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リポグラム短編集〜『あい』を失った女〜  作者: 石河 翠


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42/74

『かぶん』なる愛などなくとも

惠美子様に捧ぐ


条件:「か」「が」「ふ」「ぷ」「ぶ」「ん」を使用してはならない


この作品は、アンリ様による「クーデレツンジレドンキュン」企画に参加しております。

「夜伽(よとぎ)にお呼(よ)び頂(いただ)きましたこと、心(こころ)より……」

「世辞(せじ)は結構(けっこう)。さっさと始(はじ)めて」


 跪(ひざまず)き、あわよくばこちらの手(て)に口(くち)づけようとする男(おとこ)の口上(こうじょう)を遮(さえぎ)ると、わたくしは男(おとこ)を寝屋(ねや)へと通(とお)した。ゆっくりと横(よこ)たわり、そのまま良(よ)く見(み)えるように細(ほそ)い腰(こし)をあげる。男(おとこ)を誘(さそ)うように揺(ゆ)れるまろみ。それを見(み)た男(おとこ)の滾(たぎ)りと、息(いき)をのむ気配(けはい)。けれどわたくしには、毛(け)の一筋(ひとすじ)ほどにも興味(きょうみ)のないことだ。


 そのまま黙(だま)って脚(あし)を開(ひら)く。早(はや)く終(お)わらせてほしい。あのひとでないなら、誰(だれ)と睦(むつ)みあったところで同(おな)じこと。どうでも良(よ)い男(おとこ)の愛(あい)など、ただただ鬱陶(うっとう)しい。


 必要(ひつよう)なのはこの男(おとこ)の子種(こだね)だけ。たとえ同族(どうぞく)とはいえ、男(おとこ)への愛情(あいじょう)などない。そう宣(のたま)うわたくしとて、国(くに)を富(と)ませるための道具(どうぐ)に過(す)ぎない。産(う)めよ、育(そだ)てよ。一体(いったい)いつまで子(こ)を産(う)めば、わたくしは許(ゆる)されるのだろう。この男(おとこ)の次(つぎ)はまた別(べつ)の男(おとこ)。己(おのれ)の宿命(しゅくめい)の厭(いと)わしさよ。


 わたくしの憂(うれ)いなど知(し)らず、男(おとこ)たちはわたくしの心(こころ)を欲(ほ)しいのだと言(い)う。取(と)り立(た)てて功績(こうせき)を残(のこ)すこともなく、侍女(じじょ)のように城(しろ)で働(はたら)くこともなく、国(くに)を支(ささ)えるために遠(とお)くまで働(はたら)きに出(で)ることもない。子種(こだね)を撒(ま)くだけのただ飯食(めしぐ)らいのくせに、わたくしの心(こころ)を欲(ほっ)するなど!


 わたくしは、己(おのれ)の望(のぞ)みを知(し)っている。誰(だれ)に何(なに)を言(い)われても、男(おとこ)たちの手(て)を取(と)ることは決(けっ)してないのだ。


「言(い)ってるだろ、俺(おれ)にしとけって」


「貴女(あなた)になら命(いのち)を捧(ささ)げられる」


「生(う)まれるずっと前(まえ)よりあなたをお慕(した)いしておりました」


 いきなり部屋(へや)の隅(すみ)に わたくしを押(お)し倒(たお)して、睦言(むつごと)を囁(ささや)いてみたり。唐突(とうとつ)に首筋(くびすじ)に刃(やいば)を突(つ)きつけてみたり。はたまた地面(じべた)の上(うえ)で妄想(もうそう)に浸(ひた)ってみたり。まったく男(おとこ)とはどうしようもない生(い)き物(もの)だこと。


 それぞれの気取(きど)った仕草(しぐさ)にため息(いき)さえこぼれる。ああ、全(まった)く癪(しゃく)にさわる。それゆえにわたくしは、定期的(ていきてき)に適当(てきとう)な男(おとこ)を見定(みさだ)めるのだ。


 それほどまでに愛(あい)を乞(こ)うのであれば、好(す)きにすると良(よ)い。わたくしに選(えら)ばれても、選(えら)ばれなくとも、男(おとこ)どもは、どうせみなすぐにあの世(よ)へ旅立(たびだ)つのだ。己(おのれ)を抑(おさ)えつけ、浅(あさ)ましく腰(こし)を押(お)しつけてくる男(おとこ)をそうとは知(し)られぬように嘲笑(あざわら)う。


 わたくしは、愛(いと)しいひとを思(おも)い出(だ)す。逢瀬(おうせ)さえ望(のぞ)むべくもない、あまりに遠(とお)いあなた。白(しろ)くまばゆいあなたの鎧(よろい)。ちらりと見(み)えたあなたの瞳(ひとみ)は、わたくしと同(おな)じ黒曜石(こくようせき)の色(いろ)。あなたはわたくしの心(こころ)など、きっと知(し)らない。この国(くに)の宝物(ほうもつ)を、侍女(じじょ)たちの手(て)よりただ受(う)け取(と)るだけ。


 それでも良(よ)いのです。あなたさえ幸(しあわ)せでいてくれるなら、わたくしはそれだけで良(よ)い。あなたを傷(きず)つけるものを、わたくしは許(ゆる)さない。あなたのために、子(こ)を産(う)み、この国(くに)を素晴(すばら)しいものにいたしましょう。領土(りょうど)を広(ひろ)げ、ますます多(おお)くの宝物(ほうもつ)をあなたに捧(ささ)げられるように。それであなたを幸(しあわ)せにできるというのなら、わたくしは同族(どうぞく)だって犠牲(ぎせい)にできる。



ーーーーーーーーーーーー



 俺(おれ)はネット越(ご)しに額(ひたい)の汗(あせ)を拭(ぬぐ)うと、巣箱(すばこ)を取(と)り出(だ)した。主(おも)な採蜜(さいみつ)の時期(じき)はもっと後(あと)だけれど、この時期(じき)でもやらないことはない。いずれも群(む)れの状態(じょうたい)によって異(こと)なるのだ。そっと外(はず)したスノコにはもごもごと動(うご)くミツバチの群(む)れ。ゆっくり息(いき)を向(む)ければそれだけで、巣箱(すばこ)の主(ぬし)たちはこちらの意(い)を汲(く)むように離(はな)れていってくれる。


「マジで、羨(うらや)ましい。僕(ぼく)、ここに入社(にゅうしゃ)して以来(いらい)、結構(けっこう)しゃれにならないくらい刺(さ)されてますよ。って、ほらまた、いたっ!」


 まあ気(き)をつけろよ。俺(おれ)はそれだけ言(い)うと、また作業(さぎょう)に戻(もど)る。ハチとの相性(あいしょう)というものもあるのだろう、俺(おれ)は蜂(はち)に刺(さ)されることはほぼない。初(はじ)めて仕事(しごと)をした時(とき)にちくりとやられただけだ。


 少々(しょうしょう)奇妙(きみょう)に思(おも)うものの、まあ気(き)にするだけ無駄(むだ)なことだ。そう言(い)えば、この仕事(しごと)を始(はじ)めて春恒例(はるこうれい)の鼻(はな)のむずむずも治(なお)ったような。プロポリスの効能(こうのう)とやらはさておき、やはり性(しょう)に合(あ)っているのだろう。


「女王様(じょおうさま)に愛(あい)されてるってことじゃないです?」


 しょうもないジョークに思(おも)わずすっ転(ころ)びつつ、俺(おれ)はまた作業(さぎょう)を始(はじ)める。巣箱(すばこ)の奥(おく)でひたすらに交尾(こうび)に励(はげ)む女王様(じょおうさま)。その恵(めぐ)みを今日(きょう)も恭(うやうや)しく、俺(おれ)は頂(いただ)く。

・ミツバチのオスは、交尾以外に役割がない。女王蜂のまわりをうろうろするだけ。そのため働き蜂であるメスからは疎まれており、羽をかじられたり、追い掛け回されたりと邪魔者扱いをされることもある。


・適齢期を過ぎたオスは、巣箱から追い出されたり、餌をもらえず餓死する。また交尾に成功しても、生殖器官が体から外れてしまい、やはり死ぬ。



アンリ様の「クーデレツンジレドンキュン」企画ですが、もともと惠美子様に頂いておりましたお題が「花粉」だったため(ネタバレにならないように、「過分」にわざと置き換えました)、動作はあくまで匂わせる程度です。


「壁ドン」「床ドン」「顎クイ(「おとがい」と書けない)」「肩ズン」……「か」「ん」が封じられていると苦しいものですね。しかしリポグラムはそれでこそ面白い。クールな女王様の胸がキュンとなる切ない恋でした。

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