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4-25 捜索




 ウルティスの噴水広場は、いつもと同じように時を刻んでいる。

 このあたりは、随分とまともな地区だ。観光客こそいなくなったが、それでもここに住む人間の生活の中心であり、人は往来する。

 町の片隅で銃撃戦が起ころうと。立ち入り禁止のテープが張られて、滅茶苦茶となって放置されようと。その瞬間は混乱が満ちるが、数時間もすれば、人はいつもの生活に戻る。

 それはレストランだった。味に五月蝿いリリアも満足にさせる、きれいに彩った素敵なお店だった。しかし今は窓ガラスは破壊され、壁に銃痕を残し、赤い血がところどころ床を汚している。血の鉄の臭いと火薬の匂いは、リリアにはあまりにも嗅ぎ慣れたもの。

 リリアは近くで露店を出している男性に話しかけた。このお店はどうしたのかと。

 知らないな、とあしらうように男性は答える。その彼に、共に来ていたジゼットが紙幣をひとつ押し付ける。男性は当然のように受け取ると、途端に饒舌にしゃべり始めた。


「昨日、何人かの連中が乗り込んできたのさ。後はいつもの銃撃戦だ。その店、どこかのギャングが仕切ってたんだってな」

「男の子が二人、ここで働いてたの。どうなったか知らない?」

「見たことがないわけじゃないが、さぁな。運び出された中に、ガキの死体はなかったように見えたが。紐付きの話が少し聞こえたが、そのギャング、大分狙われてるらしい」

「そのギャングの持っている、ほかの店って知らないかな」

「そういうのは他所で聞きな」


 それだけ聞ければいい。少年と少女は頷きあって、その場を離れた。




 □




「という、話らしいですよ」


 休憩ついでにレアの店に戻ってきて、また外出していった子供二人から聞いた話を、アナベルはクリスに渡していた。

 クリスは難しい顔になる。彼女としてはもう、山の一件で諦めて欲しかったのだ。だいたい、先ごろに人一人殺たことに動揺していた娘だ。今のリリアは、出会った当初のように人を殺せなくなっているだろうし、ならばそういう死の溢れる場所に寄りつけないほうがいい。船で仲良くなったおじさんの時のようなことを、また目にする可能性が出てくるのだから。しかし何が彼女をそうさせるのか、リリアはやめる様子がない。彼女がやめないのでジゼットも一緒と言う次第で。

 少し前の、出会った頃のリリアのままであれば、何も言う事はなかったのだ。殺人を躊躇わない、いや、殺人と言う行為に快楽すら覚えている様子の少女。人間としてはかなりぶっ壊れた存在だが、故に化物に対して何も言う事はない。どうぞ、兄弟とちゃんばらごっこしてあっちに行ってしまえだ。ところが最近の船の一件以降のリリアは、行為に対してまっとうな感性を向けているように見える。掃除屋としては間違っているかもしれないが、人間としてまともになるならそれでいいと思う。だから目が離せない。

 少女の今の行動は、自分から苦しみに行っているのと同じだ。


「ほんと、クソガキ」

「それがリリアちゃんの意向なら、止めることはできませんね」

「こっちまで巻き込まれるのはいただけないけど」


 掃除屋として仕事をする時は一緒に、というレアからの注文は依然健在である。これを額縁どおり受け取るとしたら、掃除屋としての仕事以外クリスは一切関知せずとも良いという事ではあるのだが。そこは人間。ここまでの付き合いと最近彼女の態度から、多少くらい面倒を見てやるかと言う気分になってきていたクリスは、思考が完全に保護者のそれになっていた。すなわち、仕事など関係なしに、多少の面倒くらいは一緒に手伝ってやろうかと。

 そういう思考こそが、アナベルに「優しいですね」と評されているわけだが。あれやこれや小言を言っても見捨てないあたりが。


「ま、好きにさせとけばいいよ。でも実際どうするつもりなんだろうね」

「それは、リリアちゃん達もわかっていないんではないでしょうか」


 兄弟達と接触したい、その一心で動いている。でも、その後の事は多分考えてはいないだろう。父親の行動を肯定して、付いていく子供達。すべての事情を知っているわけではないとはいえ、クリス達でさえ何も考えつかないのだ。捜索活動は行っているが、どのあたりの地区が彼らのシマなのかはわかっても、どこを拠点に活動しているのかはわらない。そして不特定多数の人間の集団、拠点はもちろん一箇所ではない。それのどこに兄弟達がいるかなど、内部の人間ですら一部しか知らないだろう。服装なんていつも変わるし、末端作業員として金を握らされていくらでも使われる子供の特徴などいちいち覚えている人間はいない。末端構成員の話など、いくらにもならない。その筋の人間だっていちいち取り扱ってはいない。

 だからこそ、リリア達はレアを使って古い情報を手繰るより、自分の足で探しに出かけたのだが。

 それが有効かどうかは、また別の話。


「彼女達にはあまり出歩かないで欲しいのだけどね」


 店の奥から戻ってきたレアが、ため息交じりに語る。黒いドレスを着て目立つ銀髪をなびかせた女の子が、ギャングの話を探して闊歩している。こっちのほうが目に付く。少女はただの少女ではなく、ちょっと界隈を騒がせた切り裂き殺人鬼「リッパー」様その人である。目立つのは、リリアは兎も角ジゼットの本位ではないだろう。


「既に話題になり始めているの。面倒にならなければいいのだけど」

「アニメかなんかのコスプレして出歩いてるのと同義だもんね、ありゃ目立つ」

「あの子は美人さんになりますね」

「うん、そういうことではなくてね」


 首を傾げるアナベルを、クリスは白い目で見る。そんな彼女達のやり取りを他所に。

 それまで同じ円卓にいながら沈黙を守っていたエリーが、戻ってきたレアに顔を向けた。彼女にしては機敏な反応だ。それもそのはず。レアは、エリーからの注文を処理する為に裏で作業をしていたのだった。

 リゼに言われていた、銃のオーバーホール。


「どう、レア」


 尋ねるエリーに、レアが首を横に振る。

 クリスは納得がいかない。割と好き勝手に銃を買ってメンテに投げているクリスだが、こうして拒否された経験はないからだ。


「何でよレア」

「あなた、その銃がどんなものかわかってる?」


 エリーの後ろの席に大切に置かれているガンケース―――別の銃のガンケースを代わりの入れ物にしてきた―――を見やって、レアは嘆息する。

 それまで、軍であれ警察であれ、狙撃任務にはボルトアクションライフルを用いるのが通例だった。機構は簡便で動作不良が起こりにくく、安価に頑強さを与えることが出来、求めれば極限まで射撃精度を追求できるからだ。アサルトライフルのようなガス圧給弾機構を組み込むと、精度が落ちるというのが当時の常識かつ事実。あるいは既存バトルライフルを軽狙撃銃として流用していたが、それはコストカットの意味でしかなく、光学照準器など予算が下りないまま、現場はアイアンサイトで狙撃任務を行っていた。射手についても、専門職でさえ教練が間に合っていなかった。

 そんな折、あるテロ事件が起きた。結果を述べると、理想的な狙撃と鎮圧に失敗し激しい抵抗が行われ、多くの犠牲者を出す惨状となる。失敗の原因を探せばきりがないほどの劣悪状況とはいえ、結果は看過できない。そこで国は教訓として対テロ部隊という専門職を設立すると同時、その火器についても目が向けられ、特殊部隊相応の「一度に複数の標的を連続して狙い撃てる、ボルトアクション並の高精度セミオートスナイパーライフル」を開発するようにという要求がなされた。その中で生まれたうちのひとつが、このWS200。対テロ部隊、法執行機関向けに新規開発された、セミオートスナイパーライフルと言うカテゴリの開拓者とも呼べる存在。

 そして、あまりに意欲的過ぎたのか、正式採用されずに極一部の生産に留まった。


「総生産数わずか170挺とも言われる超激レア絶版品の恐らく純正。高精密部品をあしらったスナイパーライフルをオーバーホールでしょう? しかも状態が良くない。私のつてでは手に余るわ」

「何でそんなものをあんな銃砲店の瓦礫様が保管していたのかと」

「マニア向けにはいい商品になるから。兎に角、開発元のメーカーに送るなりでないと、ちゃんとした修理は期待できないわね」

「はぁ~。となるとどうするかねぇ」


 ガンケースを見つめてクリスが唸る。メーカーとなると正規の手続きが必要になるだろう。が、正規の銃にはシリアルナンバーがあって、正規の手続きで購入していればすべて記録されており、誰が正しい持ち主かわかる。そしてこの銃、戦争と言う手段を選べぬ理由があれ、砲弾で強制閉店した銃砲店から窃盗した形である。表玄関から修理依頼を出すのは限りなく難しい。

 これまでクリスとエリーが手にしてきた銃も、お役所的な手続きはなしで入手したものばかりである。だから、違法銃でもメンテナンスしてくれるレアの人脈を使っていたわけだ。そこでもだめとなると。


「サイモンの所とかどうかね」


 思い付きを、クリスは口にする。先日の船の護衛依頼を寄越した、武器商人だ。

 そして積極的に手放したくはないエリーが、否定的な意見を口にする。


「武器商人って、大口相手に売る仕事だと思うけど」

「自身の兵の武器管理をするガンスミスを、個別で持っていることはままあるわ。そういう仕事だと、希少銃を扱う事もある。修理して、マニアに売るのよ。小銭稼ぎ程度に」

「やるだけはってところか。レア、そこと連絡取れる?」

「連絡先は教えるから、あなたが電話するといいわ」

「何で私?」

「これは私ではなく、あなたのコネだから」


 なるほどその通りでもある。

 クリスが頷くと、メモ帳に番号を書いて手渡した。まさかの携帯番号である。「サイモン直通電話よ」とのこと。貿易会社を名乗る場所に正面玄関から話を通しても仕方ないというのはわかるが、一応は会社社長に一般人からこんな用向きの電話はどうなのだろう。クリスは悩んだが、これも友人の為と携帯を使ってコールする。

 知らない番号からの通知に、しかし相手はすぐに出てくれた。どうやらかけた時間が良かったらしい。クリスが名前を伝えると、最初こそいぶかしんでいたサイモンも思い出して、フランクに応対してくれた。これ幸いと全然関係ない話なんだけどと断って、クリスは用件を伝える。銃のオーバーホールをして欲しいこと、銃の型式と。


「コレクター御用達の品じゃないか。そのまま売ってくれてもいいよ、いい商品になる」

「馬鹿言わないで。それで、どうかしら」

「そういう商品を使える状態にして出すのも、仕事だからね。その修理、前向きに考えよう。電話は折り返す」

「お、マジで」

「料金とかはまたという事で。現物はこちらに運んでもらえると助かるな。状態の確認もしないとね。あの港のうちの事務所でいいよ」


 ありがたいことだ。では後程ということで通話を切り、クリスはエリーに親指を立ててみせる。エリーは複雑そうな表情をした。

 港町までは、車を走らせるのが早いだろう。幸いにしてクリスの手元には車がある。そして。


「あの港町って、アナベルのマイホームあるんだっけ」

「アパート住まいですよ」

「じゃあ、銃の提出ってなったら一緒に送っちゃおうか。三人でドライブといこう」

「それまで私がここに滞在するのは確定なんです?」

「じゃんじゃん金を落としてこの町を潤わせてくれたまえ」


 物言いにアナベルは苦笑い。元々、仕事のためにと残っているのだ。その仕事が、あちらこちらのギャング団が同じ目標に向けて攻撃をするので、依頼が出ては立ち消えという状態であったが。リリア達の言うレストラン襲撃も、元々はクラバニが依頼として掃除屋が出るはずだったものが、別口が攻撃してしまったものである。アナベルとしては折角残ったのだから、多少稼いでと言う思いはあった。

 アナベルもガンケースに目をやる。そして、先ほどまで張っていた空気を消してコーヒーを飲むエリーを見て。


「エリーさんは。その銃で、人を撃つんですか?」

「この銃じゃ、しない」

「他の銃ならするんです?」

「ん」

「それって、どんな気分なんです。人を殺すのって」


 嫌悪している様子ではなく、ただひとつの質問として。

 アナベルの問いに、エリーは視線を上げて。掃除屋にしては随分不思議な質問だ。答えを待つアナベルを見て、そして正面のクリスにも一度視線を投げてから、コーヒーカップを見つめる。

 自分の指先ひとつで、スコープの先の人間が倒れ、命を消すこと。それを見つめること。

 答えはひとつだ。そんなもの、答えはひとつ。

 けれど彼女がいるから。


「さぁ」


 曖昧に。短く、呟く。




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