46話 夏と言えばプール、だよね
「剣道の時もそうじゃったが、真夏に防具はきついのう」
「紅葉、汗だくでブラが透けているのだ!」
「言われんでも分かっとるけえ。あまりじろじろ見るな、馬鹿」
熊捕に限らず、真夏の部活で全員が汗だくになっている。
いつもなら、へとへとでゆっくりとシャワーへ直行するところだが、今日は違う。
「ではー、日が沈むまでプールに行きますよー」
水泳部に交渉し、学校のプールの使用権を得た。
いち早く入りたい皆は、我先にとシャワー室へ入っていく。
しかしながら、シャワー室は4つしかない。
それを勝ち取ったのは、足の速い二宮、小鳥遊、右京、投山の4人だった。
「……ちょっとニノ、一体いつまで入っているつもりですの?」
「え? そんなに経ってないってばぁ」
昨日までは特に急いでいなかったので時間の経過が気にならなかったが、今日に限っては待っている時間がゆっくり流れているように感じる。
「友希ちゃん、僕と一緒に入る?」
「ほんとに?」
そんな中、左奥のカーテンが開いたかと思うと、小鳥遊が半身を乗り出して友希を手招きする。
それに対し友希は真中を抜かして走り出した。
「あ、ちょっと待ちなさい友希! アンタより自分の方が早かったじゃない!」
「雨音ちゃん何でついて来ちゃったの! 流石に3人は狭いよー!」
「友希が悪いのよ!」
設計上でも2人以上が同時に入ることは想定されていない。
体が壁に当たる音がシャワー室に響いている。
「3人はきつそうじゃな。おい桜、早うしてくれんか」
当然、熊捕が上級生を急かすことは出来ず、標的は同級生の投山になる。
「我と一緒に入りたいなら、素直に言えばいいのだ」
「……ほうじゃな。別にシャワーなど浴びんでも、プールに入れないわけではないしのう」
踵を返した熊捕に、二宮が呼びとめた。
「プールは水泳部に借りてるからねぇ。マナーは守らなきゃ駄目だよぉ。もみちゃんも素直に『入れてくれ』って言えばいいのにねぇ」
熊捕は苦い顔をしながら、投山のシャワーの前に立つ。
「……入るぞ」
カーテンを開けると、予想通りにどや顔をした投山が待っており、熊捕はさらに目を細めた。
二宮はそれをにやにやしながら見送ると、一之瀬に向けて声をかける。
「ほら優美、あたしの背中を流してくれるなら入れてあげてもいいよぉ」
「分かりましたわ。ちょうど良いところにタワシを見つけましたから、入らせて頂きますわ」
「ええ!? 嘘だよねぇ?」
一之瀬がシャワー室に入っていった後、二宮の悲鳴が響き渡った。
「アイリちゃん、うちだけプールに遅れるのは嫌やから、入らせてもらうで」
「やん。恥ずかしいデスネ!」
右京は、洗っていたタオルで体を隠す。
「アイリちゃんにも羞恥心があったんやねえ」
「むー。最近のアツコは冷たいデス! これがツンデレってやつネ!」
「……ツンデレ、ちゃうもん」
「ミーがそんなアツコの体を洗ってあげるネ」
「! そこは自分で洗えるし、触らんといて!」
「皆さん、遅かったですねー」
職員専用のシャワーでいち早く体を洗い終わり、プールサイドに立っていた監督がナインを迎える。
はしゃぎながらプールサイドに来た部員たちだったが、監督の水着姿を見て絶句した。
「……あのぉ、これ聞いていいのか分からないんだけどさぁ、鈴センセの水着って一体どこで買ったんですかぁ?」
二宮がばつの悪そうな顔をしながら、面積が極僅かな水着を身に付けた監督に尋ねる。
「いいとこに目を付けましたねー。これは社員旅行のビンゴで手に入れた水着なのですー。男の人がいると悩殺してしまうのでー、ここくらいでしか着る機会がないのですよー」
ボケで言っているのか、それとも本気で言っているのか。
判別がつかない部員たちは押し黙るしかない。
「ニノさんはサイズもあってるし似合いそうですねー。着てみますかー?」
「遠慮しときまぁす」
二宮はそう言うと、逃げるようにプールへ飛び込んだ。
それを見て、他のナインも水中へ入る。
「監督のサイズに合うあんなHな水着、色々と危ない匂いがするよね」
「へ? Hな水着? ぼ、僕は友希ちゃんのことをそんな目で見てないよ!」
「? 私?」
例の如く、オーシャンズカラーの水着を身に付けた友希は、小鳥遊の顔を見て首を捻る。
「そ、そうだ! 友希ちゃん勝負しようよ。僕、これでも結構泳ぐの速いんだよ」
「お、いいね! 陸では負けても、オーシャンズファンとして海では負けられないよ!」
友希はちょうど、近くにいた真中にも勝負を持ちかける。
「雨音ちゃんもどう? 青色チームを応援する3人で勝負しようよ!」
「……なによその括り。勝負なんて子供みたいじゃない」
「私たちまだ子供だよ? ま、カナヅチだっていうなら無理強いはしないけどね!」
子供じみた煽りに、真中は大人げなく反応した。
「面白いこと言うじゃない。そこまで言うなら、何か賭けても良いわよ?」
「じゃあ負けた人は監督の水着を着る、っていうのはどう?」
「そ、後悔しないことね?」
乗り気になった3人はスタート台に上る。
「雨音ちゃん」
「なによ、みずき」
「分かってると思うけど、負けないでね」
小鳥遊はマジな目で真中に訴えかける。
「アンタはどれだけ友希の際どい水着を見たいのよ。まぁ自分だって負ける気なんて更々ないわ。33-4以上の大差を付けてあげる」
「……雨音ちゃんが言うとフラグに聞こえるんだよね」
スタートは投山が、ゴールのジャッジは熊捕が担当する。
かくして、25m自由形が始まった。
結果。
ぎりぎりで、友希が負けた。
「ふふ。約束は約束だよ、友希ちゃん」
「ええー、本当にやるの? ……っていうか、雨音ちゃん死にそうだけど大丈夫?」
「だ、だい、じょっ」
真中は這いつくばって息を荒げている。
「息継ぎしないお主の自業自得じゃ」
「ずるくない?」
真中は息継ぎが苦手だったため、呼吸を止めて25mを泳ぎ切っていた。
「なにが、ずるい、のよ。FAで強奪され過ぎた、オーシャンズファンはこれだから、嫌なのよ」
的外れの指摘に、友希は負けたにもかかわらず憐みの視線を真中へ向けた。
だが、友希にも罰ゲームが待っている。
「いやー、でも監督も嫌だろうし……」
「大丈夫ですよー。この水着はもう1着あるのですー」
「……やっぱりビンゴじゃなくて、監督の趣味じゃないんですか?」
「そんなわけがないのですー」
監督から手渡された水着を持って、更衣室に向かう。
着替えて戻ると、今までプールの中で遊んでいたはずの皆がお出迎えした。
「ううー。恥ずかしいよお」
いつものように派手に動いてしまえば、大事な所が見えてしまいそうなほどだった。
小鳥遊に至っては、スマホでカメラを起動させている。
「みずき写真は駄目だよ!」
しかしながら、小鳥遊はシャッターを押した。
「あああ! 今押した! もう、みずきなんて嫌いだから!」
その瞬間、小鳥遊の持っていたスマホがプールサイドに落ち、カラカラと虚しい音をたてた。
「じょ、冗談だよ! すぐ消すから」
我に返ってスマホを拾い、友希に謝った小鳥遊だったが、友希はすでにプールの中に入ってそれを聞いていなかった。
「ゆ、友希ちゃん……」
涙目になる小鳥遊の肩を、熊捕がポンと小さく叩いた。
プールから上がり、就寝前。
「だから本当だよ。さっきの画像はちゃんと消したから」
「ホントかなあ」
友希は訝しげにジト目で小鳥遊の事を見つめる。
信用できない、と言いたげに溜め息もつく。
「それならいいんだけど。でも、今日はみずきの隣では寝ないから。いこ、雨音ちゃん」
友希は真中の手を引いて、小鳥遊とは反対側の布団へ移動する。
小鳥遊が何かを言う前に、友希は布団に潜る。
板挟みになっている真中は苦笑いを浮かべることしかできなかった。
翌日。
「のう友希、あれ、気付いておるのか?」
熊捕の指差す方を友希が見ると、小鳥遊がそそくさと物陰に隠れた。
朝起きた時には既に小鳥遊は部屋におらず、朝ごはんの時も離れて食べていた。
「うん、気付いてはいるけど……」
物影には、目にクマを浮かべて物寂しげな表情をしている小鳥遊の姿があった。
「中性的な顔立ちも相まって、あれじゃあただのストーカーじゃぞ。早う仲直りしてくれんかのう」
「やだよ! だってみずきはスマホの中身を見せてくれないし! オーシャンズファンにならない限り許さない! もしくは、みずきがあの水着を着てくれるとかね。ふへへ、そしたら写真とろ」
今まで憤っていたはずの友希が、何を想像したのか最後だけにやけた。
熊捕にも、小鳥遊がちゃんと昨日の画像を消しているかは知らない。だが、消していたとしても、友希には見せられないだろうなと分かっていた。
「しゃあないのう……」
そして、友希に気付かれぬように1年生が集まって作戦会議を開く。
「喧嘩って言ったって、どうせすぐ仲直りできるんじゃないの?」
素っ気ない真中の対応に、小鳥遊は食い入るように反論する。
「それまで僕の身が持たないんだよ!」
「……アンタ、名古屋いた時はどうしてたのよ」
呆れる真中の顔を押しのけて、投山が割って入る。
「ならオーシャンズのファンになれば良いのだ!」
生涯神奈川県民だったのに、オーシャンズファンにならなかった負い目があるのか、投山はその案を推す。
「いや、それは無理かも」
簡単な話ではない。
ファンとは成ろうとして成れるものではない。特に、元々違うチームを応援している場合には。
言葉だけで繕ったとしても、すぐにばれてしまうのがオチだ。
「なら野球で見返すんじゃな。丁度ええことに今日は内野特守の練習じゃけえ。いつまで子供みたいに目を腫らしとるつもりじゃ。余計なことは考えるな」
熊捕にグローブを受け取って、小鳥遊は目を擦る。
今は野球の時間だ。それ以外の事に気を取られている余裕はない。
少しだけ、小鳥遊の目つきが戻った気がして、皆は安堵した。
それだけに、その後、あんな事件が起こるとは思ってもいなかった。
三遊間のボールを追って、友希と小鳥遊が正面衝突して意識を失うなんてことは。




