89話 これが全力!
4回の表、2番の二宮から始まる打順。
華園から投じられたジャイロボールは、二宮が繰り出したバットの根っこに当たった。
「いっ……!」
ビリビリと手に痺れが残ったが、おかげで打球はうまい具合に三塁線へコロコロと転がっていく。
ピッチャーの華園とサードがボールを追いかけてきたが。
「見送って!」
キャッチャーの胡蝶が二宮の脚力を見てそう叫ぶ。
そしてボールが止まったのは……白線の内側だった。
「へっへ、らっきぃー」
「ナイスバントですニノ先輩!」
「いや、ずっきー、普通に打ったんだけどねぇ」
「え? す、すいません、ピッチャーしか見てませんでした……」
「……」
二宮がジト目でコーチャーの小鳥遊を見ると、小鳥遊は少し目を瞑り、息を吸い込んで。
「ナイスランですニノ先輩!」
「いや、やり直さなくていいからさぁ」
続くのは、3番の一ノ瀬。
先ほどの投山にわざとヒットを許したのとは違い、今回は想定外の事態らしい。
ノーアウトのランナーをクリーンアップ前に出すのは、流石に問題だった。
華園は帽子を深くかぶり直し、目つきを変える。
一ノ瀬への初球。
今までとは違う。
いや、3回の表の最後、小鳥遊に投じた球に近い。
ドン!
というキャッチャーミットの音が一ノ瀬の腹に響く。
(これが……、全力ですのね。クイックですから120km/hは出ていませんけど)
2球目はチェンジアップ。
ボールが止まると先の打席で表現したが、先ほどよりもその感覚が増した。
バットを出してから初めて、まだ球が全然来ていないことに気が付く。
当然、フルスイングのバットが止まるわけもなく、空振りを喫する。
そして3球目はライズボール。
一ノ瀬のバットは球の下を擦り、外野フライに倒れた。
ランナーの二宮にしても、フライでは動けない。
そして、盗塁もできる気がしなかった。
(ゆっきー、頼むよ)
一塁ベース上から二宮は目線で友希に思いを伝える。
それに気が付いた友希も小さく頷く。
友希に対する1球目も、120km/h近い球から入ったが。
友希はそれに物怖じすることなく球を真芯で捉える。
カキィン! と、快音が響いたが、振り遅れたためか一塁ベンチに強烈な打球が飛んで行った。
「うわぁ!」
一塁ベンチで跳ね回る打球に対し、投山は横に飛んで躱す。
「危ないぞ友希! フェアゾーンは向こうなのだ!」
「そ、それくらい分かってるって!」
もちろん狙ったわけではない友希は、投山の野次に対し恥ずかしながらも、口調を強めて返す。
「……桜、お主の席もここではないぞ」
「うわぁ! なんで紅葉が我に抱き着いているのだ!」
「お主が球を避けて抱き着いてきたんじゃろうが!」
「……あんたら、いい加減にしなさいよ」
ネクストバッターズサークルで真中が眉を顰めながら小さく呟く。
だが、面白くないのは真中だけではなく、相手投手の華園も同様だった。
セットポジションではあるが、友希にとっては初めて見るはずの全力投球を、振り遅れたとはいえ真芯で捉えられたのだから。
「さすが。4番、だね」
華園は胡蝶に対してサインを送る。
球種やコースの指示ではない。
ただ、これからは全力だと。
今までランナーが出たときは、ストレートだけ本気で投げてはいた。
だがライズボールもジャイロボールも、これからは全力で行くことを告げる、2人だけの秘密のサイン。
だが粘られ、5球目のライズボール。
友希はフルスイングし、球がバットに当たる。
「レフト!」
キャッチャーの胡蝶が叫ぶ。
一見すれば浅いレフトフライか、深めのショーツフライ。
だが、華園には打たれた瞬間分かった。
これは落ちる、と。
その直感通り、打球はレフトとショートの中間にポトリと落ちた。
ハーフウェイで打球の行末を見ていた二宮は二塁でストップしたが、再びチャンスが巡る。
「いえーい!」
一塁ベース上でピースサインをベンチに送る友希とは対照的に、真中は厳かに打席に入る。
「……来たね。真中、さん」
中学時代を知っている華園は、打席に入る真中を見て不敵にほほ笑む。
友希にも見せた全力のサインを胡蝶に送る。
もう、盗塁を気にすることもない。
全力中の全力で、真っ向から対峙する。
胡蝶がこくりと頷いて、華園はロージンバックをマウンドの後ろに投げ落とした。




