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5-3 盲目




 その日エリーが二度目の起床をレアの店にて果たしたとき、時計は11時を指し示していた。

 いつもの通りクリスに連れられてここに来て、そして二度寝。起きたが頭は重く、まだぼぅっとする。それでも日課のようなもので、朝レアに注文してそれきりだった、テーブル上の冷えきったコーヒーへと無意識に手を伸ばして舐める。そして、そのカップの横に置かれた一枚のメモ帳を見て、静かに息をついた。メモ帳には一言、レアの名前を添えて外出してきますと記載され、さらにその下にはクリスの名前も連名であった。どうやら、寝ている間に置手紙がなされたらしい。そういえば、今日は朝から新規購入のサブマシンガンを受け取りに行くと言っていたなと思い出した。

 店内を見回す。レアはもちろん、クリス。そしてリリアもジゼットも、姿はない。

 コーヒーを舐める。テレビをつける。音量を下げる。眺める。

 それだけ。

 他には何もない。

 意識をすればつまらない世界だとは思考できるが、つまらないとは感じない。その感性をオフにしているから。何も起こらないのならそれでいいが、何がしたいわけではない。多分昼ごろになったらレアとクリスが帰ってくるだろう。あるいはリリアとジゼットがその前に来るかもしれない。そう予測しての時間つぶし。

 どうしようもなく。

 息を吐きたくなることも、ある。

 5分か、10分か、15分か。

 時計を見ていなかったがようやく脳みそがマトモな始動を始めた所で。チリンと、扉の鈴の音が鳴った。レアかもしれない、クリスかもしれないと、本人が気づかない程度の期待を掛けて、せめてもの礼儀でおかえりなさいと口にしようとして、そしてやめた。


「あらおはよ、エリー」

「ハンナ」


 リンクスの酒場を拠点にする黒髪の女性掃除屋、ハンナの姿を認めて、勝手な期待を掛けていたエリーはほんの少しだけ気落ちした。

 ハンナはエリーしかいない店の中を見回して踏み入り。


「レアは?」

「どこかに出かけた」

「クリスは?」

「新しいサブマシンガン、受け取りに行ったと思う」

「あんたは?」

「‥‥‥」


 エリーは答えない。答えられるようなことは何もしていないから。

 「別に」とだけ答えてソファを立ち、カウンター内へ。店主がいないのだから、来客を招く役はエリーしか居ない。エリーも客の一人ではあったが、勝手知ったるであるし、自分の立場を傘に放置するには気の引ける相手だ。


「何か、いる?」

「無料ならコーヒー一杯。しっかし本当誰もいないわね。他に客来るの?」

「しばらく見ない」


 毎日のかなりの時間ここで過ごしているエリーだが、他の掃除屋は殆ど見たことがない。客など、自分が掃除屋を始めた頃に見かけたきりではなかろうか。飲食店業を殆ど放棄している現在で、レアは本当にリンクスの斡旋屋で食っていく気があるのだろうか。と考えながらも棚からインスタントコーヒーを用意する。コーヒーミル自体はあったが、使い方を知らないから仕方ない。お湯は電動ポットのものがある。

 ひとまずはお客様にインスタントコーヒーを提供して、一息。するとカウンター席に座ったハンナが「横に座れ」と指定したので、おとなしく従うことにした。

 もちろんエリーからは、何も話さない。彼女が嫌いだからではなく、自分から語るようなことはないから。そんなエリーにハンナは頬杖をついて。そして懐からライターと煙草を取り出して一服。この店に出入りする人間は店主含めて誰も煙草はやらないが、店そのものは禁煙を標榜してはいない。よって咎めることではない。


「煙草いる?」

「いらない」

「テレビなんかやってる?」

「さぁ」

「もうちょっと何かないの。つまらない女って思われるよ」

「別に」


 別に構わない。そんなことには興味ない。年頃の人間の女性として少々間違った意見を持っているのは疑いないかもしれないが、自分の目的には不要だからエリーは気にも留めていない。

 ハンナは、おいしそうにと言うわけではないが、煙草をふかす。エリーの目から見ても、行為に、それなりに満ち足りている様子だった。そしてそのハンナは、煙草を持つ手を揺らしながら説教を始めるのだった。


「三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲。いい酒、いい煙草、いい飯屋にいい娼館。これぞ人間の欲求。何か希望言ってみなさい?」

「ない」

「男は、誰か知り合いでもいないの? 気に入らないとかでないならやるもんだけやっちゃいなさいよ。今時ヴァージンなんて価値ないし、一目ぼれの男とのラブロマンスも流行らない。強姦される前に慣れとけ。それともクリス同様潔癖?」

「さぁ」

「コミュ障極まってるわねぇ」


 ハンナは困り顔で苦笑。

 エリーにもこんな対応で申し訳ない、と思う気持ちくらいはあるが、やはり目的には関係ないしこんな対応しか取れなくなっていた。昔はもう少ししゃべれていた気がする、と言う記憶はあってもだ。

 それでも見放す気がないハンナは、用事までの暇潰しも兼ねて勝手にしゃべり続ける。


「私の知り合いにもいるんだけどさ。エリーみたいな奴」

「そう」

「男なんだけどさ。女々しいとかじゃなくて、この世に絶望しちゃったって感じ? 与えられた仕事以外にないからしがみついてる。で、休みの日は死人みたいに止まってんの。暇あるなら外食のひとつもして来いって言いたいんだけど、そうは行かないのが人の気持ちって奴よね」

「そう」

「エリーもそういう、余裕ない系?」


 余裕。

 もちろん、あるなどとはエリーは思っていないが。

 その弱音を吐く相手では、ない。


「別に」

「外の空気吸うだけでも違うよ。あぁそうだ、ついでに人探しもすれば?」

「人探し?」

「そう。リンクスにも小さく張り出されてるけど。いいじゃない、歩くついでに」


 リンクスは斡旋組織。確かに社会事情的に対ギャングの物理的掃除依頼が多いが、彼らに降りてくる依頼はそれに留まらない。失せ物捜索、警備員代わりの店のセキュリティ活動、遺体処理。果ては引越し手伝いの荷持ちやトラックドライバーまで。所詮掃除屋と言う名前はおのおのが勝手に名乗って定着しつつある名前にすぎず、多方面に手が出ている。何でも屋、と語ったほうが理解されやすいかもしれない。エリーとクリスも、掃除屋駆け出しのことはそういった雑事に近いことで小銭を稼いでいたこともあった。

 人探しもそのうちにある。戦争期にはぐれてしまった家族というものは一定数いて、その存命か否かを含めて依頼がある。しかるべき場所に行けば、そういった張り紙で溢れている掲示板にも出会えるというものだった。銃は撃ちたくない命を掛けたくない、と言う人間には一定需要があり、片手間にもできる仕事だ。


「やってるの?」

「専門職じゃないし、がっつりとじゃないけどね。探す分にはタダだからたまにチェックしてる。最近見たのはあれよ」


 そしてエリーは、耳を疑う単語を聞く。


「ジゼット・ヴァネルって少年。推定15歳」

「‥‥‥何」

「親御さんからの捜索願。北方在住らしいけど、この辺で目撃されてるのがその子じゃないかって噂。数年前の顔写真ならリンクスに行けば手に入るよ」

「その子がどうかしたの」

「小銭稼ぎの話よ。銃撃つだけが生活の糧じゃないよって事。もし見つけたら教えてね、今の話聞かせてあげたから報酬山分け」


 小遣いだけどね、と付け加えて携帯灰皿で煙草の火を消す。

 北方出身のジゼットという少年。姓は知らないが、該当する人間をエリーは知っている。

 しかしエリーは黙ることにした。別人の可能性だってあるわけであり、またジゼットのほうも何か事情のある可能性があるからだ。急ぎの話でもないのだから、ハンナへの返答は本人の確認後でも遅くない。そもそも、その子知ってるよときゃあきゃあ騒ぐような人間ではエリーはなかった。

 そうこうしていると、またしても扉の鈴の音が鳴った。

 今度こそはクリスであった。彼女は手にガンケースを持って満足した顔でやってくると、ハンナの姿に驚きつつも挨拶をした。もちろん上機嫌。


「ただいまただいま。届いたよ、届いちゃったよ新しい相棒」

「クリス、また買ったのね」

「うへっへ」


 涎を垂らさんばかりの勢いで、クリスはガンケースを開く。今回購入したのはC5PDW、手持ちにあるC5Kの派生モデルだ。伸縮ストックと大型フラッシュハイダーにより使い勝手を向上させているほか、彼女としては珍しくレッドドットサイトもオプション購入している。

 壊れてもいない手持ちモデルと同じ物を買う。購入者本人はC5Kの欠点を消したこの銃を手に入れてご満悦だが、無用な散財だとハンナは首を横に振るのだった。




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