68話 球数と疲労
7回の表は、相手が7番バッターから始まる。
投山はもうヒットを打たれるような球は投げていない。
だが、バッターが粘りに粘る。
7番バッターが7球、8番バッターが8球、9番バッターが7球。
三者凡退に抑えた割に球数がかさみ、ついに投球総数が100を超えた。
「良いボールじゃったぞ。体力の方は大丈夫かのう」
「少し、疲れたのだ」
無理もない。
体力は人並み外れてはいるが、初の公式戦という精神的疲労の方が大きい。
しかし、おちおち休む暇もない。
7回の裏、打順は相模南も7番から。つまりピッチャーの投山から始まる。
相手投手は簡単に2ストライクを取ると、3球目、ストライクからボールになる変化球で投山のスイングを泳がし、セカンドゴロに打ち取った。
「アイリさんのタイムリーヒットの1点だけじゃしのう。そろそろもう1点取らんと……」
バットを握りしめ、打席に立つ。
相手投手はコントロールが良い。
なら、自分がヒットを打つには、配球を読むしかない。
1球目、アウトローのストレートを熊捕は打つ気を見せつつも、これを見送る。
(相手ピッチャーも疲れてきとる。わしは足も速くないし、相手としては内野ゴロで打ち取りたいはずじゃ。追い込まれるまでは、全部低めのはず……)
相手投手の持ち球は、ストレート・カーブ・スライダー。
確実ではないが、大体ストレートが6割、カーブが3割・スライダーが1割の割合で投げられている。
(追い込まれる前に打ちたいが……。スライダーは捨てていいじゃろう。1球目、打つ気は見せたが完全に遅れたタイミングじゃった。ならキャッチャーはわしがカーブ待ちだと思うはず……)
低めのストレートに全ての山を張った。
インかアウトかは考えず、足さばきで対応する。
(来い、来い……)
投手が投球モーションに入り、スナップを利かせて球を放す。
「っ! 来た!」
インローのストレート、熊捕は足を開いて球を捌く。
キィィン! という快音を残して、ボールはセンター前へはじき返された。
「紅葉ナイスヒットだぞ!」
まるで自分のことのように喜ぶ投山に対し、熊捕は安堵したようにため息をつく。
「なんとか、初ヒットじゃな……」
続く9番の左門が警戒されている中でも送りバントを確実に決める。
2アウトながら、ランナー二塁。
打席には今日ヒットを放っている小鳥遊が入る。
そこで、斡木クラブは今日初めて内野全員がマウンドに集まった。
「監督は勝負をご所望のようっスね」
「ま、当たり前ね。相手は控えがいないもの。こっちが先攻なのはネックだけど、延長戦になれば有利なのはこっちよ。逆転のランナーをわざわざ出す必要はないわ」
グラブを口に当て、高峰が会話の舵を取る。
「それで凛、守備位置はどうする?」
「……幸い、セカンドランナーは足が速くないみたいね。レフトは前進。センターは少し前進。ライトは定位置かしら。一二塁間は後ろ目、三遊間は定位置で行くわ。配球は貴女達バッテリーに任せるわ」
3分ほど話し合った後に解散する。
小鳥遊は審判に軽く会釈すると、高峰のルーティーンを模倣した。
少なくとも、相手投手はチーム内で高峰と対戦しているはず。
それで恐怖してくれれば、動揺してくれれば、猿真似で怒りを覚えるならば。
だが、相手投手は微塵も動揺しなかった。
それでも、小鳥遊自身はルーティーンを意識することで、根拠もないが打てそうな予感がした。
「今度、ルーティーンについても少し考えてみよっかな」
誰にも聞こえないようにそう呟くと、小鳥遊は自分の構えを取る。
1球目、相手は様子見でボール球の変化球を投じてきた。
(大丈夫だ。集中できてる、ちゃんと見えてる。それに、相手も疲れてるんだ)
投山と同様、相手投手も100球を超えた。
「必ず、打つ」
3球目、アウトローのストレートを強引に引っ張った。
「超えろ!」
打球は、セカンド柴谷のグラブの先を超え、センター前に落ちる。
痛烈な打球。
センターの捕球位置と熊捕の足。
それだけ見ればアウトのタイミングになりそうだったが。
「GO!」
捕球体勢が悪い。
三塁コーチャーの右京はそう判断し、腕を―――思い切り回した。




