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5-2 暖かな





 レアの店の食事は、もちろんレアが提供するものである。

 店に入り浸るエリーとクリスは掃除屋としても飲食を望む人間としても、確かにお抱えの客である。必要分の金を支払い、正当に食事を得ている。しかしレアは、彼女達をただ豚として食わせていく気は毛頭なかった。何せ店の働き手は店主一名。掃除から買出しから一人でやるのはあまりにも非効率的である。そして目の前には暇を持て余した生物達。彼女達は犬なのだ。野良だろうが犬だ。屋根を与えて食わせてやっているのだ。犬は犬らしく、たまには役に立って欲しいのである。

 そういうわけで。


「はい」

「・・‥‥」


 借り物のエプロンを身につけ、借り物のバンダナキャップも頭に巻いたエリーは、お店の包丁を右手に、台所に立たされていた。

 買出しに行かせるのも、料理の手伝いをさせるのも珍しいわけではない。レアが求めた時に、手伝わなければ今晩の夕食はなしと脅して手伝わせるのだ。そして火加減すら見れないクリスは使い走り、少しはまともなエリーはキッチンへというのも通例である。

 ぽんぽんと、エリーの目の前にじゃがいもを置いていくレア。皮をむけ、と言う意味だ。

 エリーは唇を結んだ。普段表情を変化させることが少ないエリーだが、例外のひとつにこれがある。エリーの料理の腕は確かに、比較対象がカップ麺がせいぜいのクリスと言うのが間違ってはいるのだが、彼女に比べればマシである。だが、数百メートルあろうが精確に弾丸をお届けする彼女も、皮むきと言う繊細な行動は苦手だった。これが自分の食べる分だけであれば手を切ろうがいびつだろうが気にしないが、誰かの口に入る品物である。

 だが命令だ。エリーはたどたどしくも包丁を動かす。そして、集中作業中にお湯を沸かせといわれ、他の食材を追加で渡されと横槍を受けては黙々と作業する。もちろん機敏とは到底いえない動きであり、レアがお目付けしているのは当然とも言うべきだった。


「・・‥‥」


 そんな様子を、じっと不満げに見つめる瞳があった。ここに出入りするようになった二人の子供掃除屋の片割れ。

 リリアだ。

 二人の作業をソファから眺めていたリリアは、最初こそじっと我慢していた。たどたどしい手つきのエリーと、必要以上に調味料を用意するレアと。そしてクリスが買い物から帰ってきて、取り出したベーコンを見つめてどうしてくれようこの食材という目でエリーが首を捻った所で、彼女はとうとう我慢できなくなった。


「あ~もう!」


 彼女はぴょんと飛ぶと、つかつかと歩いてキッチン横までやってきた。

 そして。


「わっ、あんた何やってんの!?」

「脱いでるのよ」


 男性のジゼットも居るこの場で、顔見知りしかいないとは言え、着ていたゴシックドレスを脱ぎ始めたリリアをクリスがたしなめるがお構いなしである。そして白の上下下着になった姿で、エリーの着ていたエプロンを脱いで渡すように要求する始末であった。彼女としては綺麗なドレスを油はね等で汚したくなかった為の措置であるが、少しは恥じらいを覚えろと女性陣からの視線を浴びたのは言うまでもない。が、リリアが意に介さないのもやはり言うまでもない。なお、唯一の男性であるジゼットはそっと視線を逸らしていた。

 これにはさしものレアも嘆息し、裏の自室においてあった適当な長袖の上着とスカートを持ってきてそれを着る様にいいつけた。そして晴れてレアのぶかぶか洋服とエリーの借りたエプロン類を身につけたリリアは、エリーどころかレアまでをも押しのけて自身がキッチンに納まる。


「私も?」

「レアの料理は味が変だわ」


 レアの食事はいつも辛かったり味がなかったり、焼きすぎていたり形が崩れていたり。その料理に使うはずのない調味料を使っていたり。食中毒を起こすようなことはしていないのがせめてもの救いであるが、救いはそこくらいしかない。

 リリアは腰に手を当ててキッチンを眺めると、笑顔でふふんと鼻を鳴らす。そして自信げな態度をもって調理を開始した。

 そんなリリアを横目に、クリスは隣に居るジゼットにそっと耳打ちする。


「ちょっと。あいつ大丈夫なの?」

「リリアのは、おいしいですよ」

「自分の奥さんの作った料理ならそら美味かろうけども、そういうの差し引いて」

「大丈夫ですよ」


 ジゼットは余裕の笑み。

 確かにそれを思わせるだけの動きの機敏さがある。自分のキッチンではない為調味料や器具の捜索には難儀しているものの、包丁使いを初めとして、お皿を用意したり洗い物をしたりなどの手つきは一切迷いがなく、きっちりとしている。そして良い匂いが漂い始めたところで、クリスも「お?」と思い意見を改めることにした。レアなら焦げた臭いが始まる所である。

 彼女の調理はてきぱきと続いていき。

 そして。

 盛り付けまで終えたところでエリーも配膳を手伝い、円卓に料理が並べられた。

 肉団子オニオンスープ、焼きベーコンとポテトの付け合せ、野菜の漬物。


「さ、できたわ」


 クリスは愕然とした。

 並べられた食事は明らかに、見た目からしてレアより上なのである。スープが透き通っている、肉が焦げていない。野菜は均一に切られていて、盛り付けは彩りに気を使っている。自分はカップ麺がせいぜいだというのに、自分より年下のこんなガキが、クソガキクソガキとこき下ろしてきた我侭姫がまさかこんな技能を披露してくるとは。

 女性として敗北感を感じるクリスを含め、エプロンを脱いだリリアも混ぜて、五人で円卓を囲む。


「ではいただきましょうか」


 そして、掃除屋と斡旋屋による夕食が始まった。

 彼女の料理の味はまさに見た目通りであった。肉には肉の味がきっちりと詰まっていて、野菜は程よく煮込んである。控えめな味付けだがそれ故にフォークとスプーンが進むと言うものだ。


「あんたどこで習ったの」

「山師のおじさんに教わったり、料理本を立ち読みしたり。私だっておいしいものが食べたいもの」

「あとは、気に入った料理店の人から教わったりとか」

「うん。ねぇねぇ、おいしい?」


 きらきらとした純粋な瞳でリリアがそう尋ねてきたので、これはもう降参だとクリスは素直に感想を述べた。


「うまいよ」

「ねぇ、エリーは?」

「ん、おいしい」

「よかった!」


 少しだけ頬を緩めるエリーに、リリアはくすぐったそうに、しかし幸せそうにはにかんでいた。


「こんなにうまいなら、もうここの料理長リリアでよくない?」

「犬の餌には贅沢すぎるわ」

「いや、使ってる食材同じだから贅沢も何もないでしょうよ」

「美味しい料理なら、飼い犬になってご主人様から頂きなさいな」


 澄ますレアの言葉に、クリスはある懸念を抱いて問いただした。


「レア。もしかして私達用の料理、わざとマズく作ってたりとかないよね? ちゃんと自分が食べる分の料理、辛くて焦げてるよね?」

「さぁ、どうかしら」


 微笑むレアに、エリーとクリスは不信感を募らせるのであった。

 そんな風に会話を弾ませながら料理に手をつけて、同じ円卓席にいる人たちの顔を見ていく。

 楽しいな、と思った。誰がではなく、皆が。

 小さな、幸福。




 □




「またね!」

「おやすみなさい」


 日も落ちてきた時間になって、リリアとジゼットはそう言ってレアの店を後にしていった。噴水広場近くのホテルに宿泊している彼女達にとってはそこが帰る家である。

 子供二人がここにやってきてからは、これが日常。子供夫婦二人で町に遊びに繰り出すこともあるが、そうでない時はレアの店にやってきて食べて、しゃべって、テレビを見て。そうして一日怠惰とも呼べる時間を過ごして別れる。

 あの一件以来、彼女達はまた「仕事」をしていない。

 そんな子供二人に手を振って、店の扉が締まったのを確認して。


「元気そうだね、あいつ」

「ん」


 エリーも頷く。

 ラモレール兄弟の件は、一ヶ月前の話。自分の友達の命を自分のナイフで奪うことになったリリアが、どう反応を見せるか。気を揉んでいた二人とジゼットだが、思い悩む様子もなく快活に振舞っている姿に少し安堵する。あの我侭娘が感情を隠して演技など出来ようはずもない、と考えると、何かしら本人の中で割り切ったのかもしれないと。

 元気ならば、それでいい。

 隣にいる友人を、友達の死をいまだ引きずっているらしい友人を見てクリスはそう思い、そしてなんとなくそういう気分だったので、ぎゅっとエリーに抱きついた。


「何」

「なんでも~、と」


 唐突に携帯電話が鳴り始めたので、抱擁をやめて手に取る。そしてコール相手を見て口端を吊り上げて、喜んで応対した。


「アナベル~、こんばん。どったの~?」


 電話してきたのはアナベルだ。一件以来改めて友人関係を結んだ二人は、こうして連絡を取り合う仲になっていた。

 クリスが電波の先の人間と他愛なく会話を始めてしまったので、一人になったエリーは席に戻ることにした。食後のコーヒーを舐めて、ぼんやりとテレビを眺める。日常と言うものだが、そのことにエリーは何も感じない。

 そんな彼女を、食器洗いを終えたレアが困った娘を見る目で見つめて。


「エリー」

「何」

「連絡があったわ。例の銃、受け渡しが出来るとの事よ」

「‥‥‥ん」


 曖昧に、エリーは答える。例の銃とは、武器商人サイモンのツテで修理を頼んでいた、ローズのスナイパーライフルの事だ。

 エリーは沈鬱になる。確かにあの銃はエリーの誓いの品であり、傍にないと落ち着かない。彼女が死んでから、毎朝起きてその銃の包みを見つめてきたのだから当然ともいえる。寝ぼけ頭でその包みがない事を見て、どこにやったのかと自分で驚いてしまう。だが同時に、それに触れることにいまだ抵抗も感じていた。

 もちろん受け取りに行く気はある。港町まで車で片道数時間。そういえばその港町にアナベルは住んでるんだったな、などと思い。

 エリーは、テレビを見つめる。

 興味のない世界が、眩しく光っている。




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