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4-30 狙い、撃つということ




「畜生がぁ!」


 銃撃戦は、未だに続いていた。

 建物を放棄することを決めた彼らは、逃げられるようにあつらえられていた勝手口から脱走を始めていた。負傷者と投降の意思のある者と、ハイになって人の話を聞けなくなっていた者は居残りだ。それ以外は残りの武器を持って街路に出ている。そして脱出を目指す彼らと、色気を出した掃除屋とが小競り合いになる。

 ラモレール一家はいまだ負傷なく存命していた。

 リュックが、街路に止めてあった乗用車に近づく。そして抱えるように「持ち上げ」ると、砲丸投げの要領で掃除屋のいる建物へと投げ飛ばした。まさか自動車が文字通り飛んでくるとは人間誰もが思わなかっただろうが、危機だけは理解した彼らは慌てて頭を下げる。町全体に響くほどの派手な音を立てて壁にぶつかり、そして地面へ転げる。次は火炎瓶だ。火をつけた火炎瓶を父親から受け取ったリュックは、数十メートルの距離を易々と投げ飛ばしていく。コントロールは甘いが、発生した火災にこれも掃除屋は慌てて逃げていく。


「ざまぁみろ!」


 リュックも、ジェロームも、そして少年の力を知っている他の面々も歓声を上げる。

 一時的とはいえ追い払った、今は逃げるチャンスである。鬨の声もそこそこに、彼らは銃声から遠ざかろうと街路を走り始めた。

 そして。


「リュック、テオ!」


 夜に張り上げられた声と共に、兄弟は街路の先にいる影を見つけた。

 小さな影だ。街頭で照らされるその姿は、薄い黄のショートヘアの少年だった。

 それが誰かを知っているのは、その場では二人だけだった。そしてその片方、テオは彼の姿を見た瞬間、どうしようもなく怒りが爆発した。

 リリアとただ楽しく過ごせればよかったのに。彼が変なことを言ったから全部ダメになってしまった。台無しにした、憎い奴。


「あいつ‥‥‥っ!」


 手にしたライトマシンガンを握り締めて。

 すると、ジゼットは唐突に逃げるように走り始めた。


「逃げるなぁ!」


 テオもまた追いかけて、そんな彼の姿を見てリュックとジェロームも後に続いていく。他の面々はジゼットなどに興味はなかったので、そこからばらばらに移動していたが、そのうちの何人かは一応は立場のあるジェロームについていった。

 夜道だったが、そしてテオはライトマシンガンという十キロの重しを抱えていたが、テオにとって追跡はたやすかった。彼には、壁越しだろうと夜だろうと、人の影が「見える」から。どこへ隠れようと一緒だ。ただし他の者は彼ほど見えない。迷いある人間と迷いない人間の行動に差は付き、テオを先頭に、一団は時折見失いそうになるジゼットの影を追うよりもテオの背中を追う形となった。

 何百メートル移動しただろうか。

 彼らが、左側が家壁の三叉路に入り、まっすぐに抜けようとした瞬間。




 突如、テオとそれ以外の一団との間の道が激しく燃え上がり、瞬く間に炎の壁ができた。




 ガソリンか、火炎瓶か。まさか燃え盛る場所を突き抜けるわけにも行かない。いきなりのことにリュック以下は足を止めて、そしてテオはそんな事も意に介さずにただひたすらにジゼットの姿を追っていった。


「止まれ、テオ!」


 テオにとって、ジゼットの殺害は最優先事項。リュックやジェロームの声掛けも意味を成さない。そして彼の姿は夜闇の中へと消えていき、姿を目で追うこともできなくなった。

 消火できるような品物が傍にあるわけでもなく、またいつ消えるかもわからない炎の鎮火を悠長に待つわけにも行かない。仕方なくと、彼らは残りの右へ曲がる通路から行くことにした。いい加減に走って疲れてきたので、徒歩でだ。リュックだけはそんな事はなかったが、父親を置いていくわけにも行かずに彼も歩くことにした。

 彼らは兎にも角にもと歩く。

 ジゼットがいるのなら、逃げた先にリリアがいるのかもしれないなとリュックは思った。

 そうであれば大歓迎だ。今度は負けない。今度こそリリアを屈服させてごめんなさいを言わせて。あとは、テオが非常に怒っている様なのでジゼットも殺してしまおう。テオほどの憎悪は持っていないが、弟の言う通り、ジゼットが余計な事を言わなかったらこうはならなかった可能性もあるわけだし。

 リリアを懲らしめたら、彼女をどうしてやろう。自分より弱い人間は、どんな命令でも出せるのだ。自分の好きにしていいのだ。父親がやっているように。

 そして彼は。




 その幸せな支配欲を抱えたまま、数瞬の痛みと共に世界を飛び立った。




 □




 ニーリングポジションで、エリーはスコープを覗いていた。

 ダイオード電球で光る赤の照準線の先。一団が、そして標的の少年が、背を向けて歩いている。

 驚愕はない。相手は子供だということはとうに知っているから。喜びも怒りも、快感も恨みも、エリーにはない。それは仕事。誰かを助ける為に必要な、誰かを傷つける仕事。誰かを生かす為の、誰かを殺す行い。

 通路の先にはクリスが待機している。街路の脇の建物にはアナベルもだ。ここにやってきた「敵」は、ここで散らす予定になっている。自分が高脅威目標を最初に排除し、排除確認後に一斉攻撃。

 もし自分の狙撃で仕留められなければ。それは彼女たちの生命が脅かされることになる。敵がリリアほどの身体能力の持ち主だとすれば、それがクリス達に襲い掛かるのならば、クリス達は助からない。

 だから。

 歩いていく標的をその背後から、エリーはスコープで追う。

 頭蓋を貫けるのであれば、頭への銃撃は人を殺すのに正しい。頭蓋を貫けば脳のどこであれ致命だ。使用弾薬である7.62mm×54R弾ならばたやすい。だから頭を狙う。自分より小さい、子供の後頭部。

 見つめながら、思う。

 彼は、何か悪い存在だったのだろうか。

 ここで死ななければならないほどの悪人なのだろうか。

 疑問。

 それでも。

 自分が撃たなければ、彼は、この先で待ち伏せているクリスを殺すだろう。リリアにも手を出すだろう。だが自分が撃てば、それらを未然に防ぐことが出来る。自分の弾丸で、救える人間がいる。仲間を守ること。エリーにはやりたいことがあり、それこそがやりたいことであり、そのための覚悟があった。

 自分の銃弾で、守りたい人が守れるのであれば。

 誰だって、殺せる。

 エリーは静かに、そして確かに。

 指を引き絞った。

 7.62mm×54R弾の銃声が響く。

 銃弾は、正しく直進していく。

 後ろから延髄を射抜かれたその少年は、ただ一撃で前のめりに倒れていく。

 それを見届け、地面に伏せ止まった所へ、エリーはまた赤色のクロスヘアを向ける。銃口の大型フラッシュハイダーが射撃による発射炎を抑制し、視界を塞がずに連弾を可能にする。セミオート機構が、薬室に銃弾を咥え込んで次の意思を待っている。

 照準。

 もう一撃。

 次に狙ったのは骨盤。防弾の何かを着込める可能性が低く、太い血管が通り治療も困難な部位。

 照準。

 もう一撃。

 胸。心臓のある部位へ。

 三発のいずれもが、明確な殺意を持っている。三発のいずれもが、生命活動を停止させるのに必要十分以上のダメージを与える。少年がただの力持ちではない場合を考えての、望まれたオーバーキル。

 先頭を歩いていた少年が突然銃撃を受けて倒れたことは、残りの人間を混乱させるのに十分だった。元々士気などあってないようなもののところを、かろうじて少年が戦うことで保っていた人間達だ。目の前の遺体と言う現実と、どこからかわからない攻撃に晒されている恐怖は、彼らの疲労を吹き飛ばして逃走させる。人間、逃げようとすると脅威から逃げる方向へ、元来た安全な道を戻ろうとするか、自分より早く逃げ出した人間の後を追う。こうなると最早、クリスやアナベルによる追撃も不要だ。

 それらを肉眼で確認して。

 もう一度、スコープを覗き見る。

 少年が倒れていた。自分の銃弾によって倒れていた。

 少年の顔が自分を向いていた。その目が自分を見ている、ように見えた。

 誰を殺した所で同じだ。一命の射殺と言う等しい価値。だが成人の人間を殺すよりもなお、思うそれ。まだ世界を学ぶべき年頃の、まだ未来ある年頃の、まだやり直せる年頃の、小さな命を摘み取ったこと。


「ごめん」


 エリーは小さく、呟く。

 せめて苦しむことはなかったと、思いたい。

 物思うエリーの目の前に、ひとつの姿が現れた。

 少年の傍に跪いて、彼の体を揺り動かしている男性が一人いる。まだ逃げていなかったらしい。エリーはその男性に照準して。


「エリー、エリー」


 耳にしたトランシーバーから守るべき人の声が聞こえて、エリーは意識を戻した。


「何」

「もう撃たなくていいよ、そいつはこっちでやる」

「了解」

「一旦集合。ジゼットのほう援護しなきゃ」

「了解」


 答えて、エリーは立ち上がってライフルを担ぐ。

 この作戦に当たってジゼットの話した内容は、次の事だった。

 壁に隠れていたのに、唐突に撃ち込まれたこと。思えば山の時もそうだ。重機関銃を放ったのはテオらしいが、それを浴びることになったジゼットはやけに狙いが正しいと感じていた。

 レアの御伽噺。そして傍にいる少女の異能性。

 テオは、まるで透視でもするように周りが見えるのではないか。

 完全に推測だ。推測な上にオカルト的だ。そんなばかげた話、ジゼット自身、リリアを傍で見ていなければ思いつきもしなかっただろう。鼻で笑われるのを覚悟で、それでも手伝ってくれるエリーやクリス、アナベルを危険に晒したくない為に彼は語ってみた。

 当然のことながらエリーはそんな馬鹿なと感じていたが、なぜかアナベルは、そしてクリスも一定の同意を見せた。そしてそういう可能性もあるという前提で、この方法をクリスは取ったのだ。

 憎んでいるジゼットを餌に兄弟を釣り上げ、走らせて隊列を散らし。

 兄弟の距離が離れたところで、このT字路で両者を分断し。

 そして、人間の死角の背後から狙う。

 確実に分断して見せます。そうアナベルが語ったので、分断の方法は彼女に一任。結果があの、火炎瓶らしいものというわけだ。今回はテオが先行した為標的はリュックとなったが、それが逆だとしてもやることは変わらないし、結果も変わらない。いくら物を透かして見れる人間だとしても、頭に血の上った人間が、側面背後まで警戒して伏兵を見つけ出せるとは考えにくい。見つけたとて、個体識別して敵だと断定できるとは考えにくい。

 何にせよ成功ではある。成功は、クリスやアナベルへの危険を遠ざける。それについてはエリーも異議はない。

 後は、囮役を買って出たジゼットを助けなければ。こちらの方法もまた同様だ。適当な街路でエリーがポジションを取り、背後から撃つ。どれほど並外れた身体能力があろうと、人間、後頭部に目はついていない。7.62×54mmR弾の初速はものによるがおおまかに800m/s。発砲音だけを聞いて瞬時に避けるのは不可能と言っていい。リリアとて、足音などで事前に察知したり、向けられる銃口とトリガーの指を見て線を避けているのだから。

 建物を降りて、地上へ。

 同じく降りてきたアナベルと並んで、自分たちが狙った少年の元へと歩いた。そこでは少年の亡骸と、彼の前でうなだれている男性と、その男性にサブマシンガンを向けているクリスがいた。男が抵抗してきたら危ないとエリーは銃を向けていたが、相手に動く様子はない。クリスも得意の勘が働かないから出てきたのだ。

 これほど悲しむとは、彼が少年達の父親と言うことだろうか。三人が考えた通り、彼は父親のジェロームだった。教育内容は最悪でも、父親として最低限の愛情は持っていたらしい。

 そんな男性に。

 クリスは指で、手にしたサブマシンガンの射撃モードをセミに変えて。

 男性は顔を上げた。悲しみの表情だ。そしてそれが息子を奪った怒りへと変わる。

 その前に。


「泣くならやるな、馬鹿」


 三発の、銃声。

 そしてジェロームは、息子の上に覆いかぶさった。

 一体何度このような光景を見ただろう。一体何人の遺体を見てきただろう。

 慣れたが、慣れない。


「行こう。ジゼットを助けなきゃ」


 感傷に浸るのも程ほどにクリスは踵を返して。

 アナベルが、その背中に声をかけた。


「ごめんなさい、クリスさん」

「どったの?」


 窺うクリスに対し、アナベルは俯いていた。


「私、人が撃てないんです。だから、お手伝いできません」


 申し訳なさそうに、そして丁寧に頭を下げるアナベル。

 持ち上がったアナベルの顔は、片目を眼帯で隠してもなおわかるほど蒼白だった。そしてショットガンを持つ手もまた、小刻みに震えている。


「わ、私、人を殺したことがなくて。ダメなんです。ごめんなさい、本当に」

「船の時は撃って来たじゃんよ」

「あれは、当てないようにしてて」

「‥‥‥そっか」


 二人の遺体を見て気分が悪くなってしまったアナベルにそう頷くと、彼女の肩を叩いてクリスはなだめた。

 エリーとクリスは知っている。人を撃てなくなった人を知っている。彼女もまた、人の死を目の前にして震えていた。そういうものなのだ。人間とは本来、そうあるべきなのだ。仲間の為だと言って殺人を正当化できてしまうことのほうが、本当は間違っている。


「いいよ。わかるよ、それも。車に戻っててもいいし、迷子にならないよう付いてくるだけでも。好きにしな」

「はい、すみません」

「よしエリー。行こう」

「ん」


 エリーは小さく頷いて。


「リリアは?」

「あいつならそこで待たせてるよ」


 そうして道路の先、元々のクリスの待ち伏せポイントへと促したクリスはエリーを伴って、付いてくることにしたアナベルとそこまで歩いていった。


「お~い」


 角を覗き込む。

 だが、そこにあるべき少女の姿はなかった。




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