45話 死球なんて怖くない!
心中してくれる?
その言葉の意味を、投山も分かっていた。
時間が解決してくれる問題ではない、と心の奥底では分かっていた。
友希はキャッチャーの防具など、まともにスイング出来ないほどにプロテクターで体を覆って打席に立つ。
「桜ちゃん、これで当たっても大丈夫だから。当てても良い……ううん、当てて」
デッドボールのコースを投げろ。
投山も、厳しい指示が来るとは分かっていたが、それでも額に汗をかいた。
いくら防具を纏っていても、硬球が当たれば痛いに決まっている。
それに運悪く隙間にでも入れば、怪我をする可能性だって十分にある。
……人間だから、コントロールミスはある。
それでも、死球なんて避けられる。当たっても怪我なんてしない。
そんな印象を、実際に植え付けなければトラウマは克服できない。
「まずは外角からよ」
真中の指示通り、アウトコースから徐々に要求をインコースに近づけていく。
友希が防具をつけているからか、いくらか改善はしていた。
インコースにも要求通り投げられる、が。
「まだ、いつも通りとは言えんのう」
だが、打者をのけぞらすようなボールは投げられない。
球威は戻っている。すっぽ抜けもない。
友希たちは全員、それに対して尊敬の念を抱いた。根本的に治っていないのに、一日でここまで修正できたことに。
それでも、まだ遠い。
デッドボールのコースに構えても、甘いインコースのストライクゾーンにしか来ない。
クロスファイアは、打者がのけぞるようなコースでなくては意味がない。
これでは、強打者にとってはただのホームランボールだ。
「はぁ、はぁ」
あのスタミナのある投山が、30球ほどで息を上げる。
真夏で、しかも試合のように攻撃で休む時間もない。
それを加味しても、いつも以上に疲弊していた。
感覚がなくならない寸前のところまで、ギリギリを付いている。
言ってみれば、これ以上コースを厳しくすれば、死球になる可能性があるという事だ。
死球を当てろと言われていて、頭では分かっても身体が拒否している。
それを見かねて、友希はもう1歩死地へ踏み出すことを決めた。
「……暑いし、もう防具なんていらないよ。当たっても怪我なんてしないし。インコースが全部ストライクになるんなら、バッティングピッチャーには丁度いいかもね」
友希が防具を外す。
敵意剥き出しで、刺すような目線で投山を見る。
ヘルメットで影が出来ているのも相まって、投山からは友希の目が、悪魔のように映った。
「友希ちゃん……」
審判役をしていた小鳥遊が心配そうに声をかけたが、友希は打つ構えを崩さず、ただ投山の方を見据える。
「うっ……」
分かっている、投山も。
これが友希の演技であることくらい。
言いたくない言葉を、心を鬼にして、投山のために口にしている。
そんなのは分かっている。
でも、だからこそ投山は悔しかった。
自分のせいで、危険を顧みず打席に立っている友達がいることに。
血が、熱くなるのを感じる。
熱く、滾る。
今まで、左腕に血が流れていなかったのではないかと思うほどに、感覚が研ぎ澄まされていく。
「わ、我は、大魔王サタンなのだ。……友希。後悔するでないぞ!」
瞬間、投山の雰囲気が一変した。
大魔王。
口調は変だが、マウンド上に立つ投山には、確かに威圧感が垣間見えた。
友希は、似たような異名を持つピッチャーが、黄金期のスターオーシャンズにいたことを思い出す。
応援しているはずなのに、どこか恐怖を覚えたものだ。
今は実際にバッターボックスに立っているせいか、あの時と、いやそれ以上に恐怖を感じる。
「さあ、来て!」
投山が振りかぶる。
友希は避けることだけを念頭に置いていたはずだったが、身体は違った。
打ちたい。
純粋に、勝負がしたい。
……投山はいつもと同様に、流れるようなフォームで、インステップで踏み込む。
だが右足を接地した瞬間、直感した。
踏み込み過ぎた、このままだと本当に死球になる、と。
どうすればいいか、頭で考えるよりも先に、身体が反応した。
元々柔らかい手首を更に捻り、ボールの下を切るのではなく、内側を切ってシュート回転をかける。
……ボールの軌道は、完全に死球のそれだった。
避ける手筈ではあったが、打ち気があった友希はギリギリのところで躱す……が。
ボールは、ストライクゾーンまではいかずとも、そのギリギリまで食い込んできた。
動体視力と反応に長けたキャッチャーの熊捕でさえも、ミットに当てるのが精一杯だった。
まさか軌道が変化するとは予想していなかった友希は、後ろに足を出すのも忘れて尻餅をつく。
「今の、球は……?」
シュート。
ナチュラルにかかった、初期の棒球とは違う。
打者の手元で急速に曲がる剃刀シュート。
「桜……アンタ、今の球もう1度投げられる……?」
投山の横で見ていた真中にも分かった。
今まで見たことのないその軌道が。
要求のまま、投山はシュートを投げる。
死球の軌道ではないが、打者をのけぞらせるコースからストライクゾーンに切り込んでくるシュート。
感覚が研ぎ澄まされた投山は、ストレートも要求通りに投げられるようになっていた。
「ふふ……ふはははは! 見たか! これが大魔王サタンの力なのだ!」
投山の隣にいた真中が、小さく投山の帽子を叩く。
「なに調子に乗ってるのよ。全く、他人をこれだけ心配させて」
『カキィン!』
右京が打った打球がレフトへ伸びる。
狭いグラウンドならホームランになってもおかしくない飛距離だが、レフトに広いため、予め予測していた左門が苦も無く捕球する。
「段々、どこに来るのか分かって来たわ」
「ムキー! また捕られたネ!」
「次はわたくしの番ですわよ」
一之瀬が入れ替わりで打席に入る。
バッティングマシンの球とは言え、一之瀬はライトのネットを越えて中庭の方まで打球を飛ばした。
「ヘイ、ユミ! 早く交代ネ! 次こそミーも柵を超えるデス!」
「そうは言いましても、飛距離で言えばわたくしとあまり変わりませんわよ?」
「全然違うネ! 角度のせいデス!」
物凄いアッパースイングで素振りを始めた右京に監督が釘を刺す。
「右京さんは一之瀬さんの真似をしちゃいけませんよー。……あれー? ニノさん、どうかしましたかー?」
「いやぁ。どうやら、1年生も上手くいっているみたいだなぁ、と思ってねぇ」
バッティングマシンにボールを入れていた二宮が、ブルペンの方を見て小さく笑った。
次の練習試合が、待ち遠しい。




