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4-29 無力




 援護の為にすぐ向かいにいたクリスは、リリアが銃声と共に外へと戻ってきた時点でいろいろと察したというものだが、次の瞬間にぞわりと『勘』の恐怖に襲われた。そしてほんの数瞬の葛藤の後、背後で待機していたアナベルに抱きついて共に床に伏せた。


「伏せて!」

「えっ、どうしました?」


 呆けるアナベルと体が重なった直後。

 銃声。

 それ自体はありふれているが、軽機関銃による継続的に発射された銃弾は、クリス達が今しがた窓周辺に突き立った。


「わ、わっ」

「リリア逃げろ!」


 言いながら起き上がり、クリスは腰から発煙手榴弾を手に取ると、ピンを抜いて相手の室内に投擲する。そして急いで身を起こすと、姿勢を低くしたままアナベルの手を引いてもっと奥へと退避を始めた。

 室内を狙ったグレネードは腕力が足りず扉付近で止まり、作動。白煙が噴出する。発火点から数メートルの範囲を煙が覆い始めた。煙の残留も考えれば2分近く、相手側からの視界は潰れる。その間に安全に逃げられる。

 はずだった。

 退避したクリスとアナベルは確かに無事だった。だがライトマシンガンの咆哮は止まない。別の建物で待機していたジゼットに向けて降り注いでいた。観測の必要もなく、したがって表に姿を晒さずはじめから物陰に隠れていたジゼットにとってあまりにも唐突な出来事であり、そしてあまりにも正確な着弾だった。まるで煙の中からでも見えているかのように。

 そしてそれはとうとう、エリーの隠れている部屋にまで飛び込んでいく。エリーもまた、たまらずに射撃姿勢を止めて身を低くする。


「ばれてたんかね」


 ひとまず安全な場所まで退避し終えたクリスが、エリーとジゼットの報告を聞いて呟く。納得はいかないが事実は覆しようがない。煙幕を張る前に見られていたのかもしれない。


「みんな、反撃しないで安全な所に隠れて。全員報告。怪我人は?」

「なし」

「ありません」

「‥‥‥」

「リリア、返事」

「‥‥‥大丈夫よ」


 トランシーバーでやり取りをする。元気のない返事だが、まさか負傷したわけではあるまいとクリスは思っていたし、事実リリアにはかすり傷ひとつない。

 さてどうするか。リリアの様子と帰ってきた時間からしても交渉以前の問題だったように推察できるし、後はもう自分たちがいつ『最終手段』を発動するかだ。

 スモークグレネードの煙がが晴れてきた。そして同時に、幾人かが建物から出てくる。どうやらこのまま全滅するよりも逃走を選んだらしい。掃除屋側もそれを把握したのか、両脇の人間が動き始める。掃討戦という名の鴨打ち、スコア稼ぎの為だ。もちろんそれで自分達の命を支払う気はないので、執拗に狙うつもりはない。

 表の突き合いをしてくれるならむしろ行幸である。一時は彼らに任せることにして、クリスは向かいの建物の裏手で一度仲間に集合をかけた。


「クリスさん。先ほどは助かりました」

「自分が助かるついでよ」

「クリスさんは、こういうのがわかる人なんですね」


 物言いにはっとして、クリスが振り返る。アナベルはにこりと微笑んではいたが、眼帯で覆われていない片眼は笑っていない。

 クリスは黙した。

 自分が「勘」だと思っているそれが、「そうではない何か」だと指摘されたようで。それが不快だったからではなく、あまり認めたくない話だから。

 黙るクリスに、アナベルは自らの眼帯の位置を直す仕草をして。


「驚きませんよ」

「‥‥‥あ、そ」


 話はそれで終わりらしく、またジゼットとエリー、そして遅れてリリアもやってきたことでクリスは彼らに向くことにした。一番はなによりも、伏し目でとぼとぼとやってくるリリアだ。


「交渉決裂みたいだけれどリリア、次は何をしたらいいかな」

「次、は‥‥‥」


 呟き、小さくかぶりを振る。リュックもテオも、話を聞いてくれる様子などないのだ。

 そして崩れそうな顔でクリスを見上げた。


「ねぇ、クリスの考えてる方法って何なの。教えてよ」

「あんたがギブアップしたら教えてあげる」

「‥‥‥今日は、帰ろうよ」

「あんたそれでずっと引き伸ばしたでしょ。次に何時会えるかもわからない。あの兄弟とは今日で話は済ませる」


 答えを欲しがる少女にそう突きつけて。

 リリアだって、もうわかっているのだ。話をするどころではなく、二人は自分に敵意を向けていること。そしてそれをどうにかする方法を思いつけないこと。あとはもう、それをリリアが認めるかどうか、それだけ。

 エリーが無言でクリスの脇に寄る。クリスとエリーの二人はもう、少女に対しての答えを用意している。

 リリアは考える。そして最早、クリスに泣きつく以外にないと判断した。


「クリスの方法、教えて」

「ギブアップ?」

「うん」

「私の方法に異議は認めないよ」

「わかったから、教えてよ」


 自分の許諾の言葉がどれほど重い意味を持つのかを知らずに、リリアは催促した。

 少女が意見を変えないか、クリスはリリアの瞳を見つめて数秒待った。そしてその様子がないことに息をついた。これでようやく、次にいけると。

 そして静かに、宣言した。


「私は、あのガキ共を殺す」


 どう曲解しようもない、答え。


「っ、何で!」

「他にないんでしょ?」

「だからってどうしてそうなるの!」

「重機関銃をぶっ放して、今日もすぐにリリアと戦って。このまま野放したら、あいつらは今日よりももっと多くの人間を殺すことになる。あんた、あいつらに人殺しさせたいの?」


 卑怯な言い方だとは理解した上でクリスは語る。

 リリアは、答えられない。

 以前のリリアだったら、「どうでもいいことでしょ」と答えただろう。けれど今のリリアはそうではないと、推察と期待をしながら続ける。


「あいつらはちょっと前のリリアと同じだよ。殺せるから殺す、覚悟なく殺す。誰も彼も。ねぇリリア、どんな気分になった? そんなのが楽しかった? そんなのが正しいと思った?」

「‥‥‥私は」

「楽しかったんなら、それでいいって言うなら今すぐやって来い。あそこにいる連中全員ナイフでぶっ殺して、あのガキ共もぶっ殺して来い。あいつらと一緒に暴れたいんなら駆け落ちでもいい。行ってきなよ」




―――あなたは、人を殺したいの―――




―――君は、人殺しが嫌いなんだ―――




 呪いの言葉が、リリアの頭の中に響く。

 自分は、違う。熱くなるほど高揚するけど、楽しかったわけじゃない。正しいかはわからないけど。

 自分がリュック達と同じことをするという事。

 それは、敵と思ったら話も聞かずに引き金を引くこと。


「あのガキ共の勝手は自由だよ。でもね、ガキ共の勝手で誰かが死ぬ。今だって私もエリーも、ジゼットも撃ち込まれてる。何か間違えば死んだかもしれないってことよ。あんたがあいつらと絡もうとするたびに、その危険の中にエリーやジゼットを投げ込まなきゃいけなくなる。次は、次は本当に怪我するかもしれないし、怪我だけじゃすまないかもしれない。そんな事私は許容しないよ、だから今日で終わらせる」

「だからって」

「すみませんが、私も賛成です。手伝います、クリスさん」


 まず同意を見せたのは、アナベルだった。


「なんで」

「クリス、手段は」

「エリーも」

「‥‥‥ごめんリリア。僕も。いいとは思わないけど、他にない」

「ジゼットまで、どうして」


 一番の信頼を置いていたジゼットからもそう言われて、リリアは喚いた。


「そんなの、そんなのってないわよ! わ、わかったわ。もう私、リュック達と会わないから。だからそれはやめてよ!」

「向こうから来たら?」

「関係ないでしょ、クリスには関係ない!」

「関係なくない。あんたの為にジゼットは体を張るし、エリーも動く。で、今さっきみたいにエリーとジゼットが撃たれるのよ。あんたの傍にいるばっかりにね」

「だって、だって!」


 リリアは叫んだ。子供だった。どうしようもなく子供で、それ以外に口に出来なかった。

 クリスだってわかっている。こういう反応を返してくるだろうと、当然わかっていた。それでも誰かが危険に巻き込まれない為に、そしてこれ以上リリアが余計に傷つかないようにするには、この件を今日で終わらせるしかないのだ。ひどく暴力的な手法だとわかっていても、他にはクリスにも思いつかなかったから。


「嫌ならどうすればいいかわかるわよね」

「お、お願いクリス。やめて!」

「誰が嘆願しろって言った。そのサブマシンガンとナイフを使えばいいのよ」


 腰につけているスローイングナイフを。バッグにしまっている銃を。

 武器だ、力だ。今まで自分の好き勝手の為に振りかざしてきた、誰でも黙らせてきた手段。

 ここでクリスを黙らせてしまえば。

 爆発した感情による突飛な行動だった。力は使わない通常の速度で、リリアは腰に手をかざすと、逆手にナイフを抜き、突き立てるために振りかぶる。勘こそ働かなかったもののさしものクリスも体をこわばらせ、そんな二人の間にエリーは割り込んだ。クリスを庇う為だった。

 唐突に庇い行動に入ったエリーを、クリスは慌ててどかそうとする。自分は大丈夫だと述べるも、頑なにどこうとしないエリーと押し合いを続けて。

 その光景まで見せ付けられて。

 友達とは、こういうものなのだ。

 こんな人たちにナイフを向けて、自分は何をやっているんだろう。リリアは無性に悲しくなった。

 その少女の正面に立つ人間がもう一人いた。ジゼットだ。彼は首を横に振ると、スローイングナイフを掴むリリアの手を包んで、そっと下ろさせた。


「ダメだよ、リリア」

「‥‥‥どうしてよ。どうして」


 エリーやクリスを傷つけたいわけではない。それはリリアもわかる。でもその為にリュック達を。それはどうしても納得できることではない。

 ふと、リリアの頭の中で別の人の別の言葉が響いた。




―――未来の見えない僕達には、より後悔がないと判断した選択肢を選んで、そして自身の選択を信じて進むしかない




 誰の言葉か思い出せなかったが。ひどい言葉だとリリアは思った。選択を出来なかったお前は諦めろと言われているようで。

 そんな少女に、エリーを押しやったクリスが近づいた。


「リリア」

「‥‥‥」

「どれだけ恨んでくれてもいいからさ。後は、私達に任せてくれる?」

「‥‥‥‥‥‥」


 リリアは語らずに、しかしもう弱弱しく頷いて、そして全部を目の前の人たちに任せるしかなかった。それが兄弟殺しを許容することだとわかっていても、リリアにはもう手はなかった。

 一応の許諾を得て。しかしクリスにとって問題はさらに先にある。


「でまぁ、当初はエリーの狙撃なり私がコンカッションサブマシなりで考えてたんだけど」


 予定が台無しになって、クリスは唸らざるを得ない。包囲下唯一の逃げ口で待ち伏せ、出てきたところを刈り取る予定だったのが、壁向こうに隠れていた自分達に撃ち込むばかりか、伏兵たるジゼットとエリーの位置を理解したかのように撃っていた。通常で考えれば、やはり配置時に既に見られていたと言う線だろうが。思わぬ反撃を貰って、果たしてその選択が正しいか―――こちらは誰も怪我せずに相手を殺害できるか―――を思い留まらせていた。

 正面からの撃ち合いは確実性に欠けるが、状況が状況だけに他の掃除屋と共同戦線で押し潰すしかないかもしれない。ありていに言って、無策交戦だ。

 そこまで考えたクリスに。


「クリスさん。少し、僕の話を聞いてもらえますか」


 ジゼットが、そう申し出た。




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