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4-21 彼女の銃




 3分待って、と押し止め飛び起きたエリーは顔を洗い、寝癖を手櫛でざっくばらんに直し、外着用の上着を羽織ってとりあえず体裁を整えた。そしてリゼ、クリスと共にフローリングの床に座った。エリー一人が生活することしか考えていない部屋には、椅子はひとつだけだからだ。

 だらしない私生活部分を見られるのは、ハウンドの訓練期間で散々に晒してきたので今更感はある。それでも何とか取り繕おうとするエリーに、クリスは笑いをかみ殺す。リゼの前だと途端に子犬になるのである。


「どうしたの」


 一通り落ち着いた所でエリーがクリスに向いて尋ねた。なぜ唐突にリゼを連れてきたのかと。だがクリスは黙った。なるべく口は挟まないと決めてきたからだ。だからエリーは、答えないクリスに代わってリゼに目を向ける。

 リゼは微笑を絶やさない。


「たまにはね。私から会いに来てもいいでしょう?」

「ん」

「エリー、寝れてる?」

「ん」

「顔色、悪そうだけれど」

「別に」


 エリーは視線を逸らす。

 夜は、殆ど眠れていない。ずっと布団に横になったまま、明け方ごろにやっと睡魔に負けてまどろみで眠り、クリスの送迎に合わせて一度起き、そして結局睡魔に負けてまた仮眠を取る。それがエリーだった。睡眠として定義できるような時間は、レアの店で取る時間以上ではない。

 目を逸らしながら答えるエリーに、リゼは目を細めて。疲労くらいエリーとて自覚しているが、彼女の認識以上のひどさであることは、稀にしか会わないからこそ見て取れる。

 それは、あの頃から時が止まったように。

 リゼは静かに、部屋を見回した。

 質素なベッドとテーブル。女の子らしい飾る要素は何もない。まるでビジネスホテルのような何もない清潔さで、エリーの部屋にはテレビもラジオもない。あるものといえば自費購入したいくつかのライフルが収められたケース。テーブルの上にはガンオイルと、銃器取り扱いの冊子。とどのつまり、銃の手入れ以外で自室で一体何をしているのか窺えない様相だ。

 リゼはベッドに目を向ける。エリーは、大事なものは自身の傍に置く癖がある。あるのは目覚まし時計代わりの携帯と、クリスが買い与えた自動拳銃と、何かを包んだ布。


「あれは?」

「銃」


 短い答え。


「触ってもいいかしら?」


 エリーは黙した。銃を撃たないと決めたリゼとして考えればおかしな申し出だったが、エリーにそこまで冷静な対応は出来なかった。なぜならその銃は。

 しかしリゼの言葉である。嫌とは言えず、しばしののち小さく頷いた。

 リゼは一度腰を上げてから歩み寄ると、静かに、そして大事にそれを抱えた。そして、ゆっくりと布を取り払う。

 エリーの言う通り、それは銃だった。

 世間的に評するのであれば、それは製造メーカーからWS200と命名された、セミオートスナイパーライフルだった。通常の細長なライフルとは趣を異にした、長方形の出で立ちだ。それもそのはず、元々軍用ではなく対テロを目的とした警察や特殊任務群向けの開発品。

 民間モデルのそれが、たまたま見つけた銃砲店の瓦礫の中に無傷で埋もれていたのは。そしてそれを見つけて、故障した支給ライフルの代用としてローズが拾って使ったのは。

 そして使用者が亡くなって、エリーが持ち帰ったことは。


「まだ、持っていたのね」


 始め、エリーはこのライフルをそのまま持ち歩いていた。そして、どこからか大きな袋を見つけて、それに詰めて持ち歩いた。使うことはない。ずっとずっと、抱えていた。戦争が終わって、いざ三人揃って除隊しようとした時にも背負っていた。官給品ではなかったのと、持ち物チェックがなかったので見逃されて。そして彼女はそれを抱えて、一人音信不通になった。

 クリスとの再会は、まったくの偶然だったのだ。たまたまウルティスの町でクリスとエリーがばったりと出会い。そして掃除屋を始めて、二人がこのアパートに住んで部屋も自由に行き来するようになった時、「それ」がまだ彼女の手元にあったことを、クリスが見つけた。クリスとリゼは除隊後も連絡を取り合っていたので、そのルートでリゼも話を聞いていた。あるのは知っていた。しかし、いざ目の前にすると、リゼにも思う所は出てくる。

 銃の表面をなでる。埃こそ布で避けているが、それでも表面がざらついている。まるで手入れしていない様子なのは、誰の目にも明らか。

 その様子をエリーは見ない。じっと、何もないフローリングの床を凝視している。そのエリーへと、リゼは視線を戻して。


「ローズが亡くなったのは、本当に残念ね」


 リゼの言葉にぴくりと、エリーが肩を震わせる。


「この話は、嫌かしら」

「別に」

「本当は?」

「‥‥‥別に」


 二言目は少し弱く、答える。

 強く否定はされなかった。程度こそあれ、良いという事とリゼは受け取った。

 リゼは銃を包んで、元の場所に戻した。できうることなら窓から放り投げて捨ててしまいたいほどであったが、事を荒立てにやってきたのではない。だからリゼはエリーの対面へと戻る。


「いつか、エリーは言ったけれど。ローズが、自分を恨んでいると」


 クリスが驚いてリゼを見やる。そんな話は始めて聞いた、と。そして、ローズがそんなことするわけがないと。だが黙る。自分で対処できると思っていたら最初からしている。だからリゼの都合をつけて呼んだのだ。

 エリーは答えない。否定しないという事は、肯定も同じ。


「あの場には、私もクリスもいたけれど。そんな事は、一言も言っていなかったはずだけど。どうして、そう思うの?」

「言ってた。最後に」

「言っていないわ」

「言ってた!」


 唐突に、エリーが声を荒げた。

 言えるわけない。彼女は最後、喉を撃ち抜かれて声も出せない状態だったのだから。だからエリーの記憶違いを通り越して、それは妄想だ。だからこそクリスは激昂しそうになった。どうしてローズのことをそんな風に思うのかと。

 言葉にしそうになるクリスを、リゼは手で制する。


「ローズは、何と言ったの?」

「‥‥‥どうして、助けてくれなかったのって」

「そう。エリーは、助けてあげたかった?」


 問いに、エリーは小さく頷いた。


「不思議ね。あなたは助けてあげたいほど想っていたのに、そのローズはあなたを恨んでいるだなんて」

「考えてただけ。何もしなかった」


 適切な医療処置はできなかった。エリーは所詮民兵であり、応急処置の知識すらなかったのだから。

 しかし、彼女の創部に手を伸ばして何とかしようとしたのもエリーだけだった。クリスは立ち呆けていたし、リゼも救急キットを手にしただけで、本当の意味で何もしなかった。それはもちろん、見てわかる手遅れであったからだし、ショックで手が止まっていたからだが。

 何にせよ。エリーの発言は、事実を示しているわけではない。


「クリスから聞いたわ。最近一緒に仕事をしている子が、首元を汚して帰ってきた時。手を伸ばして止血しようとしたって」

「ん」

「その時、その子が何と答えたか覚えている?」


 何でそんな事を、とも思ったが問いは問いなので記憶を漁る。しかし自分で思い返しても冷静ではなかった時の記憶など、エリーにはなかった。彼、ジゼットは何か言っただろうか。

 多分、勝手に取り乱した自分を見て呆れただろう。そう思い、そして首を横に振る。


「覚えてない」

「ありがとう、ですって。気を使ってくれてありがとうということでしょうね」

「そう」

「同じようにしてあげたローズも、そう答えたとは思わない?」


 それは。

 自分は悪くない、自分は精一杯した、彼女は責めてはいない。

 ただの願望だ。勝手な、願望。だからエリーは首を横に振る。

 そんなエリーを困ったように見つめて、リゼは壁際を見る。掃除屋を始めた時に買ったライフルL68LSRのガンケース。彼女が愛用としているライフルH28A2のガンケース。そしてつい最近購入したブルパップ式のライフルの入ったガンケースが置かれている。

 この部屋には、他には何もない。エリーにとって、他には何もない。


「できれば、エリーには銃を握って欲しくはないのだけどね。ハウンドの頃の事、思い出すでしょう? 私も、たまに夢を見るから」

「そうなの?」

「えぇ。でも、戦場から離れて、少しは気も楽になったわ。あなたにも、是非休んで欲しい」

「それはできない」

「どうして?」

「やることがある」

「‥‥‥違っていたらごめんなさい。ねぇエリー。もしかしてあなた」


 一拍。


「怖いの?」


 リゼの言葉に、エリーはよくわからないという顔をした。


「何に」

「近しい人が、死んでしまうこと。怖いから、戦い続けて守ろうとしているの? クリスや、修道院のシスターや、一緒になっている子達を」

「違う。それは、やるべきこと」

「誰も命令していないわ」


 そう、誰の命令でもない。

 家族がいなくなり、昔の友人たちとも離れ離れになった今、エリーにとってリゼとクリスは殆ど唯一の、近しい人間だ。それはローズもそうだった。

 そのローズを守れなかった。甘えたから守れなかった。

 除隊して、エリーがリゼたちと離れたのはわざとだ。だって、もう戦争はないのだ。毎日毎日、二人が死ぬ可能性を抱えながら過ごす緊迫した日々がようやく終わって、甘えずにやり遂げられて、それで、もういいと思った。もう満足だった。

 そして同時に。

 自分が二人と楽しくいたら、ローズに申し訳なかった。恨まれる気がした。殺しておいてあなたは呑気に過ごすのかと。

 あとは一人で生きる。

 そのはずだったのに。

 あの日たまたまクリスと再会した。そしてクリスは、もろもろの事情から掃除屋になることになった。

 それは、また死ぬ可能性の高い場所に行くことで。

 だからそれは運命なのだ。

 私の時みたいに見殺しにするの。そう、彼女に言われた気がして。いいや、言ったに違いない。

 そして、引き金を引く。殺す。何度でも、知らない他人を。自分の手による他人の死を、スコープ越しに見続けて。

 辛い。

 そう、思ってはいけない。


「あなたは、あまりにしゃべらなさ過ぎるから」


 固まるエリーの体を、リゼはそっと抱いた。

 背中をさする。子供をあやすように。


「言いたいことがある時は、辛い時は、話に来て。いつでも好きな時にいらっしゃい」

「別に」

「私だってお話したいわ。あなたたち、2月に一回来れば多いほうなんだもの」

「ん」


 リゼがそう言うのなら、そうすべきなのだろう。どうしようもなく頼りたい時ができたら。今までもそうであったのだし、小さく、エリーは頷いた。


「ねぇエリー。もう一回、ローズの銃を触ってもいい?」

「ん」

「クリス、お願い」

「え、私?」


 唐突に話題をふられ驚くクリスに頷く。言われては仕方ないので、今度はクリスがローズの銃に歩み寄って掴む。


「で、どうすればいいの?」

「それはちゃんと動くかしら」


 問われて、クリスは銃の各所を弄ってみる。

 先の通り、銃の状態は劣悪そのものだ。触らなくてもわかるほどだが、改めて触れて、クリスはこれは既に使い物にならないレベルではないかとの判断に至る。


「ん~‥‥‥あちこち磨いたほうがいいとして、コッキングも堅い。うわ、薬室に弾入ったままだし。マガジンのスプリングもへたれてるんじゃないのこれ」

「そう。ねぇエリー。ローズの銃、ちゃんとしてあげるのはどうかしら。多分オーバーホールが必要だと思うから、少しだけ手元から離して、ね」

「いい。使わない」


 エリーは渋る。ローズの銃を銃として使う気などまったくないのだ。これは戒めの品でしかない。そこにあればいい。

 ちゃんとする気だってない。そんなこと。彼女に触れるだなんて、あまりに恐れ多くて。


「ローズの銃をきれいにするのは、嫌?」

「‥‥‥必要ない」

「汚れたままは、可哀想だと思うけれど。エリーはどう思う?」

「‥‥‥、ん」


 必要は確かにないが、意固地に突っぱねる理由も、エリーは持ち合わせて居なかった。リゼの言葉なら、ことさらに。渋々と承諾すると、リゼは抱くのをやめて微笑をエリーに向けた。

 リゼの用件はそれで終わった。あとはもう他愛のない話だった。今日の予定を聞いて、時間があるなら三人で御飯に行かないかと言う話になって、断る明確な理由を持っていなかったのでエリーも一応承諾した。ただ、今はエリーもクリスも完全な部屋着かつまったく準備していないので、一度解散してからということになった。また、迎えに来るということになって。

 「じゃあ後でね」と、リゼとクリスが部屋から出て行く。


「‥‥‥」


 エリーは、その場に残されたローズの銃を見つめる。




 私を殺しておいて、遊びに行くんだ?




 そう、彼女に言われた気がした。




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