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4-27 聖なる夜




「で、具体的にどうするとか何かあるの、リリア」


 5人で相乗りした車の中、クリスが夜の道を運転をしながら後部座席のリリアに話しかけた。

 だが、そんなものがあるのなら苦労はない。


「この前みたいに、また私達だけ先に行かせてよ」

「この前はこの前、今日は今日でしょ。あんたら、チャンバラごっこしてたってジゼットから聞いたけど? それにこの前の、テクニカルから重機関銃撃ってた子供がその兄弟なんでしょ。あんたが顔見せた瞬間どんぱちじゃないの?」

「大丈夫よ。ちゃんとお話して」

「何を話すの」


 クリスの言葉には、隠しきれない棘があって。

 そしてリリアは、答えられない。何をどう話すのか。それを決められないのだから、答えようがない。彼ら兄弟は父親を悪く言われるのを嫌っていて、人殺しを躊躇わないほど経験している。そしてリリアの言うお話とは、父親は悪い人だからこれ以上父親の手伝いをしないでと、そういう話でしかないのだ。曲解できる余地もなければ、対話が通じる余地もない。

 黙ってしまったリリアを、クリスはバックミラーで見つめて。


「私もね、やるだけはやってみてもいいとは思うよ」

「じゃあ」

「その時は一人で行きな。ジゼットは待機」

「何でよ」

「あんたはぴょんぴょん弾丸を避けられるかもしれないけど、ジゼットは違うんでしょうが。あんた、ジゼットを死なせたいわけ?」

「そ‥‥‥それは」


 リリアが口を噤む。さすがの彼女とて、また前回のように戦うことになったらという懸念は持っていた。こと戦闘においては、自分がジゼットを守る立場になることもわかっていた。そして、あのリュックと、取り巻きの武装ギャングを同時に相手にして彼を守るだけの自信はリリアにはない。確かにリュックは自分よりほんのわずかばかり弱い、と言っていいのかもしれないが、リリアを過信させるだけの差があるわけではない。リリアをして悩むほどの力はあるのだ。

 ジゼットも同様、自分のことは理解している。何かあった時には自分の身を守ることすら難しい。所詮は戦争を齧った程度のただの少年だ。

 リリアにとって、ジゼットは精神安定剤だ。それくらいはクリスにも理解できている。傍に置いておく必要はあるが、それ以上に、彼を失った後のリリアの行動は非常に想定し辛い。お互いの為にもジゼットの身の安全は第一である。


「じゃあ、どうすればいいのよ」


 リリアは呟く。あれはダメこれはダメ。否定ばかりしないで答えを教えてと。

 クリスはしばし黙した。日の落ちた町を運転しながら。


「リリア」

「うん」

「うちとエリーとで話したんだけどさ。一個だけね、考えてるんだ。最終手段って奴よ」

「本当!?」

「ん」


 助手席のエリーも小さく頷く。少女の顔は見ずに。だからリリアは、言葉と動作だけを見て喜んだ。


「どうしようもなくなったらそうする。私達の手段を容認すること、これが条件。できるんなら、それまで好きにやりな。後悔ないようにね」

「うん。それで、クリス達は何をするの?」

「秘密よ。あんたはない脳みそを動かせばいいの」

「むぅ」


 あしらわれても、リリアは不機嫌にはならない。自分では考え付かなくても、クリス達が用意してくれている。いざとなればそれがある。その事実こそが大切なのだ。

 やがて車は現場近くにやってきた。適当な場所で車を止めて、「じゃあ挨拶だけしてくるから」と、クリスとアナベルは車を降りた。全員で行かなかったのは、リリアに好きなだけ悩む時間をあげる為でもあるし、ジゼットとエリーの付き添いは目付け役だ。アナベルが降りたのは、元々リンクス経由で依頼を受けたので他の掃除屋たちと顔を合わせておく為であった。

 それぞれの武器を手に、クリスとアナベルは集合場所と決められた建物に入る。この付近は最早珍しくもない放棄された区画であり、正規の住人は殆どいない。アパート丸ごと集合地点に指定しても、どこから苦情が出るわけでもなかった。

 クリスは待ち合わせには余裕を持つ気質だったが、それ以上にリリアが遅れたために、他の掃除屋達は既に顔合わせを済ませて各々の準備にいそしんでいた。もっとも、時間に間に合った所でやることもないが。前回共同したマティスがいれば、リリアが満足する時間を与えてやることも出来たかもしれないが、今回は不参加だと先に聞き及んでいた。相手がテクニカルを所有していたり、唐突に火災が発生して大騒ぎしたりで、あまり関わりあいたくないとの事。それもまた、生きるコツだ。

 代わりに、クリスは別の知人を見かけることになる。


「お、やっほ。ハンナ」

「社長出勤とは」


 そうは言いつつも、ハンナは笑みで答える。

 リンクスのバーで仕事を取る、「元ハウンド」の「現掃除屋」だ。同業ではあるが、クリス達がリンクスの酒場に足を運んだ時くらいしか顔を合わせる機会はない。その時は、男衆の中で可憐に咲く花という事で固まって世話話もするが。あとは、多少ながら依頼がかち合って協同することもある。今日はそんな日のひとつと言うことだ。

 

「ちょいと道に迷ってね。お話は済んだ感じ?」

「えぇ。時刻だけ合わせて、10分後に一斉強襲よ。キルオール、後はお好きに」

「そっかぁ」


 今からその予定を止めるだけの人望も猶予も、そして代えて提示できる作戦もない。できることと言えばこの話をリリアに伝えて、自由行動させるくらいだろう。完全に満足できる状況などない、あるものでどうにかしなければならないし、あるもので我慢しなければならない。世の中と言うのはそういうものだ。困ったことに。

 さらに詳しく話を聞く。標的の建物を三方向から囲んで叩く予定らしい。完全に包囲しないのは、それだけの錬度及び数的有利を掃除屋に期待できないこともあるが、逃げ出す奴は放っておけという依頼主からの指示が来ているためだ。生き残った奴を泳がせて、他のモグラを探し当てようというわけだ。この為、クラバニからも兵士が少数派遣されている。

 それに完全包囲を行えば、逃げられないと悟ってがむしゃらに抵抗してくる。それは面倒だ。今回の仕事は死亡を確認した敵の数によって報酬が変動する歩合制だが、だからといってわざわざ相手に背水陣を敷かせておく理由はない。

 クリスにとっては朗報だった。クリスの第一目標は報酬などではなく、「リリアに満足してもらうこと」だ。攻撃をかけない面でなら少女は自由に動ける。


(世話のかかる娘だよほんと)


 以前はエリーのことだけを気にかけていればよかったのに、どうしてこうなったのだかとクリスは自身に呆れる。


「じゃ、逃げる奴の背中を撃つ仕事でもしようかなっと」

「あなた、絡め手が好きね」

「戦列歩兵よろしく皆で横になってばんばか撃つのは趣味じゃなくってね」


 せせら笑っていると、ハンナは手でグラスを取り飲むような仕草を見せた。


「ねぇクリス。仕事が終わったらどう、リンクスに寄って一杯していかない? 男臭いったらないのよ」

「宗教上の理由でお酒は飲まないのでね」

「神なんて信じてない癖に」

「そうだね、私が信じるのは勘と友達だけだよっと。気分次第で考えとく」


 恐らく今日は、そんな気分になることはないだろうと、リリアの顔を脳裏に描きながら。

 その後ハンナと友達らしくやり取りして、クリスはくるりと反転した。今から大忙しだ。攻撃が始まる10分間の間に状況を説明して、仲間を配置して、リリアから満足の答えを引き出さなければならないのだから。また、アナベルもクリスの後を追った。


「ご一緒させてください」

「どうぞどうぞ」


 人が居るのはいい事だ。

 帰り際にちらりと、クリスはその場に居残っていた掃除屋の面々を何気なく見た。

 確かに衣服は一般人のそれだが、体は鍛えた後がある。そういう奴らは立ち方ひとつ違うものだ。ふらふらと体が左右に揺れることもなく。雰囲気としては、ハウンドで正規歩兵に混じって半年間行ったあの訓練の、その正規歩兵達に似ている。締めるところはきっちりしている、と言えばいいのだろうか。

 今回依頼を受けたのは元正規歩兵か、ハウンド出身の人間が多いのかなと、クリスは思った。こんなご時世のこんな仕事だ。弱い奴が淘汰されて自然とそういう奴らが残ることになる。世知辛いね、とだけ胸の中で感想をつけて、クリスはアナベルを伴って車まで戻っていった。




 □




 車に戻って仲間と合流すると、クリスは状況をさっと伝えた。

 それに対するリリアの反応は、時期は何でもいいから兎に角兄弟に会いたいと言うものだった。どうしてもその夢は捨てられないらしい。十分に想定できた答えだし、引きとめる気もクリスにはない。


「リリア一人で行くこと、危なくなったら逃げること、あと暴れるの禁止」


 この3つを条件につけると、しばし悩みはしたがリリアも諾した。

 方針が決まったら大急ぎで準備だ。クリスは使い慣れたC5Kサブマシンガンを、ジゼットとリリアはそれぞれクリスから貰ったA9-ONEカービンライフルとRU2000サブマシンガンを、アナベルは前回に引き続きARGO90セミオートショットガンの出で立ちだ。それぞれ手にして車を降りる。

 一方でエリーは、愛銃とは別のライフルを持ってきていた。

 SV-03U。北の国のブルパップ型セミオート狙撃ライフル。ではあるが、長距離射撃用としては少々心許さない精度である。いわゆるスナイパーらしいキロメートル単位の長距離狙撃ではなく、一般歩兵よりは長い距離を射撃する為に作られた銃。その設計及び運用思想はマークスマンライフルのカテゴリでいいだろう。その点で見れば北の国ならではの構造的頑強さに加え、プルパップ式特有の取り回しのよさ、比較的軽量でもあり市街戦で使う分には十分な性能を発揮する。エリーが普段使いする為のおおよそ必要な性能は持っていた。アタッチメントとして大型フラッシュハイダーも搭載。

 愛銃ではなくこちらを持ってきた理由は至極単純で、購入するときにセットになっていた光学照準器に、夜間用に照準線を光らせる機能があったためである。街灯もあるので完全な暗闇ではないとはいえ、ナイトビジョンもなしに夜間で通常のクロスヘアでは見づらい。

 それぞれの武器を手に、5人は移動する。建物を囲う三方向の半包囲網。その最後の、包囲されていない部分だ。


「エリーは上から建物を睨んで。ジゼットはエリーの建物の一階について警戒、遮蔽忘れずに。アナベルは私と一緒に」


 攻撃をする気はないとはいえ、それでもリリアを援護する必要は出るかもしれない。クリスにとってはかもしれないではなく、勘でもなく、思考として推察する事態ではあったが、何にせよリリアが追撃されるようなことがあれば敵の企図を破砕しなければならない。その出迎えの為に、すぐ向かいの建物に張り付くことにした。幸い、勘はまだ発動しない。

 こうでもしないと、リリアの自由意志に任せている以上、想定外の火の粉が飛んでくる。読めない事柄が飛んでくるのは嫌だ、というのも半分あるが。

 エリーが了解して上がっていく。その姿を見てから、アナベルはクリスに向いて尋ねた。


「今日はエリーさんに撃たせるんです?」


 前回は代わりの射手としてディーを呼んだが、今回は声をかけていない。

 確かにクリスにとっては悩みどころではあった。ただし今回は、今回もだが、リリアの援護が目的であるので射撃機会はないだろうというのがひとつ。毎度毎度ディーに連絡してエリーの代わりをしてもらうのもどうなのよ、と思ったがふたつ。そして、リリアに行動自由を与えるので、『暴れる』かもしれない、それを彼に見せたくないというのがみっつ。リッパーの話は、知る人が少ないほうがいい。

 だから今日のシューターはエリー一人だ。最悪の場合彼女に頼むことになるし、一応、クリスからも本人に許諾を貰っている。


「できれば否、時と場合による」

「そうですか」

「ねぇクリス、私は」

「あんたは、もう好きに動いていい。さっきの3つの約束は守ってよ。それとこれ」


 既に付けている自身のインカムを指で弾いてクリスがそう言ったので、リリアも自分用のものを身につけた。連絡はいつでも取れるようにしておけ、ということだ。

 準備を終えて、改めてリリアはクリスを見つめ。


「会いに行ってもいい?」

「くどい」

「‥‥‥うん、わかった」


 頷いて、リリアはバッグを肩にかけて建物に接近していった。

 人生とは往々にしてうまくいかないものである。

 少女を送り出した直後、予定よりも前の時間に、はやった掃除屋達が攻撃を仕掛けてしまったのもまた人生と言うものであろうが。銃声を耳にして呆れた顔を作ったが、最早クリスは何も言わないことにした。

 



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