第1章 #11 『改めて』
ぴちゃん…ぴちゃん…
水が滴る音
ごぉぉ…
ボロボロの壁の亀裂から入る風の音
ミナトはキリナの突然の裏切りにより牢獄に囚われていた
「………ここは……ッ」
冷たい。痛い。鎖に繋がれた手足。目の前の牢。囚われているということを理解するには十分だ
「キリナ…どうして」
前触れはなかった。怪しさも。いや、もしかしたらあったのかもしれない。少なくとも今回俺は俺の事で手一杯だった。故に気づけなかった可能性もある
「ここからどうするかなぁ」
傷口が痛む。幸いあまり深くはなく死ぬほどのものではないようだ
コツ コツ コツ
足音
音のする方から少しずつ人影が見え、目の前に現れたのは
「アレシア・ミデア…」
「?」
気を失う直前まで目に焼き付けていた顔。忘れるはずもなく。おそらくは黒幕だろう女に睨みを付ける
「どなたでしょうか?このような牢獄に…」
「は?」
どなたでしょうか?…記憶にすら残らない人間と言うことだろうか。いや、もしかすると違う人。いやいやそのはずはない。特徴的な細目。綺麗な銀髪。シスター服。紛うことなきあの時見た人物である
「私の名前をご存知…ということは教徒の者?あるいは……東地区出身の方でしょうか」
「御託はいいです。この枷外して外に出してください」
「御託って……初対面に言う言葉ですか?まぁいいですけど。でもすみません。ここにいるということは罪を犯したということ。神父様の許可なしにシスターである私が出すわけには行けないのです」
「罪なんて犯していないですし。ッ…」
傷口が痛む。傷を負っている分体力も消費する。このような状況だ勿論気力も減る
「あら、その傷放置してると腐ってしまいますね。お出しすることはできませんがその傷を軽くすることはして差し上げます」
そう言い、牢に入り傷口に手を当て始めるシスター
間近でみるシスター、アレシア・ミデアほんとに美しく正しく聖女であった。
「傷口が塞がって…」
風系統回復魔法ではない。薄黒い魔力が傷口を覆い癒している
「完全な治癒……もとい、風系統回復魔法とは違うので回復するという認識はやめてくださいね。貴方のその深い傷を浅く…分散しているだけなので」
「分散?」
「私の魔力は陰属性。空間、呪い、弱体等の事に特化したものです。そしてこの魔法は空間操作魔法の類です。傷の深い部分をひとつの空間として切り取り、他の傷のない綺麗な部分と少しずつ入れ替え分散させてるのです」
なるほど。分からん。というより空間魔法はそんな器用なことまでできるのか。確かに深かった傷は塞がり始め、代わりに傷のない部分にかすり傷や切り傷ができ上がる
「これで傷口が腐り果てるということはなくなりましたよ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
アレシア、この人物はまだ謎だ。俺の顔を知らないはずがない。俺の前に顔を出し、そしてキリナと共に俺を捕らえていたはずだ。何よりキリナがたしかにアレシア様そう呼んでいた
「では、私は行きますね。お祈りも捧げなくてはなりません」
「あの、最後にひとついいですか?」
「はい?」
「ほんとに俺の事ご存知ないんですか?」
「勿論です。神に誓いましょう」
「わかりました」
コツ…コツ…コツ…
アレシアの足音はゆっくりと遠ざかり、やがて地下牢には再び
ぴちゃん…ぴちゃん…
水の滴る音だけが残った。
「……神に誓う、か」
ミナトは小さく呟いた。
あの目。
あの声。
あの雰囲気。
間違いなくあの時見た女だった。
だが――
「演技……には見えなかったな」
本当に知らないような顔だった。むしろ不思議そうにしていた。
鎖を軽く引く。
ガチャリ、と乾いた音が鳴る。
「……キリナ」
名前を口にすると、胸の奥が鈍く痛んだ。
裏切り。
それだけは間違いない。
だが――
「理由がわからない」
そう。分からないのだ。操られているそういう可能性もある。がもしそうでないのであれば、尚更分からない
ミナトはゆっくりと壁にもたれた。傷は確かに軽くなっている。
だが代わりに、腕や肩、背中に小さな傷が増えていた。
「ほんとに分散してる…」
「陰属性の空間魔法…か」
やはり魔法というのは面白いものだ
時間があれば魔法を研究するのも悪くない
だが、
「……今はそれどころじゃないね」
ミナトは視線を落とす。
足枷。
鎖。
そして壁に固定された鉄環。
その時だった。
ふと、あることに気づく。
「……あれ?」
さっきまでなかったはずのもの。
床に小さく落ちているものがある。
銀色の――
「鍵?」
ミナトの眉がわずかに動く。
「まさか……」
さっきのシスターの顔が脳裏に浮かぶ。
神に誓う、と言った女。
だが。
「出すわけには行けない……だったな」
ミナトは小さく笑った。
「なるほど」
鍵を拾い上げる。罠かもしれない。だが、出られるなら出るべきだ
「自分では出せないからと…」
自分で出ろそういうことなのだろう
カチャリ。
静かに鍵が回る。
「いや…まさかねまさか人生で牢に入れられ、鎖に繋がれる日が来るなんてね」
まぁ、異世界転移してる時点でまさかな展開ではあるのだが
のんびりしてる暇はない。まずは見つからないで移動した上でキリナを見つける。もし戦闘になった時、こちらの勝ち目は3割ないだろう。なんせ相手は獣人かつ戦闘メイド。こちらは魔法は習いたてな上、剣術が多少だが丸腰。そのため使えるのは魔法のみと考えるべきだ。
こんなことなら、ルイに体術も教えてもらうべきだったか
「いや、さすがに時間足りないな」
牢をでて、辺りを見回す。警備はいない。ひたすら静か
――個の理は万象に 穿たれた恩寵に明を与えん
《アン・フレイヤ》
小さな炎を手のひらに灯す
暗い建物を徘徊するには調度良い明かりだ
複数の牢屋が見受けられる。だが他の牢屋には捕らえられている者はおらず、なんならほかの牢屋はボロボロで錆び、腐れている
「ん?」
出口前最後の牢屋。その一室を見てみると奥に手記のようなものがあった
「これは……」
――――偽り ⬛︎父 虚像 黒⬛︎
転⬛︎者 生贄 二 世界 偽りの救済――――――
「所々かすれて見れなくなってる上にこの一文だけじゃぁなぁ」
手記はもうボロボロで、ほぼ読めたものでない。
だが、やはりこの教団には裏がありそうなそんな記述だ
その時
「……っ!」
気配が、動いた。
咄嗟に、壁際へと身を寄せる。
息を止める。
コツ……コツ……
ゆっくりと、階段を降りてくる足音。
一人。
いや――
「……二人?」
僅かに重なる足音。
「――例の男はどうなっている」
低い声。
男だ。
「地下にて拘束中です。アレシア様が処置を」
女の声。
……キリナではない。
「処置、か……あの方のやり方は理解し難いな」
「ですが、あの方のおかげで“器”は安定しております」
――器?
ミナトの眉が僅かに動く。
「……問題は記憶だ。万が一、あの女のように“揺らぎ”が出れば――」
「その場合は、処分を」
あまりにもあっさりとした言葉。
「……徹底してるな」
「神父様のご意思ですから」
神父。
やはり、この教団が中心か。
足音が近づく。
隠れる場所は壁の影のみ。
ミナトは静かに息を吸う。
「……やるしかない、か」
小さく、指を動かす。
――個の理は万象に 穿たれた恩寵に明を与えん
《アン・フレイヤ》
だが――詠唱は、発動しなかった。
「……は?」
魔力が、流れない。
これは――
「……封じられてる?」
その瞬間。コツ……と、足音が、止まった
「――そこにいるな?」
心臓が、大きく跳ねた。見つかった。闇の中。ゆっくりと、こちらへ向けられる気配
「出てきなさい」
逃げ場は、ない。ミナトはゆっくりと影から姿を現した。
「……随分と早い脱出だな」
そこに立っていたのは黒い法衣を纏った男、と獣人の女。
「…キリナ」
目が合う。
だが――
すぐに逸らし目を瞑る
「対象、確認」
感情のない声。
「――逃げ出そうとしています。この際始末しますか?」
「貴重な人材だから、始末まではしなくていい」
空気が、一変する。
殺気。
ミナトは、歯を食いしばった。
「……やっぱり、そうなるか」
丸腰。魔法封印。相手は万全。
勝率――
「ゼロ…か」
それでも。
ミナトは、一歩踏み出した。
「……それでも、やるしかないか」
拳を握る。その瞬間――
視界の端で、“何か”が、歪んだ。
空間が。 ほんの僅かに、捻じれる。
そして。
「――え?」
ミナトの身体は重力を失い。暗闇に身が移る
――同時刻。
地下牢、最奥。誰もいないはずの空間に。
ひとり、立つ影。
金髪のシスター。
「……危機一髪と言うやつでしたね」
アレシア・ミデアは、静かに微笑む。その瞳は優しさに包まれている
「さぁ――さっきぶりですね」
「お前は…...!?」
突然闇の中に囚われ、その闇が晴れたかと思うとそこはまた一段と暗い、地下牢だ。そして目線の先そこにいるのはアレシア・ミデア
「助けて…くれたんですか」
「気まぐれですよ。長くは持ちませんよ。すぐにここにも来ると思います。なので――」
「逃げる気はありませんよ。俺はここの裏を暴き止めなくちゃいけない」
アリスさんのために。恩を返すために。イレギュラーはあったが依然やるべき事は変わらない
「そうですか。これは貴方のものです。お返しします」
「あ、ありがとうございます」
そういえば身ぐるみ剥がされているのだった。通信用の魔道具もあるすぐにでも連絡して状況を伝えたいが、それにはまだ情報不足だ
「お世話になりました。それでは」
「お気を付けて。汝の道すがらに光があらんことを」




