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5-1 銃と人




 銃。

 火薬を用いた鉄砲の原型は古くより見られるが、銃としての認知と量産配備の歴史は、マスケット銃からであろうか。弓兵のような長期訓練と維持費を必要とせず、弓兵のように白兵戦で脆くなく、弾丸は重騎兵や重歩兵の鎧をたやすく貫き、銃剣を着けて槍兵として対騎馬戦を行い、また近接歩兵として運用できる。槍と弓、重装歩兵と騎士の戦場を覆した歴史的発明品だ。

 フリントロック式、パーカッションロック式。銃兵は長い研究により、それまでの兵科を過去にする力を得るに至ったが、決して全能ではなかった。前装式マスケットは装填から射撃体勢になるのに20秒から30秒を要する。10発も撃てば銃が握っていられないほどの熱を持ち、鉛が銃身内に残り、暴発の危険が高まる。黒色火薬炸裂の有害な白煙が視界を奪う。そして何よりも。精度の問題が、「狙って撃つ訓練よりも連射する訓練」を兵士達にさせる原因になった。

 ライフリングもなく、先込め式のために弾丸も磨耗し、そもそも規格化されない鉛弾の質にばらつきがあり、したがってマスケット銃のその命中精度はひどく劣悪にならざるを得なかった。その数値は、人的に対して200メートルで25パーセントの命中率とも言われる。

 これだけが理由と言うわけでもないが、この銃の性能を解決する為に、当時の彼らは集団運用をした。すなわち銃兵を戦列歩兵と呼ばれる数百人の集団として構成させ、密集させて横隊を組み、号令と共に大量に投射すれば、どれかは当たると言うものである。単純計算すれば、彼我200メートルで100人対100人で同時に撃てば、ただの一斉射でお互い25人には命中する。

 この精度結果は「理想の兵士が理想の環境で行う場合」の射撃研究によるものであり、極度の興奮、緊張、疲労がもたらされる戦場においてその数値は減少する。当時の愛国心低い徴用兵の質が低かったこともまた事実だ。だがそれを加味したとて、マスケット銃兵の一斉射撃には、一度に数十人を殺傷できる潜在能力がある事実は揺るがない。戦列歩兵一個連隊あたり200名から1000名、その撃ち合いが戦場各地で、数千数万人の単位で行われるのだ。銃兵による戦争は、ものの数分で大量の死傷者を生む。



 はずだった。



 前装式銃がまだ使われていた頃の戦争で、このような話がある。とある戦闘が終わった戦場で、およそ3万挺の前装式銃が回収された。そしてそれらを調査したのだ。

 そして、とんでもないことがわかった。

 弾が装填されたまま放棄された銃が、4割近くもあったのである。

 弾を装填し終えたタイミングで都合よく殺傷した? 否だ。

 装填したまま、撃っていないのだ。

 このひとつが例外なのではない。5万発を消費して500人足らずの死体しか生まなかった戦場の話がある。渡された銃と弾薬を自分では使わず、隣で弾切れを起こした仲間に渡した戦場の話がある。ひとつの銃に23発も装填してある銃も見つかる。この日のためにと訓練を続けた兵士達がそもそも撃たない。ひたすら装填だけを続ける、あるいは撃った者も撃つ真似事をする、目を閉じて撃つ、虚空を撃つなどして、まるで敵に危害を加えなかったという調査結果が相次いで報告されたのだ。

 100人で一斉に射撃すれば25人に当たる。

 そうではない。

 100人もいれば、誰かが撃たなくてもばれない。撃っていないのが見つかっても、銃の故障だと言えばいい。適当に空に向けて撃っていれば、皆に合わせて装填作業をして見せれば、隊長の指示を聞いて仕事をしているように見える。

 派手な威圧色を纏った多数の戦列歩兵が、一斉に火薬の音を鳴らす。火薬の炸裂音、飛び交う弾丸の飛翔音で士気を挫かれる。誰かの弾丸によって自分が死ぬかもしれないという恐怖の中、目の前には何百人もの敵が整然と並び、敵砲兵の砲声が轟く。たった一人でも隣で倒れる人間が出れば恐慌して逃げ出し、一人が逃げ出せば全員が逃げ出す。雄叫び上げ足音轟かせ迫る歴戦の剣兵や戦列歩兵の銃剣突撃を見て、怯えて撃つ前に逃げ出す。彼ら戦列歩兵の戦争と言うものは、「どちらがより多く殺して殲滅するか」ではなく「どちらがより先に心理的圧迫に負けて逃げ出すか」であった。

 やがて時代は進み。銃の質は上がった。

 マスケット銃がライフルに取って代わった。

 実包が開発され、オートマチック機構が備わった。

 農民徴収兵から職業軍人になった。

 今時兵士に与えられる標準的なアサルトライフルの精度は、3MOAとして200メートルで17センチの集弾性能。つまり200メートル先の人的に命中するかを論じた場合、命中率100%と言って差し支えない。それらが20発30発マガジンを持ち、その数を指先ひとつで連射できる。規格化された銃弾は安定した弾道特性を約束し、防弾ベストや軍用ヘルメットを貫通できるようにしてある。バトルライフル、スナイパーライフルともなればさらに精密な世界になる。狙って撃てば、弾丸による加害は確約されたも同然。それを徴兵であれ志願兵であれ必要十分に訓練された兵士が扱う。

 効率化された殺人により、死傷者は加速度的に増大する。

 確かに、死傷者は空前の数値にまで達した。機関銃の登場、野砲や榴弾砲の飛躍的進化、航空機の登場と爆撃。国家間の総力戦は、数千万の屍を生み出した。

 機関銃の戦果は、旧態依然とした戦列歩兵戦法をまとめてなぎ倒した結果。砲兵は、ロングレンジでの有無を言わせない制圧の結果。航空機も、高空からの空爆による結果。戦果と呼ばれる死体の山はこれら面や範囲で攻撃できる兵器が生み出したものであり、小銃を持った歩兵が銃弾によって叩き出したものではない。

 変わらないのだ。

 撃たない兵士がいた。過去の大戦では全体の20%も発砲すればよいほうだとさえ研究された。わざと外す兵士が居た。誰も傷つけることのない弾丸の応酬に指揮官は頭を抱え、兵の尻を蹴り上げて叱咤する。そして彼らは轟く砲声と迫り来る敵兵に士気を折られ、武器を捨てて逃げ出す。銃兵の組織化から数百年。それは変わらない。

 なぜか。

 国家としては敵であっても、個人には相手兵士、いや人間への負の感情などどれほどもない。


「人は元来、同族殺しに抵抗を持つ生物」


 人は人を殺せない。人は、自分の手によって目の前で人が死ぬ様を見ることを嫌悪する。人間が歴史の中で培ってきた良心であり、倫理。

 ことに兵士とは、倫理を学び理解した成人が行うものだ。自分の引いた引き金によって人間が血を流し、呻き、倒れるそのすべてを見届ける事を恐れる。だからこそ、砲兵などは戦場の女神と言われるのだ。彼ら砲兵は指示された座標を地図で見て、弾着の成否を聞くがそこまでだ。照準し大砲に砲弾を込め点火しようとも、自らの行いによる人間の死を直に見届けることはない。加害に対する抵抗感覚は交戦距離が離れるにつれ失われ、人の命を奪うと言う行為への認識を薄れさせ、兵器は兵器として正しく投射される。性能通りの精度で飛び、加害する。

 では、神ではない彼ら歩兵は。銃を持つ彼ら歩兵の、幾多もいる殺人行為を拒む数百の中のわずか数名の、殺人を出来た人間とは何なのか。

 倫理を超えた理念を持った人間か。心を殺して与えられた使命を全うできる忠義心や精神を持つ人間か。殺すことが目的の殺人快楽者か。祖国を汚されることに復讐を誓った人間か。いかなる行いも神が許してくれると信じる人間か。いずれも該当はするだろう。少年兵など、殺人と言う事柄がどれほど重いものかを学んでいない人間は凶暴性が高い。人殺しに対する意識がないのだ。だがそれらも、全体のいくばくかでしかない。

 人間が、戦場で殺人行動を行える理由。

 それは、人間だからこそ。

 だがその人間性自体がこの、戦争と言う殺人現場において不相応な結果を招いてもいる。クリスマス休戦。人間性を持った現場の兵士達が、勝手に銃を捨てて敵兵と交流を始めてしまう。そんなものは、戦争と言う外交手段として、軍規としてあってはならない。

 そして世界は、次のステップへ進もうとしている。


「まずは薬物投与で兵士単体あたりの戦闘力を高める。肉体的にも精神的にも。副作用なければいわゆる特殊部隊、素質ある人間への投与で更なる戦闘力向上が見込める」

「核、化学兵器、無人兵器。便利兵器が出ようと、結局は何千何万規模の地に足をつけた人間による現場制圧が必要。特殊部隊だけでは足りない」

「結局は必要になる。兵器を兵器として運用できる、戦場で殺人を行える兵士の養成が」

「というわけで、人間を養成する方向で」


 パブロフの犬。

 犬にベルの音を聞かせ、食事を与える。これを続けると、やがて犬はベルの音を聞いただけで唾液を出すようになる。

 プログラムだ。

 同じことを人間にもやればいいのだ。

 人間に限りなく似せた人形に向けて撃つ訓練。敵を見ただけで正確に銃を向け、無機質に撃つ訓練。殺人への抵抗をなくし、兵器本来の性能を100%引き出す、完璧な兵士の養成。怯えも怯みも、迷いも悩みも、激情も人情もいらない。機械的に、指示された任務をこなせばいい。あるいは殺人と言う行為に獰猛ですらあるべきだろう。

 薬物による強化と、条件付けによる殺人。

 試作段階のその薬物には、人格へのダメージも報告されている。薬品を生み出した彼らにとって想定していないことではあったが、倫理と言う正常判断が出来なくなり「条件付け」がしやすくなるのであれば、それは立派な「効能」だ。


「不愉快な話ね」

「薬物で反応が出てる人間は薬の進歩に使えるモルモットだし、そのまま軍入りして条件付けをすれば即席でいい兵士が出来る。一石二鳥、素敵な話」

「狂っているわ」

「人間の歴史は狂気の歴史よ」

「世界は悪意に満ちている。それもひとつだけれどね。人間と言う本質は、中々変わらないと思うけれど」


 問いに、女性は皮肉めいた笑いを見せる。


「人間を特別視しすぎじゃない? 人間は、利益の為なら何だって行う、この世で最も残虐な生物よ」


 それは悪意。

 世界は、人間は、綺麗ごとだけでは回らない。

 悪意を持つ人間は、手段を選ばない。手段は人を強くさせる。強くなければ、踏みにじられるだけだ。より強いほうへ。より弱い人間を踏み台に。


「そんな地の底でも。誰かが優しくしてあげても、いいんじゃない?」

「死をばら撒いた元武器商人のお言葉としては、空虚だ事」

「武器は人を殺さない。人を殺すのは人よ」


 武器商人をやめて飲食店を営む女性の物言いに、彼女は肩をすくめる。


「レアと話すと疲れるわ」


 どちらがともなく。

 くすりと、微笑む。




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