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4-20 罪と罰



 バックから水筒を取り出す。口に含む。

 確かに飲んだはずだが、何の味もしない。

 目の前の戦友に、ぼけっと視線を送る。また、頭がぼんやりとしてきていた。それでも、彼女の後姿が確かに見える。

 そう、そして。






 ローズの体が、小さく震える。






 彼女は、糸が切れたように右側へと倒れていった。

 人の体が床に倒れる音。

 ライフルが床に転げる音。

 目の前で。

 駆け寄る。被弾した箇所は知っている。喉だ。喉元と下顎にべったりと血がついていて、そこから赤い血が流れていく。

 叫ぶ。手当てを、早く手当てを。流れる血を押さえようと必死に手のひらを押し付ける。

 その手に、ローズが自身の手を静かに載せた。

 ローズは苦しそうにして、それでも何かをしゃべろうと口の端から血の泡を流して。

 彼女の唇が震える。

 知っている、懐かしい声。









『 ど う し て 、 助 け て く れ な か っ た の 』










「‥‥‥」


 目を開ける。

 この二年ほどで見慣れた、自室の変哲ない天井。

 首が、頭が、脳が、思考が痺れている感覚。眠い、というよりは、しっかりと起きられていないという感覚。気だるくて、しばらく動きたくないなとエリーは思った。急いで起きる理由は、何もない。用事があればクリスが来るし、用事がなくても起こしに来る。

 ベッドの上で寝返り、横を向く。視線の先に、すぐ目の届く所に、それはある。

 物を包んだ、布。

 見つめて、呟く。


「わかってる」


 包んでいるのは、銃だ。ローズが最後に使っていた銃。

 エリーは自分が嫌いだ。特に昔の自分が、どうしようもなく嫌いだ。

 その頃の自分は子供で。年齢が、と言う意味ではなく、考えが子供で。

 家と家族が目の前から消えて、ただ助かりたいという理由で教会に身を置いた。そして教会で出来た知人達と民兵として働いていたら、急に肩を叩かれて。訓練するぞと言われて少し後方の地まで連れられると、そこでエリーは彼女達と出会って、女性だからと固めておかれた。

 ローズ、リーゼロッテ、クリスティーナ。

 みんな、自分よりも年上で。小馬鹿と言うか、甘やかされている気分はあったけれど、それが居心地良かったのは間違いない。両親は目の前から消えて、お世話になった教会からも離れて、学校の友達とも離れて。だからきっと、自分の傍にいてくれる自分を守ってくれる存在に、甘えていたのだ。

 昔からそうだった。何かを自分から率先してやった事はない。当たり障りなく会話して、誘われれば付いていき、輪の中に入れてもらって、幸せを分けてもらう。

 ついていけば、幸せになれそう。そんな、甘い考え。子供のまま、擲弾兵連隊の部隊名を名乗るように言われて戦場へ。

 そんな自分の生き方に、きっと彼女は軽蔑しただろう。それでも不仲になると面倒が起こるから、同じ射撃班だからと仕方なく取り繕って面倒を見ていたのは当然だろう。そして自分はそんな事にも気づかず、能天気に過ごした。馬鹿だから。クリス達の一歩後ろから撃っていたのも、ボルトアクションライフルを拾ったりしたのも、そうすれば自分は安全な後ろから戦えるから。

 あの日も。

 気を遣わせて、疲れたと甘えて。

 結果、ローズは自分の代わりに撃たれて、死ぬことになった。

 一番近くにいたのに、助けを呼ぶばかりで。自分がすぐに適切に手当てしたら、助かったかもしれないのに。

 自分は子供だった。自分の不手際よりもローズを撃った姿も知らない相手が憎くなって、復讐しようとした。結局それは、クリスに止められたことで果たせなかったが。

 その後の数日のことを、エリーはよくは覚えていない。ずっと泣いていたのかもしれないし、ずっと後悔していたのかもしれないし、ずっと怯えていたのかもしれない。気づけば共同墓地にいて、ローズの埋葬は終わっていて、目の前に彼女の墓標があった。その時には、復讐と言う二文字は消えてなくなっていた。所詮、その場限りの衝動だった。所詮、自分はそんな人間だった。罰が当たって当然だった。

 ここにおいて、ようやくエリーは理解した。家がなくなったのも、家族がいなくなったのも、学校や教会の知人と離されて連隊に入れられたのも。そして、自分の目の前で彼女が死んだのも。全部全部、馬鹿で子供な自分への。




 それは自分の罪であり、それが自分への罰なのだと。




 自分の手には、彼女が最期使っていた銃が握られていた。自分で握った。

 次に自分が甘えれば、リゼとクリスが死ぬだろう。神様が怠惰なる自分への罰に、また自分の大切なものを奪っていくだろう。だから。馬鹿な自分が、もう忘れないように。それは証。

 もう二度と甘えない。

 もう二度と失わせない。

 思い至ったのは、危険が近づく前に、遠方から敵を処理することだった。

 黙って、戦った。まずは静目標から、確実に当てられるように。当たるようになったら、遠距離の敵に当てられるように。できたら、動目標に当てられるように。一秒でも早く撃てるように、一人でも多く処理できるように。銃の癖を覚えて、弾の癖を覚えて。班長であるクリスの采配の癖を覚えて、分隊指示の癖を覚えて。どこが望まれる配置なのか、どこがより効率的に殺せるのか、思いつく限り考えて実行し、時折上手な人に出会えば真似て、経験を蓄積した。長物で、スコープ付きで、セミオート。より遠くから、より精確に、より多く早く。

 最終的には、分隊や小隊規模から専用にライフルが与えられ、エリー個人へ射撃指示が出るくらいになっていて、そしてエリーは黙ってさっさとこなした。小隊指揮下なんかにずっといたら、自分の班のところに戻れないから。早く殺さないと、別の敵がリゼ達を襲うだろうから。

 戦争は終わった。

 終わらない。

 終わるわけがない。

 忘れていい事ではない。自分が、ローズを殺したこと。

 もう、二度と甘えない。

 泣き言も、疲労も、寝不足も、船酔いも。そんな言い訳も、失敗も、自分は許されない。それが自分の罪であり、それが自分への罰なのだ。

 そして神様は、食うに困って掃除屋に身を落とそうとしていたクリスと自分を、再び引き合わせた。


「‥‥‥」


 頭が、ぼんやりとしてくる。

 棚の上に手を伸ばして、携帯を掴む。時刻は11時だ。

 いつも8時前にはクリスが呼びに来るのだが、今日は来ていないのだろうか。一応、7時過ぎには起きているようにはしているのだが。そう考えてエリーは思いなおす。自分が二度寝している間に来たのかもしれない。そして呆れて放っておかれたのかもしれない。あとで、謝らないと。思いながらエリーは携帯を棚に戻した。

 しばし、ベッド脇の布を見つめて、エリーは目を閉じた。

 いっそ、このまま目が覚めなければいいのに。

 でもそれは甘えだから、許されない。






 扉がノックされたのは、その時だった。






「エリー、起きてる~?」


 覚えのある声に、眼を開く。クリスだ。


「ん」


 答えるが、エリーの短く小さな声は扉に阻まれてクリスには届いていない。だからと言うべきか、合鍵が差し込まれる音が部屋に響いた。いつもの事なのでお互い気にしていない。

 解錠の音。そして、扉が開かれる音。

 起きなければ。ぼんやりとそう考えながら、エリーは体に力を入れようとして。そして、半眼になっていた目を見開いた。

 クリスのほかに、もう一人。部屋に入ってくるのが見えた。知っている顔だ。


「リゼ」

「おはよう、エリー」


 微笑むリゼに、エリーは飛び起きる。

 そして自分と部屋を思って。部屋着姿で寝て乱れている服と、片付いてはいるものの来客を迎えるようにはなっていない部屋を見て慌てた。来るとわかっていればそれなりにしていたのに。


「あ、えと」

「お邪魔するわね」


 扉を閉めながら、リゼはやはり微笑んでいた。



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