84話 手抜きと余裕
相手投手の華園を攻略しなくては勝利は不可能だ。
しかも、相手が後攻という事実がさらに気分を重くする。
もし後攻のチームに先取点を取られたら、かなりのハンデを背負うことになる。
故に、攻撃と守備では気持ちの切り替えが必要なのだが。
相手の4番への初球。
外角いっぱいに要求したストレートが、球威もなく真ん中へ入ってくる。
そんな球を、4番が見逃してくれるはずもない。
カキィン! と芯に当たった音が響いた。
「……!」
三遊間をあっという間に真っ二つ。
ノーアウトでランナーが一塁に出たところで、熊捕はタイムを取ってマウンドへ向かう。
「……お主、いま次の回の自分の打席を考えておったじゃろう」
「そ、そんなことないのだ!」
嘘が下手だな、と思いつつもあくまで真面目に熊捕は続ける。
「お主のことはわしが一番理解しておる。ちゃんとわしの目を見ろ」
「は、恥ずかしいのだ……」
「手を抜いたことを恥じろ。ええか、確かにこの試合の行方はどう転んでもロースコアゲームじゃ。延長戦になる可能性も大いにあり得る。じゃがな、結局体力を温存するのは手抜きじゃのうて真面目に投げてランナーを極力出さんことじゃ」
「だが……」
投山の気持ちも、熊捕はよく理解していた。
はっきり言えば、1回戦の相手より打撃陣は遥かに劣る。
1回戦の斡木クラブの上位打線に匹敵するバッターはあの3番くらいのものだ。
だが、打線は点ではどうにもならない。
強い相手ほど燃える、という投山には少し酷な話かもしれない。
「ならはっきり言ってやる。お主にあの相手投手を打つのは無理じゃ。お主は打席を無視して0点に抑えることだけ考えろ」
「それは流石に酷いぞ」
「冷静で俯瞰的な意見じゃ」
マウンドから元の位置に戻り、熊捕はマスクをかぶる。
ランナーはあまり足が速くなさそうだ。
盗塁の警戒はそこまでいらなさそうだが……。
「友希!」
初球バント。
5番はキャッチャーの胡蝶だったが、クリーンアップにも拘らず躊躇なくバントを選択してきた。
サードの友希はセカンドをちらりと見たが、とても間に合いそうにない。
1アウト二塁。
たとえ2アウトになろうとも、ランナーをサードにはやりたくない。
エラーでもワイルドピッチでも、たった1つのミスが相手の得点につながる。
右バッターならインコースを攻めていくのだが……。
(6番は左バッターか)
熊捕はマスクの中で、横目で次のバッターを見る。
7番の華園。
バッティングセンスはあまりない。
足はそれなりに速く、ヒットが全く打てないわけではなさそうだが。
(進塁させてもとりあえずアウトを1つとるかのう)
相手の6番は、チェンジアップに泳がされながらも、セカンドゴロで進塁打を放った。
だが、アウトは取れたものの、二宮の動きは少しだけぎこちない。
(そういやニノさんは怪我明けじゃったな。あまりセカンドには打たせたくないのう)
7番の華園は右打ち。
ショートの小鳥遊とサードの友希は相模南の守備陣の中でも鉄壁だ。
あとは、投山がまた気を抜かなければいいのだが。
熊捕はそんな心配を込めた目をマウンド上の投山に向けたが。
投山は、今日一の闘志を前面にむき出していた。
熊捕には分かる。
同じピッチャー同士の対決。
私の方が強いのだと、そうボールで訴えかけたくなるのものだ。
「……ストライク、バッターアウト!」
インコースにズバッと決まった直球に、華園は空振りを喫した。
それを見て、投山はゆっくりとマウンドを降りていく。
「まったく。最初からそれをやりゃあいいものを」
3回の裏、打順は7番の投山から。
華園が投球練習を終え、投山は素振りをしながら打席に入る。
「絶対ホームランなのだ! 打てないと言い切った紅葉をぎゃふんと言わせるぞ!」
「そういうのは口に出さんでええ」
熊捕は少し恥ずかしいのか、誰にも聞こえない声量で突っ込む。
喜ばしいことに、河咲女子の守備陣は真面目なのか、投山の言葉に顔色は変えていない。
「にしてもあやつ、耐久作戦をちゃんと理解しておるんか?」
熊捕が心配するのも無理はなかったが、流石に投山も作戦は把握していた。
初球、一見して甘い球が投山に投じられる。
それを投山はボールをじっくりと凝視して見送ると、首をひねった。
そして2球目も真ん中に来た球を投山は見逃すと、首を深くひねる。
そんな様子を見て、熊捕は表情を一切変えずに疑問を浮かべる。
「まさか作戦がばれて、追い込むまで本当に手抜きの球しか投げないつもりじゃなかろうな」
しかし3球目。
アウトコースの球を投山はいとも簡単にセンター前へはじき返した。
「見たか紅葉! わっはっはっは!」
一塁ベース上で自分のことを指さす投山を見て、熊捕は目を細めながら見返す。
「な、なんじゃと……? まさか失投じゃろうか……。それとも、元々ずれたところを振っておるけえ、ムービングボールにジャストミートしたとでも言うんか」
「紅葉ちゃん、それは流石に可哀そうやで」
信じられぬようにネクストバッターサークルで立ち尽くす熊捕がポロリとこぼした言葉に、左門が諭す。
しかし投山の打撃を考察しても答えは分からない。
そう言い聞かせて打席に向かう熊捕だったが、入れ替わりでキャッチャーの胡蝶がマウンドへ向かっていた。
素振りをしながら、熊捕はマウンドにいる2人を見る。
2人ともグローブで口元を隠してはいるが、熊捕は直感した。
「……演技か」




