第1章 #12 『アレシア・ミデア』
聖堂
その美しい横顔はどこか寂しく。だが、暖かい。そんなまさに矛盾を感じさせる芸術とでも言えようものだった。
アレシア・ミデア。東地区出身の彼女は聖女…シスターになるまで貧しい生活を強いられていた。
そもそも東地区は過疎地域であり、瓦礫の山、植物の枯れ果てた姿。風化した建物が多く見受けられる場所だ
東地区が過疎地域になったのは中央地区の貴族の手によるものだ。100年ほど前、東地区も他地区同様栄えていた。東地区の売りはその美しい自然と生き物との共存。またその地区には他種族も多く暮らしていたのだ。その地区を取り締まっていたのがミデア家であり、エレモア王国五大貴族の一柱である。
ミデア家は当時の貴族には珍しく、民を一際大切にしていた。そこに人族、亜人、獣人等の隔たりはなく、まさしく共存が成り立っていたのだ。勿論、そのような一族だ人望も厚く、エレモア王国の全体を統括するための立場を得る通称『統括王座の席』もミデア家が担っていた。
だが、他の貴族はそれを良しと思わず、ミデア家に濡れ衣を着せる事で人望を断ち、孤立させ追いやった。当時のミデア家当主は責任問題を問われ打首に、それ以降、信じてた民も次第に離れていき、嘘の情報でミデア家は崩壊。五大貴族から名を下ろされ、代わりに『罪人』の名を与えられた。
それ以降は、そのミデア家に付いていた亜人獣人の差別が激化し、奴隷として扱われることも増えた。他地区に行くために金も取られるという始末だ。
現在は中央地区の援助も行われ今は聖堂を含めその周辺は整いつつあるが、それも最近の出来事。クリス・シルヴァが動き援助した事で実現したことだ。クリスは自ら東地区へ赴き、現状を知り激怒。そして東地区への援助を命じ各地区からも資金を調達している。また奴隷制度の撤廃。差別の払拭の手伝いも行っている。
だが、突然の貴族の介入。助けてくれているとはいえ、感謝する者もいれば、疑念を抱き異を唱える者もいるのが現実である。かつて身を追いやり、奴隷制度を作りと酷いことをしてきた貴族の一端が突如手を差し伸べたら当たり前といえば当たり前である。
今回の紅蓮教団の暴挙はそれが募り、一部の人間により触発されたことによるものだったのだ。
そして、ここまでで察しがついているだろうが、アレシア・ミデアはその名の通りミデア家の血筋であり、今唯一の生き残りである。
彼女はとても優しい女性だった。両親は差別主義者の手により無くしそれが貴族、そしてこの王国の民によるものだと知っている。過去に何があったかもだ。だが、彼女は両親の死を悼みはしたものの復讐や恨みなど一切抱えていない。ただ一つ、『人々が真に平和を知り手を取り合える世の中』になって欲しいという思いの元、今もクリスの手を借り、聖堂で祈りを捧げているのだ。
——だがその祈りの奥底には、わずかに拭いきれない感情が沈んでいることを、彼女自身もまだ知らない。
――――
「シスターアレシア!」
「どうしました?」
小さな子供の群れがアレシアを囲む
「僕たちはほんとにこの貧しい生活を抜け出せますか?」
「抜け出せますか?」
言葉の重み。そして子供がそれを懇願している様は心優しい聖女、シスターアレシアにとってとても辛く悲しいものだった。本来であれば綺麗な自然に囲まれ、ぬくぬくと家族の温かみを知りながら育つはずの子供達が、親をなくし、美しい自然のない満足にご飯も食べられないこの狭く酷い地区でぢ願いながら生きるしかないのだ。
「大丈夫ですよ。クリスさんに会ったでしょう?彼女は他の方々とは違う。私達に優しくしてくださるいい方です。彼女のお陰で今も命が繋がれている。彼女を信じましょう」
(――信じましょう?これで何回目だろうか。信じる。信じる。信じる。そう言い聞かせて、道半ばで夢を見ることも叶えることもできず死んだ子供が何人もいる)
「うん!きっと!僕たち助かるもんね!神様は見てくれてるもんね!」
「えぇ、神様は私達を見捨ててはいませんよ」
子供達は悩みが晴れた笑みを浮かべ外へ駆け出す。それを見送り一人の気まぐれで助けた男へと声を掛ける
「ところで…情報収集はよろしかったのですか?あの後どこか行く気満々のようでしたが、結局私に着いてきて…」
「これも情報収集の一環ですよ。今はまだ安全と捉えられる方から行ってるだけです」
「私が安全であるというのは少し軽率なのでは?」
「子供のために祈ってる人が何行ってるんですか?それで善人ではありませんはあまり聞かないですよ」
「貴方は少し騙されやすい人のようですね」
「ぐぅのねも出ないです」
(この聖堂、ほかの建物に比べてとても綺麗だ。)
「この聖堂が気になりますか?」
チラチラ辺りを気にしてたのがバレてたらしい
「はい。外の他の建造物はボロボロなのにどうしてここだけ」
「ここの聖堂はクリスさんにお願いして立て直してもらったのです。ここは神に祈りを捧げる場所であり、子供達の唯一の家でもあるので」
「…優しいですね」
「優しいだけでは……子供達は救えない」
辛いことだ。どれだけ優しくとも結局権力により嘘で固められたものは簡単には打ち砕けないし、払拭できない。できたとしても今の状態がすぐ改善できるかといえばまた別である。時間が必要なのだ。だが、その必要な時間の中で子供達は生きていけるだろうか
「この件……暴れてる方々の気持ちは分かりました。恨みも悲しみもあるのも分かりました。でも、だからこそ。俺は紅蓮教団を止めますよ。真に平和を望むなら俺は…過去を引きずっていたとしても争うべきと考えない。だってそうだろう?痛いのは…辛いことだ。ずっと心に残る」
「別に私は止めるなとは言いませんよ。そもそも私は聖女。争いはダメだと考えています。ですが私は止められなかった。それだけですから」
「そういえば、ひとつお伺いします。この東地区出身の人々は平等を掲げ、昔から獣人、亜人の境界もなく平穏に暮らしていたのですよね。」
「そうですね」
「ではなぜ彼らもまた……ほかの人々のように獣人、亜人差別を始めたのですか?」
「それはどこからお聞きになりましたか?」
「知り合いのメイドが獣人でして、そのメイドが昔紅蓮教団で奴隷として飼われていたそうなんです」
「………そうですね。東地区がこうなったのを獣人、亜人のせいにする者もいるからでしょう」
「私は……今の神父、クロウ・ドウマンという男に育てられました。あの方は私の尊敬する方で、肉親を失った私が唯一親と…家族と思える方なのです。どうか。あの方の心をお救い下さい。私ではお救いできなかった」
「分かりました。必ず説得してみせます。それでは俺は紅蓮教団に乗り込むとします」
アレシアの涙。よく見ると目元には隈ができていて
きっとこれまで苦労してきたのだろう事が伝わる
「お気を付けて。私は貴方のような勇敢で優しい方は嫌いではありませんよ」
「勇敢っていうのはちょっと言い過ぎですけど、ありがとうございます」
アレシアの笑顔に見送られ、アレシアに示された紅蓮教団の基地へと歩き始める。キリナに腹を貫かれた時、目にしたアレシアはきっと間違いだろう。そう確信して信じてただ一つ、紅蓮教団を止めるために
――――
「ここが、拠点…」
(ここに牢の外で出くわした男とキリナが…おそらくいる)
「キリナ…せめて言葉を交わさせて欲しい」
クリスからも本人からも事情は聞いている。だから怒るつもりもないし、裏切りだと罵るつもりも毛頭ない。ただキリナの思いを聞きたい
(そうだ。クリスさんから借りてる専用魔具…これで今のうちに連絡を送っておこう。)
潜入始めて既に二週間が経っていた。あの牢に入れられている間一週間も寝ていたと思うと呑気なことだ
「魔力を注げばいいんだっけか」
魔力を注ぐと魔具は反応を示しほんのり光を灯す
(これでルイに信号が届いてるはず)
「おそらく魔法は使えなくなる。戦いはなるべく避けないとな」
いざ、行かん!根城を掴み、覚悟の一歩。それは東地区の子供たちアレシアのために、キリナの事を知るために




