかに安堵したように目を細めた。
「ああ……アレシアは……優しい子だ……どうか……あの子だけは……」
掠れた声が途切れ、血が唇を濡らす。
「世界に……美しき……時代が…………」
そこで、力が尽きた。
身体から緊張が抜け、瞳から光が消える。
フランは腕を引き抜いた。
どしゃり、と。
クロウの身体が床に崩れ落ちる。
「……本当に、いい駒でしたよ」
「なんなんだよ……お前は……ッ」
吐き気がした。
怒りが、恐怖が、嫌悪が、胸の内でぐちゃぐちゃに掻き混ぜられる。
フランは血のついた手を見下ろし、心底つまらなさそうにため息をついた。
「私は“調律者”の端くれです。平和を掲げる者、とでも言いましょうか」
「平和……?」
「ええ」
フランは微笑む。
「平和とは尊いものです。だからこそ、その礎には相応の犠牲が必要だ。この神父は、その礎になった。実に喜ばしいことでしょう?」
「喜ばしいわけあるか!」
ミナトは吐き捨てた。
「死んで幸せだなんて、そんなのあるわけないだろ……!」
「……なるほど。やはりあなたは、そういう人だ」
フランの目が、ほんの少しだけ細くなる。
「上辺を取り繕うのはやめましょう。死は無です。終わりです。意味も価値も、本来そこにはない。だからこそ、生きている者が意味を与えるのですよ」
「お前の目的はなんだ」
怒りで喉が焼ける。
今にも魔法を撃ち込みたい衝動を、ミナトは歯を食いしばって抑えた。
フランはそれを見て、愉快そうに口元を歪める。
「おやおや。落ち着いてください。今にも飛びかかってきそうな顔をしている」
そして、ゆっくりと告げた。
「私の目的は――」
どしゃっ、と。
何かが崩れる音とともに、聖堂の入口から人影が飛び込んできた。
「神父……様?」
震える声。
その場の空気が、凍りつく。
「アレシアさん……」
ミナトの喉が詰まる。
倒れ伏すクロウ。
床に広がる血。
最悪だ
どう見ても冷静を保てる状況じゃない。
何を言えばいい。
どう伝えればいい。
いや、そんなことを考えている暇すらない。
アレシアの瞳が、信じられないものを見るように大きく揺れた。
「……ミナト、さん……これは一体?」
「あぁ、落ち着きたまえ。アレシアさんこれは私がした事なのですよ。彼の幸せには死が必要不可欠だった」
悲しい事ですがと吐き捨てているその男の表情には悲しみなどなく、ただ無関心なものだった
「貴方が…貴方がっ!私の……義父を!」
「!?」
アレシアの背後に大量ライフルが現れ、フランに銃口を合わせる
「待ってくださいっ!アレシアさん!」
「黙っていてくださいっ!今は貴方を巻き込まない自信がないっ!」
「いいですね。復讐の目です。それが私の好物なのです。ですが、そうでしたね。貴方は私を知りませんでしたね。そうでしたとも。なんせ操られている間の記憶はありませんでしょうし。仕方ないですね」
「操られている?」
アレシアが操られていたということだろうか。ならばそれは一体……
(記憶がない……もしかして)
キリナに腹を貫かれた時、その場にいたのは間違いなくアレシアであった。そのアレシアはミナトを知らず。なんの事かも知らなかった。もし、それがあの男に操られている間に行われていたことだとするなら
「どこまでも…」
「では、一度落ち着いてもらいましょう」
「何を――ッ!」
その手の先に、淡く歪む魔法陣が浮かぶ。
次の瞬間、アレシアの身体がびくりと震えた。
「……ぁ……!」
銃口がぶれる。
息が止まり、瞳の焦点が揺らぐ。
「アレシアさん!」
ミナトが叫ぶ。
だが彼女は答えない。
――ぷつり、と。
何かが切れるように、アレシアの表情から感情が抜け落ちた。
「……アレシア、さん」
「気安くその名を呼ばないでいただけますか」
返ってきた声は、先ほどまでの彼女のものではなかった。
冷たく、硬く、他人を見る目だった。
「穢れた魂を持つ、不遜な人間」
「……っ」
ミナトの背筋が凍る。
フランは満足げに目を細めた。
「あぁ、なんとも人間というのは単純なんだろうか!怒りの矛先は私に向いてたはずなのに、魔法一つでその矛先は私ではなくなる」
「操って…」
「おーい。キリナー」
「はい」
神父が死に。アレシアが操られ。それだけでもきつい状況だと言うのに、そこへ新たな人物が入り込む
「……キリナ…」
久しぶりに見たキリナの顔はどこか、後ろめたさを感じさせ、だがその瞳には確かな覚悟が感じられた




