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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠@11/12「縁談広告。お飾りの妻を募集いたします」


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『ぎょくよう』のおもひで

夕立様に捧ぐ


条件:「き」「ぎ」「ょ」「よ」「く」「ぐ」「う」「ヴ」を使用してはならない

「え、だから(なつ)()ないんだろ?」


 背負(せお)ったランドセルをかたかた()らしながらの(かえ)(みち)(こころ)から(おどろ)いたとでも()いたげな(かお)で、幼馴染(おさななじ)みが返事(へんじ)をしました。一体(いったい)(なに)(かんが)えているのやら。担任(たんにん)先生(せんせい)(あたま)(かか)えて(なげ)いておられることだと(おも)います。これでは、一番(いちばん)歌詞(かし)(はな)名前(なまえ)だって、()(もの)勘違(かんちが)いしているやもしれません。


「あなたの(かんが)(どお)りなら、そもそも題名(だいめい)は『(なつ)()ぬ』になりますね。今回(こんかい)場合(ばあい)は、(すで)にあった過去(かこ)であり、つまりすっかり(なつ)は……」


 わたしの説明(せつめい)(はじ)まるなり、(かれ)(あわ)てて()()しました。(さっ)するに、煩雑(はんざつ)(なが)いわたしの(はなし)(いや)になったこと、そして(なら)(ごと)準備(じゅんび)をやっていないのではないかと(おも)われます。明日(あした)明日(あした)(かぜ)が……なんて()ってはばからない(かれ)のことですから、本日(ほんじつ)提出(ていしゅつ)課題(かだい)そっちのけで、趣味(しゅみ)のサッカーにのめり()んでいたはずです。


 幼馴染(おさななじ)みの背中(せなか)()ながら、わたしはこっそり(わら)()しました。やはり(いま)(かれ)古語(こご)について説明(せつめい)したところで、(なん)のことだかさっぱりわからないし、そもそも関心(かんしん)だってないに(ちが)いありません。


 「もののあはれ」に、「()び」「()び」。(みやび)なんて言葉(ことば)からはほど(とお)幼馴染(おさななじ)みの姿(すがた)(なつ)欠片(かけら)そのものの溌剌(はつらつ)としたあなたが、(いま)のわたしにはとても(この)ましいものに()えます。


 あの()出会(であ)ったわたしは、(なつ)()げるだけのしがない(わた)(どり)。あなたが()てあましたお(ひま)をつぶすことさえ(むずか)しい()(さま)でした。まずあなたに忍音(しのびね)を。その一心(いっしん)(わた)りを()わらせたのだと()げたなら、(わら)われたかもしれませんね。(そと)をしみじみ(なが)めながら、(せつ)なげに(こえ)()らすその姿(すがた)を、わたしは恋慕(こいした)ったのです。せめてわたしに狐狸(こり)(おな)(ちから)がありましたら。高望(たかのぞ)みなどせずに、おなごの姿(すがた)無心(むしん)にお(つか)えしましたものを。


 どんな時代(じだい)のあなたも、とても繊細(せんさい)(かた)でした。()もない()(はな)さえも()をかけ、にも(かか)わらずその(やわ)らかな(こころ)大切(たいせつ)なひとにこそ()みにじられた、(あわ)れな(かた)でした。


 ()()(ちから)がありながら、(たまご)他人(たにん)()しつける因果(いんが)(とり)。そんなわたしたちを、あなたはどんな(おも)いで()つめていたのか。(はは)として立派(りっぱ)(まえ)()かれていたあなたの御心(みこころ)(おもんばか)ることの(むずか)しさ。


 (みじか)(いのち)輪廻転生(りんねてんせい)(なか)で、わたしは毎度(まいど)必死(ひっし)にあなたを(さが)しました。(のど)(つぶ)し、血反吐(ちへど)()いてまで。それを(あわ)れに(おぼ)()したのか。ある()突然(とつぜん)、わたしはあなたと(おな)言葉(ことば)()わす(ひと)にかわっていたのです。


 喀血(かっけつ)などに(なや)まされることもない、戦地(せんち)(いのち)()とすこともない。まさに(たいら)なるこの時代(じだい)(いのち)()たあなたは、さらに素晴(すば)らしい時代(じだい)をただひたすらに(すす)むことと(おも)われます。


 (なが)した(あせ)(かぜ)(かわ)かしながら、(はし)()けるあなた。そんなあなたは、今度(こんど)(だれ)(こい)をするのか。その相手(あいて)はたぶんわたしではないと(かんが)えると、(すこ)しだけ(せつ)ない心持(こころも)ちになります。それでも(いま)のあなたなら、安心(あんしん)です。今度(こんど)こそ、(やさ)しいあなたが()(つぶ)されることのない、平凡(へいぼん)(すこ)やかな(せい)()ごせることを(いの)って。わたしは(いと)おしいメロディを、(そら)()かって(たか)らかに(はな)つのです。

・『夏は来ぬ』(なつはきぬ)

佐佐木信綱作詞、小山作之助作曲の日本の唱歌

(2013年まで著作権があった。現在は著作権切れ)



・一番の歌詞は以下の通り。

卯の花の 匂う垣根に

時鳥ほととぎす 早も来鳴きて

忍音しのびねもらす 夏は来ぬ


卯の花は、ウツギの花の別称。白く可憐な花を咲かせ、初夏の風物詩とされる。おからの別称は、この花からきている。


忍音とは、その年のホトトギスの初鳴きのこと。(諸説あり)『枕草子』第41段でも、夜中に目が覚めてしまい忍音を聞きたくていてもたってもいられず、寝ずにこれを待つ様が描かれている。


ホトトギスは、カッコウの仲間。託卵の習性により、ウグイスの天敵とされる。「鳴いて血を吐く」と言われることから、喀血した正岡子規はホトトギスの漢字表記のひとつの「子規」を自分の俳号とした。



・永福門院の和歌は、この歌詞に影響を与えたという説がある(別の人物を推すなど、こちらも諸説ある)


ほとゝぎす空に声して卯の花の垣根も白く月ぞ出でぬる(玉葉和歌集夏319)

 

【口語訳】

ほととぎすよ。

お前が空にひと声鋭く啼き

静かに去って行ったころ、

白い卯の花の咲く垣根をいっそう白々と染めて

月が姿を見せたことだよ。


この和歌は『玉葉和歌集』におさめられており、永福門院の和歌はこれを含めて49首おさめられている。なお永福門院の和歌には、「憂し恋」というキーワードがたびたび見られる。玉葉とは、美しい言葉を意味する。



・永福門院

西園寺さいおんじ) 鏱子しょうし)のこと。鎌倉時代の歌人。伏見天皇のもとに女御として入内、さらに中宮となる。当時10名いた后妃のトップだが、唯一実子に恵まれず、典侍五辻経子が生んだ東宮胤仁(のちの後伏見天皇)を猶子とし、手許で育てた。

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