90話 なくて七癖
真中への初球。
119km/hのストレート。
真中のフルスイングの後、バックネットの大きな音が響き渡る。
「ちっ」
ストレートを読んでいた真中は悔しそうに舌打ちをする。
(……さっきの4番と違って。芯は、食わなかったけれど。タイミングは、合ってたみたい)
余裕そうな華園の顔を見て、真中は恨めしそうに睨み返す。
中学の時の自分とは違う、バットで見返してやる、と。
……だが、そんな思いと同様に、華園も中学の頃とは異なる。
2球目。
(ライズ、ボール……!?)
今までのそれとは違う。
浮き上がるのは錯覚だ。
錯覚でしかない。
錯覚……そう、信じたかった。
今までは、芯は外してもバットには当たった。
それが、全く当たる気がしない。
ストレートも、ライズボールも、チェンジアップも、いずれもが格段にレベルアップしている。
だが真中も意地で粘り続け、迎えた7球目。
「ジャイロ……!」
加速、するはずがない。
だが、理屈寄りの真中が、物理法則の方を疑ってしまうほど。
球が自らの意志を持っているのではと思うほど。
ガキィ! と、バットの根っこに当たった。
「セカンド、二塁へ!」
胡蝶が打球方向のセカンドに対し、ミットで二塁を指しながらゲッツーを促す。
4―6……3。
「アウト!」
流れるようにそれは、ファーストのミットまで行き届いた。
「……!」
ぎりぎりと歯を噛み締め、親の仇でも見るかのような目つきで、真中はマウンドを降りていく華園を刺す。
ヘルメットを投げ捨てるのを何とか我慢して、打ち震えながら真中は前傾姿勢を崩さない。
そんな真中を横目に、華園は指をパチンと鳴らすと、両手を広げて迎えるキャッチャーの胡蝶の胸に満面の笑みで飛び込んだ。
もう、野球マシーンとは誰にも呼ばれたくない。
もう、感情のない、ただ球を投じるだけの道具じゃない。
それを、あの怪我をした試合の相手だった真中には、どうしても態度で伝えたかった。
だからこそ、無駄球にさえも全力投球で見せた。
それが、仇になるとも思わずに。
「……分かった」
三塁コーチャーから戻ってきた左門がヘルメットを置きながら呟いた。
「何が分かったんですかー? 左門さんー」
「ライズボール、あと、ジャイロボールやね。その時の癖が、分かった気がします」
「癖、ですかー?」
監督は左門以外を守備につかせて、座り込んで話し込む。
「で、何だったんですかー、癖というのはー」
「口で説明するより、監督動画撮ってましたよね。うちに1回見せてください」
いつの間にか監督は自分の携帯だけでなく、二宮の携帯を許可も取らずに使っていたのだが、おかげで同時に見比べることができた。
「やっぱり、そうやわ。頭にずっと引っかかってたのは、向こうの3番の初打席やったんや」
「相手の3番って、空木さんでしたっけー。確か初打席は強烈な左門さんへのライナーでしたけどー。……それがどうかしましたかー?」
左門は動画を何本か見て、とあるところで両方の携帯の停止ボタンを押した。
「監督、見てください。ここ」
左門はそう言って2つの携帯の画面を指差した。




